世界初、iPS細胞からミニ臓器を再生 再生医療に期待の若き雄 武部 貴則

横浜市立大学
学術院医学群 臓器再生医学 准教授
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

2006年にiPS細胞誕生以来、著しく発展を遂げている再生医療の分野。網膜、心臓、神経と各医療機関で臓器別に徐々に研究が進む中、横浜市立大学の武部貴則氏のチームでは、立体的な組織を作り出すというこれまでになかった新発想で将来的に肝臓になる可能性のある「肝臓の種(原基)」の作製に成功した。再生医療が今後どのように発展していくのか、医学界全体にも大きな期待が寄せられている。

日本がリードする再生医療 27歳で「肝臓の種」を発見

日本における再生医療の研究は、2012年に京都大学の山中伸弥氏がノーベル生理学・医学賞を受賞したことを契機に一気に加速した。それまで再生医療の研究分野では受精卵を基にしたES細胞(胚性肝細胞)が万能細胞として移植に有力だと考えられていたが、倫理上の問題から使用は難しかった。それに代わるものとして生み出された中で、唯一iPS細胞だけがES細胞のように各臓器を作り出せる万能細胞であることが分かり、再生医療の側面から大いに期待が高まった。

iPS細胞を使った研究では、諸外国が薬品開発に力を入れているのに対して、細胞移植治療については日本が圧倒的にリードしている。iPS細胞を使った移植治療はまだはっきりとした治療効果が出ていないため、欧米では参画がためらわれているからだ。日本と欧米では応用に向けて目指す方向性が異なっているのが現状である。

そうした中、横浜市立大学の臓器再生医学の研究グループは2013年、世界で初めてiPS細胞から血管構造を持つ機能的な肝臓の作製に成功したことを「Nature」に発表した。 「肝臓の種」とも呼ばれる原基(種)を発見したのは、当時27歳だった武部貴則氏。若き研究者の活躍に世界中が驚かされた。

臓器そのものを作る着想 世界で初めての立体組織

世界に先駆けてiPS細胞を使った細胞移植の研究に取り組む日本では、理化学研究所で網膜、大阪大学で心臓、京都大学で血小板や神経といったように、臓器や手法ごとに各大学や研究機関で分担しながら研究が進められている。その中で「肝臓」を担当しているのが、横浜市立大学である。再生医療の基本的な考え方では、例えば神経であればニューロンという神経細胞、目であれば網膜色素上皮細胞など、特定の単一細胞を作ることを目指している。しかし、肝臓は組織構造が非常に複雑であるため、単一細胞を作るだけでは肝臓本来の働きを再現することができない。治療への応用は難しいとされていた。

「肝臓が機能するための肝細胞だけを作ろうとしても、きちんと作ることができなかったり、それを使っても治療ができないなどさまざまな問題がありました。 そのため発想を見直して、肝細胞に加えて血管などのサポート機能を持つ細胞を交ぜ合わせることで、それらを立体的に相互作用させようと考えました」

武部氏が提唱したのは、1種類の細胞のみを作り出すのではなく、臓器そのものを作るというもの。立体的な組織を作り上げて移植に使うという考え方は、国際的に見ても類を見ない、かなりユニークな方法論だった。

一体どのようにしてその手法を見つけ出したのか。それは、数多くのトライアルをする中で、ある偶然によるひらめきから生まれた。

今から6年前、本来は捨てるはずだった複数の細胞をシャーレ上で無造作に交ぜて置いておいたところ、「小さな破片のようなものがたくさんできていた」という。交ぜ合わせた細胞には、血管の細胞など肝臓を作る上でサポート役を果たす機能を持つ細胞が入っていた。

「最初の現象を引き起こしたのは、実は間違った培養方法をしていたからなんです。通常であれば細胞が付かないようにコーティングされた培養用のシャーレを使うところを、誤ってコーティングされていないものを選んでしまっていた。細胞培養に不適格なシャーレで細胞が自由に動き回ることができたため、細胞本来の力が発揮されたのです」

偶然の出来事だったが、それが立体組織を作るプロセスの発見につながった。肝臓組織をサポートする細胞の存在と、細胞が自立的に動ける環境。この2つがそろったことで、立体組織ができあがったのだ。

"小さな破片のようなもの"が臓器ができる最初の現象であることを突き止めた武部氏は、そこから着想を得て「肝臓の種」と呼ばれる直径5ミリほどのミニ肝臓を作製することに成功。このプロセスは、母親の胎内でヒトの臓器ができあがっていく過程とかなり近いということも後に分かってきた。

米国で移植の現実に直面 再生医療の研究へ進む

もともとは臓器移植に興味を持っていたという武部氏。大学在学中、米国コロンビア大学に留学し、移植外科で最前線の移植医療を学んだ。しかし、実際に現場を経験してみると、"人の死に支えられている医療"の難しさを目の当たりにすることになった。

「臓器移植希望者のリストは毎週のように更新され、重症度の高い患者さんたちは"間に合わない"という理由で外されてしまう。その中で助けられる人は、ほんの一握りだと感じました」

