臓器そのものを作る着想 世界で初めての立体組織
世界に先駆けてiPS細胞を使った細胞移植の研究に取り組む日本では、理化学研究所で網膜、大阪大学で心臓、京都大学で血小板や神経といったように、臓器や手法ごとに各大学や研究機関で分担しながら研究が進められている。その中で「肝臓」を担当しているのが、横浜市立大学である。再生医療の基本的な考え方では、例えば神経であればニューロンという神経細胞、目であれば網膜色素上皮細胞など、特定の単一細胞を作ることを目指している。しかし、肝臓は組織構造が非常に複雑であるため、単一細胞を作るだけでは肝臓本来の働きを再現することができない。治療への応用は難しいとされていた。
「肝臓が機能するための肝細胞だけを作ろうとしても、きちんと作ることができなかったり、それを使っても治療ができないなどさまざまな問題がありました。
そのため発想を見直して、肝細胞に加えて血管などのサポート機能を持つ細胞を交ぜ合わせることで、それらを立体的に相互作用させようと考えました」
武部氏が提唱したのは、1種類の細胞のみを作り出すのではなく、臓器そのものを作るというもの。立体的な組織を作り上げて移植に使うという考え方は、国際的に見ても類を見ない、かなりユニークな方法論だった。
一体どのようにしてその手法を見つけ出したのか。それは、数多くのトライアルをする中で、ある偶然によるひらめきから生まれた。
今から6年前、本来は捨てるはずだった複数の細胞をシャーレ上で無造作に交ぜて置いておいたところ、「小さな破片のようなものがたくさんできていた」という。交ぜ合わせた細胞には、血管の細胞など肝臓を作る上でサポート役を果たす機能を持つ細胞が入っていた。
「最初の現象を引き起こしたのは、実は間違った培養方法をしていたからなんです。通常であれば細胞が付かないようにコーティングされた培養用のシャーレを使うところを、誤ってコーティングされていないものを選んでしまっていた。細胞培養に不適格なシャーレで細胞が自由に動き回ることができたため、細胞本来の力が発揮されたのです」
偶然の出来事だったが、それが立体組織を作るプロセスの発見につながった。肝臓組織をサポートする細胞の存在と、細胞が自立的に動ける環境。この2つがそろったことで、立体組織ができあがったのだ。
"小さな破片のようなもの"が臓器ができる最初の現象であることを突き止めた武部氏は、そこから着想を得て「肝臓の種」と呼ばれる直径5ミリほどのミニ肝臓を作製することに成功。このプロセスは、母親の胎内でヒトの臓器ができあがっていく過程とかなり近いということも後に分かってきた。