カルテの記載と他の診療記録との不整合およびその評価

vol.246

カルテ改ざんに加え白内障手術のリスク等の説明義務違反と左眼失明との間の相当因果関係を認めた事例

東京地裁 令和3年4月30日判決・平成29年(ワ)第42453号
医療問題弁護団 佐藤 孝丞 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

本件は、被告が運営するA医療センター(被告センター)において3回にわたって白内障手術を受けた原告が、被告センターの医師には、[1]手術適応の前提となる説明を怠った過失、[2]術後に原告の眼圧を適切に管理することを怠った過失があり、その結果、後遺障害等級第8級に相当する左眼失明の後遺障害を負った他、被告センターの医師によるカルテの改ざんや虚偽説明によって精神的損害を被ったとして、債務不履行または不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求めた事案である。

原告の受けた治療の推移(概要)は、次の通りである。

・原告は、右眼の白内障手術(本件手術1)を受けた。

・その後、原告は、左眼の白内障手術を受けたが、左眼1回目の手術(本件手術2)の際、チン小帯の断裂があり、眼内レンズを挿入することができなかった。

・原告の左眼視力は本件手術2の後、急激に低下し、左眼2回目の手術(本件手術3)で眼内レンズを挿入されても回復しなかった。

・原告は左眼を失明するに至った。

判決

本件の主要な争点は、被告センターの医師によるカルテ改ざんの有無、説明義務違反の有無および損害との間の相当因果関係の有無である。

なお、眼圧管理義務違反の有無(本判決は否定)ならびに損害の発生および損害賠償額も争点であるが、本稿では関連事項を付随的に触れる程度とする。

[1]カルテ改ざんの有無について

(1)チン小帯の脆弱性の記載→肯定

カルテには、本件手術1の際、原告の右眼のチン小帯が弱く、左眼手術の際に注意が必要であり、その旨を原告やその家族に説明したなどの記載がある。

しかし、本件手術1において、手術記録に右眼のチン小帯の脆弱性に関する記載は全くない。

また、カルテには、原告の左眼のチン小帯がもともと断裂しており、その旨を原告やその家族に説明したなどの記載がある。

しかしながら、本件手術2の手術記録には、原告の左眼のチン小帯が本件手術2の術中に半周断裂したとの記載がある。

本判決は、これらの事実から、上記カルテの各記載はいずれも手術記録の記載内容と整合しないものであり、信用性が極めて低く、また、各記載の事後的な挿入をうかがわせるような体裁の不自然さも併せて考慮すると、各記載は、被告センターの医師が事実認識と異なる内容を意図的に追記したものと言え、カルテの改ざんに該当するとした。

(2)左眼の前房出血および硝子体出血の発生時期の記載→否定

本判決は、原告の左眼の前房出血および硝子体出血の発生時期について、カルテに手術記録の記載内容と整合しない記載があるわけではなく、被告センターの医師が事実認識と異なる記載をしたとは言えないとした。

(3)左眼眼圧についての記載→肯定

本件手術2の後、本件手術3の前である平成25年11月26日の原告の左眼眼圧について、カルテには36mmHgと記載されている。

しかしながら、看護記録には、同日の左眼眼圧について、2カ所にわたって56mmHgと記載されているうえ、原告には同日、嘔気等の症状が見られ、これについて被告センターの医師が、眼圧が高すぎることによるものと説明ことから、原告の左眼眼圧が56mmHgであることと整合すること、またカルテの記載を訂正する場合、訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず、被告センターの医師は、訂正前の記載の上からなぞり、訂正前の記載が判明しないような方法で訂正していることなどからすれば、36mmHgとのカルテ記載は、被告センターの医師が、56mmHgとの記載に事後的に事実認識と異なる修正を加えたものと考えられ、カルテの改ざんに該当するとした。

[2]説明義務違反の有無および相当因果関係の有無について

(1)説明義務違反→肯定

本判決は、本件説明事項(本件手術1および2のリスクがかなり高いのに対し、その効果は限定的で、手術を実施しなくても直ちに失明するものではないこと)について繰り返し説明していたとの被告センターの医師の証言について、前記改ざんに係るカルテ記載はそもそも信用できないうえ、カルテにこれを裏付ける記載はなく、他に上記証言を裏付ける的確な証拠はなく、被告センターの医師は本件説明事項を説明していないものと言わざるを得ないとして、説明義務違反を認めた。

(2)相当因果関係→肯定

本判決は、上記説明義務違反と原告の左眼失明との間の相当因果関係について、本件手術2以降の急激な視力低下と眼圧の上昇等の経過に照らし、本件手術2と原告の左眼失明との間に事実的な因果関係があることを認定したうえで、本件説明事項の内容からすれば、原告が本件説明事項について説明を受けていた場合には、本件手術1および2の実施に同意することはなく、左眼失明に至ることはなかったとして、上記説明義務違反と原告の左眼失明との間の相当因果関係を肯定した。

裁判例に学ぶ

本判決は、被告に対し、合計963万4721円およびこれに対する遅延損害金を支払う限度で原告の請求を認容しました。

本判決から学べることとして、例えば、被告の主張を排斥した次の各理由が参考になります。

≪カルテ改ざんについて≫

(1)被告は、チン小帯線維は無数にあり、本件手術2以前の時点で少なくとも一部の線維が断裂しており、完全断裂と部分断裂の違いはあるものの断裂はしていたと主張しました。

しかし、本件手術2の手術記録には術前からチン小帯が部分断裂していた旨の記載はないなどとして、本判決は同主張を排斥しました。

≪説明義務違反および相当因果関係について≫

(2)被告は、本件手術2の術中に起きた出血は全て除去したと述べており、本件手術2の術後3日目に起きた、原告の素因に起因する眼内出血によって原告は失明に至ったものであると主張しました。

しかし、本判決は、同日におけるカルテの記載の信用性に疑義がある点を度外視したとしても、同日に高血圧が原因で眼内出血した可能性の指摘にとどまるものであることなどからすると、術後の眼内出血が原告の左眼失明を招いたとは言えないとして、同主張を排斥しました。

無論、カルテの改ざんは許されませんが(厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発第0912001号)第5項参照)、改ざんに限らずとも、カルテの記載の正確性という観点から本判決は参考になります。

本件でポイントになったのは、カルテの記載とより客観性の高い記録(手術記録や看護記録)との不整合という事実の評価であると考えます。

具体的には、本判決は、(1)手術記録や看護記録の記載内容は、事実経過を経時的・客観的に記録したものとして信用でき、これと整合しないカルテの記載は信用性が低いことおよび(2)改ざんに係るカルテの記載はそもそも信用できず、説明義務違反の事実や相当因果関係を肯定する要素となり得ることを示したと言えます。

本事案の被告センターのカルテは、手書きカルテでした。

しかし、電子カルテにおいても改ざんや信用性欠如が問題とならないとは言い切れず(例えば、大阪地方裁判所平成24年3月30日判決・平成20年(ワ)第5089号参照)、本判決と同様の検討がなされる可能性はあります。

なお、本判決は「医師は、患者に対して適正な医療を提供するため、診療記録を正確な内容に保つべきであり、意図的に診療記録に作成者の事実認識と異なる加除訂正、追記等をすることは、カルテの改ざんに該当し、患者に対する不法行為を構成する」として説明義務違反に係る損害賠償とは別個に、改ざん自体に不法行為が成立するとし、原告の精神的苦痛に対する慰謝料として100万円という高額の認定をした点も注目されます。