移植ができなければ治る見込みのない患者を、再生医療によって救うことができるかもしれない。そう思ったことが、研究者としての道を歩むきっかけになった。

「臨床研修を受けずにすぐ研究の道を選んだので、少し悩んだ時期もありましたが、早く始めたからこそ新しいことに柔軟に挑戦できたのだと思います。もし研究に興味があるならば、ぜひ若いうちにチャレンジしてほしい。臨床医への転向はその後でも間に合います」

同じ研究の世界でも、臨床応用まで5年でたどり着くものもあれば、10年、100年とかかるものもある。どのような研究を選ぶかによって、臨床応用までの時間経過もさまざまだ。武部氏は臨床までのスピードが比較的早い研究に取り組んでいるため、結果が見えることで「新しいことを生み出していくやりがいを感じる」と話す。

応用と新規研究を両立しバランスに苦悩の連続

2013年に発表され、作製に成功した「肝臓の種」の研究は、現在マウスを使った移植実験の段階に入っている。第一段階では小児の肝臓病であるOTC欠損症に対しての治療を予定しており、最初の臨床研究では肝臓の細胞のうち3%が置き換われば効果を発揮すると考えられている。研究グループは、2019年度までに人での試験を目指して準備を進めている。

応用に向けては、技術面以外での課題も多い。大量生産のためにはシャーレや培養液といった作製に使用する全ての備品の品質の検証、そして自動化のためのロボットやクリーンルームなどの環境整備など、研究室の枠を越えてさまざまな企業との連携が必要になる。そうした膨大な検証作業を経て、ようやく新たな治療法が実現する。

「実現化に向けた応用研究は、もちろん進めていかなければなりません。ただ、応用研究に多くの労力を奪われ、新しい研究が後回しになれば研究者としての立場は苦しくなります。応用と新しい研究、そのバランスをどのように取っていくかは今も苦労している問題です」

期待値の高いiPS細胞に関係する研究ですら予算が徐々に削られ、必ずしも十分な研究費が用意されているわけではない。だからこそ新しい研究をし続け、成果を発表していくことが、研究者としては重要だという。武部氏は現在、米国の研究グループで胆管や膵臓、十二指腸といった肝臓周辺の臓器間の連動を再現させる研究や、iPS細胞とデジタルテクノロジーとの融合などの研究にも取り組んでいる。

一例でも命が助かれば世界を変えられる

横浜市立大学の研究グループは2015年、「Cell Stem Cell」に掲載された論文で「臓器の種」の作製手法を他の臓器に応用し、膵臓、肝臓、腸、肺、心臓、脳などの原基を創出することに成功したことを発表した。再生医療の可能性はますます広がっているが、その効果は「決して万能ではない」という。

「臓器を丸ごと作り出すことができるようになるのは、まだまだ先です。再生医療はどんなに安くなったとしても1000万円以上はかかる高額な医療。あくまでも他に手段のない、どうしても治せないお子さんの疾患などに適用するものだと思っています」

再生医療は万能ではない。しかし、これからの医療を変える大きな可能性を秘めていることは間違いない。

「iPS細胞を使って病気が治る、命が助かるということを、たった一例でも明確に示すことができれば、世界を変えるんじゃないかなと思います」 若き研究者の挑戦はまだ始まったばかりだ。

患者を救うもう一つの医療「広告医学」

脳卒中や心筋梗塞などの生活習慣病は血管の病気で、再生医療で治すことはできない。そうした疾患の予防の重要性を啓蒙するために、"広告医学"という新しいジャンルを武部氏は提唱している。

広告医学とは、デザインやコピーライティングといった広告的な手法を予防医学に取り入れて、自然と健康意識が高まるようにしていくもの。例えば、階段にニュースコンテンツを表示させて、上ると順番に見られるようにすれば、「健康のために階段を上りましょう」とアナウンスするよりも行動を変える動機となる。実際には、横浜市立大学の最寄り駅である金沢八景駅と市大医学部駅に"上りたくなる階段"として、海の模様のデザインなどを施し、楽しみながら階段を上れるような取り組みを期間限定で行った。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年6月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

たけべ・たかのり
2005年 横浜市立大学医学部医学科 入学
2009年 米国スクリプス研究所(化学科) 研究員
2010年 米国コロンビア大学(移植外科) 研修生
2011年 横浜市立大学医学部医学科 卒業
横浜市立大学 学術院医学群臓器再生医学助手
電通×博報堂 ミライデザインラボ研究員
2012年 横浜市立大学先端医科学研究センター
研究開発プロジェクトリーダー
2013年 横浜市立大学 学術院医学群臓器再生医学 准教授
独立行政法人科学技術振興機構
さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」領域研究者
米国スタンフォード大学幹細胞生物学研究所 客員准教授
2015年 米国シンシナティ小児病院 准教授

◇ 賞
ベルツ賞(2014年)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2016年)