「好き」を極める、世界トップクラスの画像診断医 木口 貴雄

医師のキャリアコラム[Challenger]

社会医療法人 杏嶺会 一宮西病院 放射線診断科 副部長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

画像診断で世界一のスキルを持つ医師がいる。北米放射線学会が発行する学術誌『Radiology』の誌面で毎月出題される読影課題(Diagnosis Please)の年間最多正解者に7年連続で選ばれた、木口 貴雄氏である。権威あるDiagnosis Pleaseには、世界中の放射線診断医が挑戦している。そこで最多正解者になることは、まさに世界トップクラスの画像診断医だと認められたことを意味する。治療の方針を決めるための重要な役割を担う画像診断。「正しい診断なくして正しい治療はない」をモットーにする木口氏の、ひたむきな努力の日々を追い掛けた。

医師たちが絶大な信頼を寄せる「Doctor’s Doctor」

「一位は、一宮西病院の木口 貴雄先生です」

日本医学放射線学会が開催する画像診断コンテストの表彰式。優勝者として木口氏の名前が読み上げられる。放射線診断医たちの中ではお馴染みとなった光景だ。それもそのはず、木口氏は日本医学放射線学会が開催する画像診断コンテスト「イメージ・インタープリテーション・セッション」で12回も受賞しているのである。一宮西病院で放射線診断科の部長を務める山田 弘樹氏は、木口氏のことを「スーパードクター」だと評する。

――彼はあらゆる分野の画像診断の知識を持っています。頭頸部、胸部、骨軟部など、パーツごとに専門家がいる中で、どの分野の画像診断コンテストでも優勝できる。本当の意味でのゼネラリストです。もちろん天性の才能もあるでしょうが、それ以上にものすごく努力している。誰も彼には勝てないと思います。(山田氏)

飛びぬけた診断能力は、臨床においても存分に発揮されている。ある患者は、10年間診断が付かずに、いくつもの医療機関でドクターショッピングをしていたが、木口氏の画像診断によってようやく希少疾患だと判明した。その後、専門機関での治療に結び付いたという。

画像診断が救命につながったケースもある。夜間に胸痛で救急外来を受診した患者に、当直医が造影剤を使わない単純CT検査を実施。特に異常が認められなかったため、患者はそのまま帰宅した。しかし、翌朝、木口氏が画像を確認すると、違和感を覚える箇所があった。

「ほんの少しだけ大動脈がいびつになっている箇所があって、何かおかしいと感じました。もしかしたら異常かもしれないという直感が働いたんです」

一目見ただけでは分からないようなごくわずかな異常で、見過ごしたとしてもおかしくはない。患者を呼び戻してより詳しい造影CT検査を行ったところ、偽腔開存型急性大動脈解離だと診断されて、すぐに緊急手術が行われた。

他にも、がん手術の術前検査で、がんではなく炎症だと分かったことで、手術が取り止めになった例もある。その後、病変は自然に縮小した。木口氏の確かな診断能力に、各診療科の医師たちからは絶大な信頼が寄せられている。

画像診断コンテストで世界一 7年連続で最多正解者に

木口氏が画像診断に興味を持ったのは、大学6年生のときである。医師の仕事を「治療」と「診断」に分けるとすれば、「治療」はメジャーな疾患ではガイドラインが整備され、誰がやっても一定の水準が保たれるのに対して、「診断」は医師個人の力量に左右されやすいと考えたからだった。

「そこに面白さを感じたんです。研修中に、他科の医師たちから信頼されている放射線科医の姿を見て、純粋にかっこいいなと憧れる気持ちがありました」

放射線科医になって間もない頃、初めて担当した当直ではこんな出来事があった。頭部CT画像で一番下の1スライスにだけ、写っていた喉の後ろのスペースに、ガスが溜まっているのを発見した。たった1スライスにしか写っていない、ごくわずかなガスに気付いたことで、縦隔気腫だと診断することができたのである。それが成功体験となり、画像診断に対するモチベーションは一気に上がった。

