医療過誤判例集 Vol.017

遺伝的疾患がある子どもを持つ両親に対する説明の在り方
~説明を行う際は、適切な機会に正確な情報を提供せよ~

-東京地方裁判所平成15年4月25日判決 平成13年(ワ)第二四七八三号 損害賠償請求事件(判例タイムズ1131号285頁)-

協力:「医療問題弁護団」五十嵐 裕美弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

 本件は、遺伝病を持つ患児の両親に対して、次の子どもが患児と同じ疾患となる可能性があるか否かについての医師の説明が不適切であったとして説明義務違反を肯定するとともに、その損害の範囲については両親の自己決定に不当な影響を与えたことに対する慰謝料のみを認め、介護費用等については説明義務違反との因果関係を否定した判例である。

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事件概要

 本件の原告である両親Xらの長男A(平成4年1月生まれ)は、出生後まもなく眼振をともなった運動遅延が見られたため、ペリツェウス・メルツバッヘル病(以下「PM病」)に罹患している疑いが持たれた。そのため平成5年6月から被告が開設するYセンターに通院していた。被告は社会福祉法人であり、Yセンターは心身障害児等の福祉の増進を図ることを目的として開設されている医療機関である。
 Aは、Yセンター小児科のB医師(PM病についての専門的知識を有する)の診察を受けていた。また、あわせて耳鼻科のC医師の診察も受けていた。B医師は、長男に対して聴性脳幹誘発反応検査を行い、PM病の可能性があることを平成5年7月に両親Xらに対して説明していた。
 平成6年11月、両親は長男の受診の機会に、B及びC医師それぞれに対し、「次の子供を作りたいが大丈夫でしょうか?」と質問した。回答の文言については、原告・被告間で争いがあったようだが、判決では、B医師は原告らの家族に同様の症状を持つ者がいないことを確認したうえで、「私の経験上、この症状のお子さんの兄弟で同一の症状のあるケースはありません。かなり高い確率で大丈夫です。もちろん、長男がそうであるように、交通事故のような確率でそうなる可能性は否定しませんが。長男の子供に出ることはあるが、兄弟に出ることはまずありません」と回答したと認定されている。この際、B医師は質問に対する回答を拒絶することも、遺伝相談など別の機会を設けて詳しく説明したいなどとの留保をすることもなく、5分程度で両親に対する説明を行った。また、C医師は「B先生がそういうならそうでしょう」と回答し、B医師の見解を肯定した。
 その後、B医師は長男に対してMRI検査などを実施し、平成7年6月、PM病であるとの確定診断を行った。 平成8年7月、原告(母)は第2子(次男)を出産したが、この次男は健常児であった。さらに平成11年10月には原告(母)は第3子(三男)を出産したが、三男は生後1ヵ月もしないうちに眼振を生じ、長男Aと同じPM病と診断された。
 そこで原告Xらは、精神的苦痛に対する慰謝料のほか、第3子の介護費用、家屋改造費用などについて、Yに対して使用者責任にもとづき総額約1億6500万円の損害賠償を求めた。

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判決

 本件では、いくつかの争点があったが、結論に影響するものとして、ここでは(1)平成6年11月の受診時におけるB医師の説明義務違反の有無、(2)第3子の出生と説明義務違反との因果関係について述べることとする。

<PM病についての医学的知見>

まず前提として、判決はPM病に関する医学的知見を述べている。すなわちPM病は、脳内の白質中の髄鞘(神経繊維を被う膜)の成分を構成する主なタンパク質のひとつであるプロテオリピッド蛋白(以下「PLP」)がうまくつくられないため、髄鞘が形成不全ないし脱髄を示すというきわめて稀な中枢神経系の疾患であり、多くは進行性である。特徴としては、出生後早期から眼振が目立つこと、運動障害がつづき、知的発達障害もともないやすい。
 平成6年11月当時のPM病についての知見として、もっとも大きな原因は伴性劣性遺伝とされており、PLP遺伝子の異常が見つかる症例は約20%存在した。また、遺伝子の重複が関係していることもあるらしいとわかっていたが、検査方法や意味づけは確立されていなかった。他方で、典型的な伴性劣性遺伝の場合と比較して男子の発症例が少なく、女性の発症例や弧発例が多いとの報告もあったが、その理由は不明であり、また突然変異による症例もあった、と認定している。
 これらの知見にもとづけば、原告らの第2子以降にPM病が発症する危険は、出生児が男子であれば相当程度存在すると結論づけた。

