本件の主要な争点は、被告センターの医師によるカルテ改ざんの有無、説明義務違反の有無および損害との間の相当因果関係の有無である。
なお、眼圧管理義務違反の有無(本判決は否定)ならびに損害の発生および損害賠償額も争点であるが、本稿では関連事項を付随的に触れる程度とする。
[1]カルテ改ざんの有無について
(1)チン小帯の脆弱性の記載→肯定
カルテには、本件手術1の際、原告の右眼のチン小帯が弱く、左眼手術の際に注意が必要であり、その旨を原告やその家族に説明したなどの記載がある。
しかし、本件手術1において、手術記録に右眼のチン小帯の脆弱性に関する記載は全くない。
また、カルテには、原告の左眼のチン小帯がもともと断裂しており、その旨を原告やその家族に説明したなどの記載がある。
しかしながら、本件手術2の手術記録には、原告の左眼のチン小帯が本件手術2の術中に半周断裂したとの記載がある。
本判決は、これらの事実から、上記カルテの各記載はいずれも手術記録の記載内容と整合しないものであり、信用性が極めて低く、また、各記載の事後的な挿入をうかがわせるような体裁の不自然さも併せて考慮すると、各記載は、被告センターの医師が事実認識と異なる内容を意図的に追記したものと言え、カルテの改ざんに該当するとした。
(2)左眼の前房出血および硝子体出血の発生時期の記載→否定
本判決は、原告の左眼の前房出血および硝子体出血の発生時期について、カルテに手術記録の記載内容と整合しない記載があるわけではなく、被告センターの医師が事実認識と異なる記載をしたとは言えないとした。
(3)左眼眼圧についての記載→肯定
本件手術2の後、本件手術3の前である平成25年11月26日の原告の左眼眼圧について、カルテには36mmHgと記載されている。
しかしながら、看護記録には、同日の左眼眼圧について、2カ所にわたって56mmHgと記載されているうえ、原告には同日、嘔気等の症状が見られ、これについて被告センターの医師が、眼圧が高すぎることによるものと説明ことから、原告の左眼眼圧が56mmHgであることと整合すること、またカルテの記載を訂正する場合、訂正前の記載が分かるように訂正すべきであるにもかかわらず、被告センターの医師は、訂正前の記載の上からなぞり、訂正前の記載が判明しないような方法で訂正していることなどからすれば、36mmHgとのカルテ記載は、被告センターの医師が、56mmHgとの記載に事後的に事実認識と異なる修正を加えたものと考えられ、カルテの改ざんに該当するとした。
[2]説明義務違反の有無および相当因果関係の有無について
(1)説明義務違反→肯定
本判決は、本件説明事項(本件手術1および2のリスクがかなり高いのに対し、その効果は限定的で、手術を実施しなくても直ちに失明するものではないこと)について繰り返し説明していたとの被告センターの医師の証言について、前記改ざんに係るカルテ記載はそもそも信用できないうえ、カルテにこれを裏付ける記載はなく、他に上記証言を裏付ける的確な証拠はなく、被告センターの医師は本件説明事項を説明していないものと言わざるを得ないとして、説明義務違反を認めた。
(2)相当因果関係→肯定
本判決は、上記説明義務違反と原告の左眼失明との間の相当因果関係について、本件手術2以降の急激な視力低下と眼圧の上昇等の経過に照らし、本件手術2と原告の左眼失明との間に事実的な因果関係があることを認定したうえで、本件説明事項の内容からすれば、原告が本件説明事項について説明を受けていた場合には、本件手術1および2の実施に同意することはなく、左眼失明に至ることはなかったとして、上記説明義務違反と原告の左眼失明との間の相当因果関係を肯定した。