頸椎後方固定術後の四肢麻痺につき手技上の過失が認められた事案

vol.249

大阪地裁 平成4年9月13日判決(判タ1509号156頁、医療判例解説104号6頁)
医療問題弁護団 大森 夏織 弁護士

* 裁判例の選択は、医療者側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただいております。

事件内容

2015年12月、80歳男性が階段から転落し、転送された大学病院でC3-C6に外側塊スクリュー挿入(C5右側は骨折のため挿入せず)、C7に椎弓根スクリューC7の頸椎後方固定術(「第1手術」という)が実施され、術後神経学的な著変はなかったが、第1手術4日後CTでスクリュー逸脱が認められ、翌日、スクリュー抜去・再挿入手術(「第2手術」という)が行われたが、術後、患者に四肢麻痺が生じ、後に両下肢機能全廃の後遺症を負った経過につき、当該後遺症を生じさせた手技上の過失があると判断された。

判決

裁判所は、本件四肢麻痺の原因として、鑑定(補充鑑定含む)結果に依拠し、第2手術でC5椎体がC6椎体に比べ後方にすべって過矯正され、またC5椎弓が外側塊スクリューとロッドにより前方に押されており、C5高位、C5/C6高位に著しい脊柱管狭窄が生じ、脊髄圧迫により、術後、患者に四肢麻痺が生じたと認定した。

そして、やはり鑑定結果に依拠し、第1手術でC4とC5に挿入されたスクリューが、いずれも明らかに内側で、かつ挿入角度も明らかに内側に向いていて、大きな逸脱であり、基本手技に従っていないと評価され、さらに、外傷で頸椎損傷した本件のように不安定性の強い損傷の場合、矯正不足や過矯正を念頭において手術をすべきであり、術中のアライメント確認を行い、その際同時に著しいスクリューの逸脱や位置不良を術中に認識することは可能であったと認められるなどして、この点執刀医の過失を認めた。

そのうえで、このC4左右とC5左の各外側塊スクリューの挿入方向を誤らなければ第2手術が行われることもなく、したがって第2手術による脊髄圧迫を生じさせることもなかったとして、第1手術におけるスクリュー刺入の手技上の過失を認め、この過失と第2手術後に生じた脊柱管狭窄と脊髄圧迫による四肢麻痺に因果関係を認めた。

なお、原告側は、判決に認定された第1手術のスクリュー刺入方向誤りの他にも、第1第2手術とも、ナビゲーションシステムを使用しておらず神経モニタリングを実施していないこと、第2手術では不注意な抜去、脊髄除圧不実施、C5椎体過矯正や前方押し出しなど、多くの手技不具合過失を設定していたが、これらは過失として認められていない。

被告側も、認定された過失につき不可避の合併症であるとの主張の他、本件四肢麻痺の原因として、当初の転落外傷による遅発性脊髄損傷、微小血栓による脊髄梗塞の可能性などを主張したが、排斥されている。

裁判例に学ぶ

[1]手技上の過失認定はハードルが高い

本件では手技上の過失が認定されている。

医療訴訟において手技上の過失自体が認定されるハードルは一般的には高いが、ここ数年の本コーナーで紹介したいくつかの事案、例えば、マンモトーム生検による気胸発症(2018年1月号)、破裂脳動脈瘤や未破裂脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の失敗(2022年1月号、2022年4月号)、カテーテルアブレーション時の心腔内シース残存(2023年11月号)、腰椎椎間板ヘルニア手術時の馬尾神経損傷(2022年2月号)のように、手技上の過失が肯定される裁判例ももちろんある。

手技上の過失が争点となる事案は、本件のように、そもそも生じた結果の原因論(医学的機序)から争われることも多く、さらに、手技上の過失に加え、事前に当該手技リスクについて説明を尽くさなかった過失も争点となる事案が多く、手技上の過失は認められず説明義務違反だけが認定された裁判例も少なくない。

[2]手技上の過失認定のファクター

10年ほど前に、筆者が所属する医療問題弁護団・東京で、手技上の過失について大規模な判例分析が行われた。

その結果、手技上の過失認定について典型的なファクターを指摘することは難しいが、合併症発生率等の統計的データなども加味しつつ、「通常の術式に沿ったものかそうでないか」、「手技による損傷の結果が予見できたのかどうか」「手技による損傷が不可避だったのかそうでないのか」といったファクターにより判断するしかない、と報告された。

本件における第1手術時の執刀医の過失認定(本件の標記医療判例解説の専門家によるコメントでも過失認定に肯定評価である)は、鑑定結果に依拠しているものの、スクリューの挿入方向の誤りは大きな逸脱であり、基本手技に従っておらず、あわせて術中に著しいスクリューの逸脱や位置不良を認識することが可能であった、との認定は、「通常の術式ではない」、「このような挿入による損傷は予見できた」、「損傷は不可避ではなかった」というファクターに当てはめることができるように思うし、前記の本コーナーで取り上げた手技上の過失認定裁判例においても、これらのファクターが該当したように思われる。

[3]手技上の過失が疑われている事案で重要なこと

まず、医療情報保存と共有の重要性を指摘したい。

本件は整形外科的手術であり術後画像が豊富であったが、侵襲的検査や手術においては、医療情報が乏しいために、訴訟を余儀なくされたり訴訟が長期化したりすることも多い。

医療側は、検査や手術の動画が手術室や医師の下に保存されている場合は、これを積極的に患者側と共有することが重要であり、そもそも、手技や手術から予定しない悪しき結果が生じた場合には、医療機関がそれを不可避な合併症であると考えるのであっても、むしろ、なおさら、動画を確保し、患者側と共有して当該手技過程を説明することが、ひいては医療紛争を回避することにつながる。

訴訟になってから初めて動画の証拠化が裁判所から求められるような事態は、医療側も患者側代理人としても避けたい。

次に、このような情報の共有や説明もないままに訴訟となった場合、手技上の過失を患者側(原告側)が具体的に特定することは困難であるため、医療側(被告側)が積極的に当該手技を説明することが求められる。

東京地裁医療集中部部総括経験者の論稿や著作などでも、手技上の過失の特定は、「基本的には、あるべき手法と実際に行われた手技を比較する方法による」「医療側(被告側)において、どの部位にどのような手技を行ったかの図示を求める」(桃崎剛「医療訴訟の審理運営について」判例タイムズ1505号5頁)、「担当医が手術映像の中でポイントになると思われる場面の静止画像に説明を加えた報告書を作成し、裁判期日に、映像を再生しながら手術の経過を説明」することを求める(森冨義明ら『医療訴訟ケースブック』82頁・法曹会平成28年)、と記述される。

医療側(被告側)は手技説明に積極的に応じることが求められ、「立証責任は訴えた患者にあるので、説明しません」という態度は避けるべきである。

[4]手技上の過失と鑑定

手技上の過失の立証や認定のハードルが高いことから、本件のように裁判所の鑑定が採用される事案も一定程度ある。

現状、医療訴訟における鑑定率は、従来から低率だった東京地裁と同じく全国的にも直近では5%程度と低下しており(裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第10回))、医療訴訟がいたずらに鑑定を実施し鑑定に依拠する事態は望ましくないものの、手技上の過失類型については、鑑定に相応の親和性がある事案もあるように考える。