吸引分娩後の新生児の帽状腱膜下血腫とその管理および助産師の医師への報告

vol.251

吸引分娩により出生した新生児の管理中にチアノーゼ等の出現があったが、助産師が医師に報告せず、帽状腱膜下血腫からの出血性ショックにより新生児が死亡した裁判例

大阪地方裁判所 令和5年1月24日判決 医療判例解説106号71ページ
医療問題弁護団 笹川 麻利恵 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

妊婦A(当時30歳・妊娠40週0日)は平成29年11月19日にXクリニックに入院し、B医師は20日午前9時30分ごろからアトニンの点滴を開始し、午後0時34分ごろ、無痛分娩目的で硬膜外カテーテルを留置した。

午後6時30分ごろに子宮口全開大となり、午後6時45分ごろから努責が開始されたが有効にかからず、午後7時50分ごろから吸引分娩が実施された。

ソフトカップで1回、ハードカップで5回の吸引を行い、併せてクリステレル圧出法が行われた。

午後8時2分に男児が娩出された(産瘤あり)。

体重は3212グラム、アプガースコアは9点(1分)、9点(5分)だった。

午後10時2分ごろ、男児の四肢末梢にチアノーゼおよび冷感が認められた。

11月21日午前0時20分ごろ、C助産師は男児に顔面チアノーゼがあり、全身色不良で、筋緊張は弱く、うなり呼吸があることを認めた。

午前0時25分ごろ、C助産師は、B医師に対し、SpO2、呼吸数、心拍数の他、呼吸状態が多呼吸気味で努力呼吸様で元気がない旨を電話で報告した(顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸は報告しなかった)。

B医師は新生児一過性多呼吸の疑いがあると判断し、経過観察および必要なら酸素投与を行うように指示した。

午前2時15分ごろ、C助産師の報告を受けB医師が来院し、午前2時30分ごろの男児について「SpO296%、全身色不良、緊張なし、対光反射弱い、右頭頂部腫脹波動みられ血腫様」と記載した。

搬送依頼をし、午前3時20分ごろ、Y医療センターの応援医師が到着し気管内挿管を行うが、末梢血管を確保できなかった。

午前4時ごろにZ医療センターのNICUに入院となり、帽状腱膜下血腫、低拍出性ショック、高カリウム血症と診断されるが、午前7時56分、死亡した。

両親が原告となり、Xクリニックを開設する医療法人に対して損害賠償の請求等を求めた事案である。

判決

原告らは、主位的に、21日午前0時25分ごろの時点で、C助産師がB医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきであったと主張し、予備的に、吸引分娩の適応がなかったこと、吸引分娩の方法が不適切であったことを主張して争った。

死亡の結果との因果関係、損害額についても争われた。

第1 注意義務違反

以下、時系列で三つの注意義務違反について検討する。

[1]吸引分娩の適応

(1)原告らは、産婦人科診療ガイドライン(2017産科編)をもとに、吸引・鉗子分娩は<1>胎児機能不全、<2>分娩第2期遷延や分娩第2期停止、<3>母体疲労のため分娩第2期の短縮が必要と判断された場合のいずれかにあたらないと適応とならないが、本件はいずれも満たさず適応を欠くと主張した。

被告は、ガイドラインの推奨レベルはBであるから法的な注意義務を課す基準とならないと反論しつつ、<1>~<3>を満たすと争った。

(2)裁判所は、経時的な児頭下降度などを認定したうえで遅くとも20日午後6時35分以降は児頭下降度が不良であったと判断され、かつ、第2期遷延の基準の「初産婦における無痛分娩中の分娩第2期が3時間以上」は目安であって、子宮収縮薬が併用されていた本件では分娩第2期が2時間以上に及ぶ可能性がある場合と考えることもでき、吸引分娩の適応はあると判断した。

[2]吸引分娩の方法の適否

原告らは、20日午後4時40分以降の児頭下降度に関する記載が分娩経過表にないことから、産婦人科診療ガイドラインに照らし、本件の吸引分娩は児頭が嵌入(かんにゅう)していない状態で行われたと主張した。

被告は、ガイドラインの推奨レベルはBであるから法的な注意義務を課す基準とならないと反論しつつ、吸引分娩を開始した午後7時50分ごろには児頭はステーション0以下に下降していたと争った。

