革新的な手技とチーム運営でリードする心臓血管外科のイノベーター 田端 実

東京ベイ・浦安市川医療センター
心臓血管外科 部長
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

2013年に開設された、東京ベイ・浦安市川医療センターの心臓血管外科で診療部長を務める田端実氏。米国やベルギーに留学し、若くして心臓手術全般と完全内視鏡下心臓手術の技術を習得した心臓血管外科のイノベーターである。これまで執刀した心臓・大血管手術件数は2000例以上。徹底したチーム医療を実践し、外科医が手術に集中できるシステム作りを実践していることでも注目が集まっている。

心臓・大血管手術の実績 41歳で2000例超

41歳の若さで、これまで執刀した心臓・大血管手術が2000例を超える田端実氏。「若いうちに手術の腕を磨きたい」との思いで29歳の時に米国にフェローとして臨床留学し、33歳で帰国するまでに約500例の心臓手術を執刀。16本の英文論文を第一著者として発表した。

田端氏が部長を務める東京ベイ・浦安市川医療センターの心臓血管外科は、2013年10月に開設されたばかりだが、3年目にして医師5人で心臓・大血管手術の年間症例数が424例という驚くべき実績を上げる。

昨年には新設から2年3ヶ月という異例のスピードでTAVI※ を導入し、経心尖アプローチの研修施設として全国初の認定を受け、心臓外科治療の分野で存在感を示している。治療を求める患者は全国から訪れ、その高度な技術を学ぶために海外からも心臓外科医が見学に来る。同院の心臓・大血管手術の件数は年々増加を続けており、開設当初に掲げていた「2018年には年間500例」という目標も、前倒しで達成できそうな勢いだ。

なぜ3年という短期間で、これほど多くの症例を扱うことができたのか。その理由の一つは、田端氏が得意としている低侵襲手術にある。

海外でMICSを習得 僧帽弁形成術を3時間

低侵襲心臓手術 (MICS) と出合ったのは2004年。日本ではごく一部の医師によってのみ細々と行われていた。留学していた米国のBrigham and Women's Hospitalで、Dr.Lawrence Cohnが取り組んでいた低侵襲心臓手術を見て、田端氏は衝撃を受けたという。

「患者さんの回復が早いのに驚きました。医療費も抑えられ、働き盛りの方が早期に復帰でき、社会的な生産性を落とさずに済む。これはいいと思いました」

胸骨を温存するMICSは、患者への負担が圧倒的に少なく、退院までの期間も短縮できる。実際、東京ベイではMICS患者が術後4〜5日で退院することがスタンダードになっている。

ニューヨークのコロンビア大学メディカルセンター、ベルギーのOLVclinicでもさらに技術を磨いた。多種多様な手技を学べたことが一番の強みだったと田端氏は当時を振り返る。一般的にMICSは時間がかかるとされており、より創の小さな完全内視鏡下手術だとさらに時間がかかるのが普通だが、現在田端氏が行っている完全内視鏡下僧帽弁形成術は、シンプルな病変であれば3時間で終了し、通常の開心術と変わらない。

日本の心臓外科現場の矛盾 チーム医療に糸口

「日本ではどうしても執刀の順番待ちがあり、1施設当たりの症例数が少ないので、短期間で多くの経験を積むことは難しい。一方、米国では症例数の多さに加えて、コメディカルが充実していることで外科医が手術に集中できる環境がありました。心臓外科は周術期管理に多くの人手が必要です。日本の多くの施設ではそれを全て外科医が担っており、外科医の人数を多くしないとシステムが回らない。外科医1人当たりの症例数も少なくなる」

米国での医療は、田端氏に大きな影響を与えた。東京ベイ・浦安市川医療センターで、その実現を目指すことになる。この徹底したチーム医療が、氏が率いる心臓血管外科において、少数の外科医でも多くの症例を扱うことができるもう一つの理由となっている。

術後ケアの協業によって外科手術を効率化する

「チーム力は神の手に勝ります」

まずチーム医療を実践するための仕組み作りに取り組んだ。

「若手のうちは手術ができずに術後管理ばかり。それでは医師たちのモチベーションを保つことは難しいです。この問題を解決するには、少人数の外科医に症例を集約させることが必要なのです」

分業ではなく協業であることがポイントだ。

「米国式の分業は長所もあるが、『これは自分の仕事ではない』と融通が利かず効率よく進まないことがよくあります」

オーバーラップできる部分は補完し合い、場面ごとに最大の効率が上がるように仕事を分担している。

協業のための要となるのが、集中治療医との連携だ。幸い米国で研鑽を積んだ集中治療医率いるチームがすでにあった。心臓手術の術後管理はほとんど経験がないチームだったが、田端氏は最初から彼らと共に術後ICU管理を行うシステムを選択した。内科系の集中治療医と心臓外科医では、術後管理の考え方に違いがあり、始めのうちは意見やスピード感が食い違うことも多かった。治療方針では、エビデンス重視の集中治療医に対して、心臓外科医は経験を重視する傾向があった。