(1)説明義務違反の有無

説明義務違反として、Yは不法行為責任を負う


 B医師らの説明義務違反について、判決は次のように認定した。
 まず、患児Aの両親である原告らは、患者ではなく診療契約の当事者ではない。また、被告において、本件の説明を行ったことについて診療報酬を取得してもいなかったことから両親に対して、契約上の説明義務はないと認定した。
 その上で、Yセンターは在宅の心身障害児等に対する相談を事業内容のひとつとしており、B医師自身も患児やその家族に対するカウンセリングや出生相談を行うことも同センターの医師の役割と認識していたこと、現にYセンターでは両親からの出生相談については、患児の担当医師が患児の診察の際に対応していたこと、他方、すでに障害を持った長男を持ち、介護・養育において重い負担を負っている両親が、さらに子どもをもうけようとする際、第2子以降が健常児として出生するか否かは、両親にとって切実かつ重大な関心事であったこと、両親らの質問は生まれてくる子どものPM病罹患の有無という点において、長男の診療行為と密接に関係していたことなど、種々の事情を詳細に認定したうえで、「B医師は、両親の質問に応じて説明を行う以上、信義則上、当時の医学的知見や自己の経験を踏まえて、PM病に罹患した子どもの出生の危険性について適切な説明を行うべき法的義務を負っていたというべきであり、原告らに対し、不適切な説明を行って誤った認識を与えた場合には、説明義務違反として不法行為責任を負う」と認定した。


(2)因果関係と損害

三男の出生と説明義務違反の因果関係を否定


 本件では、原告である両親は自己決定権を侵害されたことについての慰謝料のみならず、三男の介護費用、家屋の改造費等の積極損害についても損害賠償請求をした。結論において、判決は両親についてそれぞれ800万円、合計1600万円の慰謝料のみを認めた。判決は、「夫婦が、どのような家族計画を立て、何人の子供をもうけるかは、まさにその夫婦の人生の在り方を決する重大事であって、本来的に夫婦が、種々の事項を考慮した上で自らの権利と責任において決定すべき事柄であり、何人もこれを尊重すべきものであって、この決定に容喙できるものではない。これは、長男のようなPM病に罹患した障害児を持ち、次の子供をもうけることを考えていた原告らにおいても同様に妥当する事柄であり、原告らは、B医師によって三男を産むことを強いられたわけでもなく、最終的に自ら決断して三男をもうけたものということができる。PM病発症の可能性は、かかる決断をするに当たって極めて重要な要素ではあるが、子をもうけるか否かは、その一点のみをもって決まる問題ではなく、原告らの子を望む思いの程度や人生に対する考え方、態度にも深く関わるものであって第三者たるB医師の説明のみによって左右されるとも考えがたい」として、三男の出生と説明義務違反の因果関係は否定した。
 ちなみに、本判決は控訴されている。

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判例に学ぶ

 説明義務は、正しい自己決定をするための前提として、正確な情報を得ることを目的に存在するものであり、少なくとも本件のB医師のような間違った内容の説明が許されないことは明白であると考えます。被告側は、PM病発症の可能性を伝えることはかえって両親にとって、健常児が生まれてくる可能性を放棄させ、かつ母方の家系が問題となる遺伝病である点で親族間に感情的なしこりを生じさせるなどと主張したようですが、これはパターナリスティックな考えであり、「正確な説明に基づいて両親が判断することこそ、自己決定の完全な実現」であるとする判決の考えが妥当でしょう。
 それでは医療機関にとっては、どの程度の説明をすればよいのかが、実際的な課題となります。本件では、Yセンターは外来で予約を受けたうえで、遺伝相談も行っている医療機関でしたが、B医師はそういった機会も設けず、Xらに対して診察の機会に5分程度で、誤った印象を与える説明を行い、その後妊娠の事実を知った時点でも特段その後のフォローをしていないといった点で、説明義務違反肯定の判断につながったように思われます。
 次に損害の関係では、どの範囲の損害が説明義務違反と法的な因果関係ある損害と認定されるかが本判決で注目されたひとつのポイントです。これまでに医師の説明義務違反と先天的異常を持った子の出生にかかわる判例としては、先天性風疹症候群に関する一連の判例及びダウン症児についてのものがありますが、基本的に自己決定に不当な影響を与えた点についての慰謝料のみを肯定し、本件と同様に介護費用などについては因果関係を否定しています。本件でも判決文中で“三男は、PM病を発症する状態でなくしては、この世に生を受けることができなかった存在であるところ、三男の出生によって生じる介護費用などを損害と評価することは、三男の生をもって、両親に対して、健常児と比較して介護費用などの出費が必要な分だけ損害を与える負の存在であると認めることにつながるものと言わざるを得ず、当裁判所としては、かかる判断をして介護費用等を不法行為上の損害と評価し、これとB医師の説明義務違反との間に法的因果関係があると認めることに躊躇せざるをえない”と判示しています。これは日本人の平均的感覚に合致する見解ではないでしょうか。ちなみに、フランスでは2000年11月に風疹症候群における医師の出生前診断のミスで中絶をせずに先天性障害を持って生まれてしまった子について、積極損害も含めた損害賠償請求が肯定されたことで、国論を二分する大議論となり、出生を理由とする損害賠償は認めないとする立法化まで検討されたと聞きます。
 障害児を抱える家庭の負担は、想像に難くありませんが、出生による経済的負担を医師の過失にもとづく損害というには抵抗があります。そのあたりのバランスが、本事案の1,600万円という比較的高額な慰謝料に反映されているのではないかと思われます。

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