裁判所は、午後7時40分ごろの産瘤が+2~+3の状態であり、午後7時45分ごろに恥骨結合の裏に内診指が入らず膣口側から児髪が見えていたことから児頭陥入と判断したことは不合理ではないとし、午後7時45分ごろの児頭の位置はステーション0に達していたと推認するのが相当とした。

[3]助産師の医師に対する報告義務

これが本件訴訟の主位的主張とされ、この点を中心に争われた。

(1)原告らは、21日午前0時20分ごろの時点で、C助産師は男児に顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を認めており、チアノーゼは帽状腱膜下血腫による注意点の一つであり、全身色不良は大量出血を示す所見であり、うなり呼吸は出血性ショックの症状と考えられるから、午前0時25分ごろに助産師は医師に、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告すべきだったと主張した。

被告は、午前0時20分ごろの時点で、皮膚蒼白、ショック状態等の大量出血を疑わせる所見はなく、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸は出血性ショックの症状ではないと争った。

(2)裁判所は、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸はNICUがない施設における新生児搬送の適応であり、午前0時25分ごろの時点で助産師が医師に報告しなかったことは不適切とした。

すなわち、吸引分娩により出生した児は一定時間十分な監視下に置き、帽状腱膜下血腫の有無などを注意深く観察することが必要であり、男児は6回の吸引で出生し、頭血腫があったことから帽状腱膜下血腫の有無の確認が必要であるところ、20日午後10時2分の状態より21日午前0時20分ごろの状態が悪化していることから、C助産師はB医師に対して、顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸を報告する義務があったものと判断した。

第2 因果関係と損害

因果関係について、鑑定結果を受けて、21日午前0時25分ごろの時点では男児は出血性ショックおよびDICの前段階であり、この時点で医師が顔面チアノーゼ、全身色不良、うなり呼吸の報告を受ければ、診察して帽状腱膜下血腫を疑って高次機関に搬送し、男児が高度な救命処置および治療を受け、救命できた高度の蓋然性がある(同時点で搬送され適切な治療が行われた場合の救命率は90%前後)と判断した。

損害については、逸失利益、男児の死亡慰謝料、原告らの慰謝料等を認め、約5317万円を支払うように命じた。

裁判例に学ぶ

1.吸引分娩の適応については、帝王切開への切り替えの遅れに関して争われることがあります。

ガイドラインはもちろん目安になりますが、胎児機能不全の評価等を含め、臨床での医師の判断が重視されており、本件もそうでした。

なお、吸引分娩の際には児頭のステーションを含む条件についての記録が不足しがちなケースもあるようですが、記録漏れはトラブルのもとであり、十分な記録が重要なのは言うまでもありません。

2.吸引分娩の方法については、児頭が下がってしっかり条件を満たしていれば適切に吸引を繰り返しても娩出できない事態が実際にどれほどあるのかの問題はあるでしょう。

急速遂娩(すいべん)では胎児機能不全を考えて一刻も早く娩出させなければならない状況となりますし、緊急帝王切開に切り替えるとしても、開始までの準備に時間がかかるのが実際ですから、より早く娩出できる方法の見極めは、急速遂娩の方法を選択する時点から、適切な評価に基づいて求められていると言えるでしょう。

医師による急速遂娩の方法選択だけでなく、それについての妊婦への説明も重要です。

本件とは異なり骨盤位の分娩方法の選択の事例ですが、医師の説明義務が問題となる重要な判例もあります(最高裁平成17年9月8日判決。「上告人らが胎児の最新の状態を認識し、経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解したうえで、被上告人医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があった」)。

3.本件の争点としては助産師の医師への報告義務が最も大きく争われました。

結果から考えても、男児の救命のためには21日午前0時25分ごろの段階で医師の診察に結びつく報告を助産師がすべきだったのは確かでしょう。

ただし、これが助産師の個人的なエラーとされてしまうのでは、本件事故発生の原因分析としては弱いように考えます。

6回の吸引で娩出され産瘤がある新生児なのですから、帽状腱膜下血腫のリスクを考えた慎重な観察が医師を中心とするチーム全体として求められていたでしょう。

実際には、医師が助産師に対して具体的な注意点を示したうえで、医師に報告する場合につき基準を示して指示できていれば、本件のような助産師が医師に報告する事実の漏れの発生は防げた可能性があるように思いますし、再発防止のための取り組みはその点を重視して構築されるべきだろうと考えます。