医局は自分を守ってくれる存在 でも、挑戦したかった
脳神経外科医としてまい進する中で、ビジネスへと大きく進路を変更することに、迷いはなかったのか。
「ビジネスの世界への挑戦に不安はありませんでした。しかし医局を出ることには、正直言って不安を感じました。医局は私を守ってくれる存在です。キャリアについても考えて導いてくれる。その環境を手放すのは躊躇(ちゅうちょ)しましたが、最終的には、不安よりも挑戦したい気持ちが勝ったのです」
ドクターズ株式会社は、ひと言で言えばデジタルヘルスを広く支援し、世に送り出すプロデューサーのようなものだ。
「世の中には次々に新しいデジタルヘルスサービスが生み出されています。しかしそれが医療現場に浸透しているかというと現実はそうではない。医療分野に参入したい企業側と医療現場との間にある大きなギャップを解消するために、医療現場のリアリティーと医療テクノロジーを掛け合わせて、本質的な医療の仮想化を実現することが目標です」
この思いを具現化するために、大きく3つの活動を展開している。
一つはデジタルヘルスの開発をサポートする「Doctors Cloud™」だ。ここでは医療現場で実際に活用できるサービス・デバイス設計などを支援し、続いて臨床試験、医療機器認証、学会・論文対応までも請け負う。同社には、デジタルヘルスを推進していく理念に賛同し、最前線で活躍する400人超の医師が登録している。彼らから現場目線でのフィードバックを受けることで、実際に活用できるシステム開発を目指す。
システムを開発したら、次は流通である。現状では、ヘルスケアシステムやデバイス・アプリケーションなどのデジタルヘルスの流通を担う本格的なしくみが存在しない。医療現場では、卸の流通網が非常に強いという歴史的な背景がある。そのため高く評価されるものが作れたとしても、それがすぐに医療現場で使われるわけではない。
「いいものを開発しても、それを現場の先生に届けるしくみがありません。医療ベンチャー企業などでよくあることですが、医療機関独特の卸による流通体制を軽視しがちです。そのため例えば企業が講演で認知症患者に対するサービスを『認知症患者が将来約700万人に到達するので、その10%が使用しても70万人の利用者が見込める』などと説明してしまうのです。しかし実際には、医療機器やシステムが流通するためには、かなり複雑なしくみが存在しています」
各地域の卸との連携体制の構築を進めようとしても、デジタルヘルスのしくみは複雑で、卸の営業担当が全てを理解することは難しい。そこで、医師が直接さまざまな企業のデジタルヘルスサービスを導入することを可能にするポータル、医療DX総合支援サービス「DoctorsNext™」を構築した。ここでは、卸の営業担当が“医療エキスパート”としてデジタルヘルスの購入を検討している医師をサポートし、医療機関へのスムーズな流通を可能にしている。
三つめの「Doctors Station™」は、医療機関がデジタルヘルスシステムに興味を持って導入した後の利活用をサポートする取り組みだ。いいシステムは実際に現場で活用されて初めて意味を持つ。その利活用をサポートし、システムを活用したデータの収集や分析まで見据えたプラットフォーム事業である。
「ドクターズクラウドで開発し、ネクストで流通させる、そしてステーションで実際に使ってもらい、データを収集する。ここまで一気通貫して全てを行う事業体はこれまでにありませんでした。その意味でわれわれに競合はいないのです」