木口氏の名が広く知られるようになったのは、2014年に北米放射線学会が発行する『Radiology』誌で、毎月出題される読影課題(Diagnosis Please)の年間最多正解者に選ばれたことがきっかけだ。放射線診断医になって7年目だった。最多賞の発表で、尊敬する下野 太郎氏(現・大阪公立大学医学部附属病院 病院教授)と自分の名前が並んでいるのを見たときには、信じられない思いがしたという。木口氏は、その栄誉ある賞を7年連続で受賞している。

「正答率を上げるために意識しているのは、ミスをしないこと。超難問を解くというよりは、ある程度の人たちが答えられるような問題を、確実に当てることが大事なのです」

Diagnosis Pleaseは月に1問ずつ、年に12回出題される。最多賞をとるためには、全問正解か、間違ったとしても1問程度のミスしか許されない。鑑別疾患をできるだけたくさん挙げて、その上で、粘り強くそれを除外していく。いかに妥協せずに調べ尽くせるかが重要だという。それには「コツコツ勉強して慣れていく他ない」と話す。

調べた記憶を定着させるアウトプットが一番の勉強法

木口氏は、なぜ画像診断クイズに挑戦するようになったのだろうか。

「診断スキルを上げるためのトレーニングの一つとして始めました。でも、初めにトライした国内の放射線学会のクイズでは全然正解できなくて。自分には向いていないのかなと」

放射線科医を対象に出題される画像診断クイズは、超難問ばかりで全く歯が立たなかったという。最初の3年間は、5〜6問中1問が分かるかどうかだったと振り返る。しかし、臨床で経験を積み、勉強をし続けたことで、1問、2問と次第に解ける問題が増えていった。

診断スキルを上げるために、木口氏が長年続けている勉強法が3つある。1つ目は学会や研究会への参加。2つ目は画像診断に特化した医学雑誌や医学書を読むこと。そして3つ目は臨床である。日常の読影やカンファレンスから、日々、気付きや学びを得ている。

それに加えて取り組んでいるのが、画像診断クイズである。週に1、2回は問題を解いて投稿している他、目を通すだけのものを含めればさらに数は多くなる。

「3つの勉強法は多くの先生方が実践されていると思いますが、私ほどクイズを解いている人は他にいないかもしれません(笑)」

画像診断クイズは、画像診断の勉強法としてはとても有効だと木口氏は語る。回答を考える過程で、考え、調べたことが、その後の記憶に残りやすいからだ。それが臨床での診断にも生かされている。クイズを解くために調べた症例に臨床の場で出合うこともよくあるという。

最近では、TwitterやnoteなどSNSでの発信にも積極的だ。Twitterでは1日1ツイートをノルマとして、毎日1症例、画像を取り上げて解説する。

「Twitterは読むだけで気軽に知識が手に入るように見えますが、実は一番勉強になるのは自分が投稿することなんです。だから、もともとある知識の中からではなく、あえてうろ覚えの症例を調べてツイートするようにしています」

アウトプットは、自身の勉強になる上に、読んだ人たちの役にも立つ。Twitterで「ごま油うがいによるリポイド肺炎」を解説したときには、医師に限らず、一般の人たちからも多くの反響が寄せられた。

「正しい診断なくして正しい治療はない」が信条

画像診断を極めたいという思いで、2016年に医局を離れ、専門性の高い医療を提供する一宮西病院に赴任した。同院の放射線診断科では、常勤医8人と非常勤医の体制で1日に約300件を読影している。平均すると一人当たり1日40件、木口氏は50~60件を担当する。

画像診断の際に気を付けているのが、平常心を保つことだ。

「例えば、次の用事が気になって焦っていれば、そこにほんの少しですが雑さが生まれる。所見の精度が落ちれば、重要なものを見落とす可能性もあります」

見落としだけでなく、焦っていたりイライラしていたりといった精神状態が、診断に至るまでの思考にも悪影響を及ぼすという。そうなれば正しい診断はできなくなる。木口氏がモットーに掲げるのは「正しい診断なくして正しい治療はない」の言葉。放射線診断医からのレポートがそのまま診療に反映されることも多いため、日々その責任を感じながら読影に臨んでいる。