「片方の考えに偏るのではなく、互いの得意分野を擦り合わせながら方針を立てることが大切。話し合いの場を設けることは、正直、時間や手間がかかりますが、必ず改善点があり、次にもつながります」

心臓血管外科所属の「診療看護師」がいることも特徴である。診療看護師は主に外来や病棟で術前のリスク評価や術後管理を中心に活動している。

「研修医の代わりというわけではなく、看護のエキスパートが術前から術後まで一貫して患者を診ることで、医師の目の行き届かないところまで患者のケアができます」

集中治療科による24時間体制での術後管理と診療看護師によって、対応できる症例数は大幅に増えた。手術に専念できる環境が整ったため、医師一人が担当する症例数は増加、個々のレベルアップも図れる好循環が生まれた。

科や職種を超えたチーム 全員は同じ方向で診療

循環器内科とも「ハートチーム」として緊密な連携を取っている。ハートチームと名付けられた組織は他にもあるが、東京ベイほど心臓外科医と循環器内科医がバランスよく機能し、チームワークができている病院はそう多くはない。

外科的手術か、カテーテル治療か、両方の選択肢があるケースでは、必ずチームのカンファレンスで意思決定をする。短い時間ではあるが、毎朝欠かさずカンファレンスを行い、カンファレンスにかける時間がない場合でもコミュニケーションを迅速に取る。例えば、カテーテル室で冠動脈3枝病変が見つかった場合、外科医に連絡が入り、その場で治療方針をディスカッションする。

患者が亡くなったり、合併症があった場合には、職種や科を越えたチームでM&M(Morbidity&Mortality)カンファレンスを開き、その時の問題点を挙げながらシステムを修正していく。こういった努力を繰り返し、全員が同じ方向を向いて診療ができるようになったという。

「科目を越えて、同じ場について話し合う。もちろんすんなり決まらないこともありますが、落としどころは必ずあります。それにはお互いが高い技術を持ち、リスペクトし合える関係も重要です」

同院のMICSの術後平均在院日数は4.5日。全国平均の14日に比べ圧倒的に短い。麻酔や人工心肺を含めた手術技術、集中治療医による術後管理、病棟ケア、リハビリなど、チーム全体が一丸となって患者の早期回復を目標に動いているからこそ実現できる数字だ。

MICSを進化させ 世界と戦えるチーム作り

完全内視鏡下心臓手術を含めたMICSについて、もっと進化させて、理論立てていきたいと考える田端氏。低侵襲心臓手術をどんな医師にでもできる手術にするためには、理論の構築が欠かせないという。技術向上のために師匠の技を見て取り入れることは大事だが、標準化した理論を理解することはもっと重要だと考えている。

今後、循環器疾患を取り巻く環境は大きく変わる。カテーテル治療の普及から、世界的に見ても心臓・大血管の外科手術の症例数は減少傾向にある。治療ニーズは早期回復を実現する低侵襲手術と、カテーテルでは治療できない重症症例や複雑疾患の手術と二極化が進み、それぞれのクオリティーはさらに高いものが求められるだろう。

そうしたニーズに対応するためにも、「世界と戦える心臓血管外科チームを作る」ことを目標としている。高い技術力を持つ医師とコメディカルでチームを組み、症例数を集約させることで、臨床のクオリティーを上げる。そうすれば臨床研究や教育、さらに+αの事業にも力を注げるようになる。

「私たちの科では、『心臓血管外科のイノベーターになろう』という理念を掲げています。時代の変化に伴って目指すべきところは変わる。だから、尊敬する外科医は大勢いますが、目標としている外科医は一人もいません」

田端氏のこの革新的な考え方は、これからの心臓血管外科のあり方も変えていくに違いない。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年2月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

たばた・みのる
1999年 東京大学医学部 卒業
東京大学医学部附属病院・関連病院(一般外科研修)
2003年 新東京病院心臓血管外科レジデント
2004年 Brigham and Women's Hospital /Harvard Medical School心臓外科フェロー
2007年 ハーバード大学公衆衛生大学院 卒業
Columbia University Medical Center
心臓胸部外科インストラクター
2008年 ベルギーOLV clinic 低侵襲心臓手術フェロー
2009年~現在 榊原記念病院心臓血管外科スタッフ外科医(2013年9月より非常勤)
2012年~現在 慶應義塾大学医学部 非常勤講師
2012年~現在 杏林大学医学部 非常勤講師
2013年~現在 東京ベイ・浦安市川医療センター 心臓血管外科 部長
2015年~現在 東京慈恵会医科大学 非常勤講師

◇ 資格
外科専門医、心臓血管外科専門医・心臓血管外科専門医修練指導者