木口氏が考える画像診断医の適性とは何だろうか。

「一番大事なのは、画像診断を好きになれるかどうか。それに勝る資質はないです」

一般的にいわれるような、考えることが好き、勉強が苦ではない、長時間座っていられる……などの適性は、「本気で放射線診断医になりたければ克服できる」と断言する。

知識や経験を積み重ねることで、当然、診断の精度は高まるが、それと同時に経験の浅い若手の医師でも活躍できるのが画像診断だという。

「もちろん経験値は大きいですが、一方で、柔軟な思考力や発想力が求められる。検査機器の進化やテクノロジーの発展に対応していくことも必要になります。若い医師でも十分に力を発揮できる分野ではないでしょうか」

知識と読影力で導き出す答えが「ある」のが魅力

国内の放射線診断医は約5,600人。CTやMRIの検査数の増加に対して、圧倒的に不足している状況だ。しかし、診療科のアンバランスを改善するために他科の専攻医の数に制限をかけたり、給料に差を付けたりすることなどは、根本的な解決にはつながらないと木口氏は考えている。

「なり手を増やすのも大切ですが、すでにあるマンパワーを効率化することが重要だと思います」

例えば、放射線診断医の業務負担を軽減するために、AIの活用や遠隔読影の一般化などを進めていくことがその方法である。

木口氏がかつて先輩医師の姿を見て放射線診断医を目指したように、木口氏の影響で同じ道を志した若手医師もいる。2022年に刊行された『クイズで学ぶ画像診断「1手詰」読影のキホンが身につく必修手筋101』の共著者である山路 大輔氏(現・鳥取大学)も、木口氏の下で初期臨床研修を受け、画像診断の面白さに引き込まれた一人だ。

――木口先生の高い診断力を間近で見て、憧れ、いつしか放射線科医を志すようになりました。(山路氏)

画像診断の魅力は、診療と違い、答えが出ることが多いところだと木口氏は言う。知識や読影力があれば、正しい診断に行き着くことができる。そうした魅力を伝えていくことで、興味を持った人がたどり着いてくれればいい。

木口氏は、日本の画像診断のレベルをさらに上げるため、自分なりに貢献していきたいという。いずれ日本の放射線診断医の読影力は世界一だと言われるよう、日々まい進していくつもりだ。

「ただただ上達したい、という思いでこれまで突き進んできました。画像診断を好きな気持ちが、ずっと変わらない私のモチベーションの源泉なのです」

P R O F I L E
プロフィール写真

社会医療法人 杏嶺会 一宮西病院 放射線診断科 副部長
木口 貴雄/きぐち・たかお

2006 新潟大学 医学部 卒業
日本赤十字社 長岡赤十字病院 臨床研修医
2008 新潟大学医歯学総合病院 放射線科
2009 新潟県立中央病院
2010 長岡中央綜合病院
2011 新潟市民病院
2016 社会医療法人 杏嶺会 一宮西病院

受賞歴

北米放射線学会『Radiology』誌Diagnosis Please7年連続世界チャンピオン
日本医学放射線学会イメージ・インタープリテーション・セッション12回受賞
Korean Society of Thoracic Radiology(KSTR)
Weekly Chest Cases世界1位3回など、画像診断コンテストの受賞歴多数
座右の銘: 正しい診断なくして正しい治療はない
愛読書: 『画像診断を考える』(画像診断医のバイブル)
影響を受けた人: 放射線科の諸先輩方
好きな有名人: 藤井 聡太
マイブーム: 将棋観戦
マイルール: 先入観を持たない、まず全体を見渡す、好物(関心領域)は最後にとっておく

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2023年6号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。