ロボットで最適リハビリ 付加価値見いだすエキスパート 浅見 豊子

佐賀大学医学部附属病院
リハビリテーション科 診療教授
先進総合機能回復センター 副センター長
[時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/武末明子 撮影/松村琢磨

ロボットリハを集め専門外来として対外PR

「筋電義手」という義手がある。日本人が好んでいた装飾用義手は、「装着しても目立たない」という目的で、外観をより人の手のように再現しようとすることに重点が置かれた。一方、筋電義手は筋肉に発生する筋電を利用し、外観よりも「機能面」を重視して開発された。

生来、前腕欠損の障害を抱えていた児童は、小児用筋電義手によってタンバリンや縄跳び、鉄棒まで楽しめるようになり、今では同級生と何ら変わらぬ学校生活を送っている。

佐賀大学医学部附属病院リハビリテーション科(リハビリ科)診療教授の浅見豊子氏が、この筋電義手に目を付けたのは16年前のことだった。必要な機器は当時で総額300万円にも及ぶが、国内ではまだあまり普及していない筋電義手のトレーニングをするため、導入に対する理解を病院長に求めた。

その後も、CYBERDYNE のロボットスーツ「 HAL®」(ハル)やHonda の「歩行アシスト」、フランスベッドの「NESS」、九州初導入のTOYOTA の「歩行練習アシスト(GEAR)」、帝人ファーマの「上肢用運動訓練装置(ReoGo-J)」など、脳梗塞や脳出血後の片麻痺患者、脊髄障害による対麻痺患者を対象とする8種類の先進ロボットを、次々と導入した。

そして佐賀大学は、「ロボットリハビリテーション(ロボットリハ)の先進病院」としてその名を全国に轟かせている。

だが、意外にも佐賀大が開発から携わったロボットは見当たらない。それは、浅見氏が「リハビリロボットの開発ではなくリハビリロボットの活用法」にこだわっているからだ。

一つのロボットに特化しても治せる病気は限られる。ならば、多くの種類を集めておのおのの特徴を活かした最善の「活用法」を模索し、患者の状態に合わせきめ細やかにロボットリハを提供していきたいと浅見氏は考えている。

だが、持論を持つだけでは対外的なアピール力は少ない。そこで2014年、浅見氏はリハビリ科の特殊外来として「ロボットリハビリテーション外来」を設置し、アピールを開始した。国立大学病院で新しい標榜科を「外来」の看板として出すことは、病院内部でも検討。結果、病院執行部に地方の大学病院を全国的にアピールする一つの方法として賛同が得られ、定例記者会見で発表された。

スタッフの一員で理学療法士長の竹井健夫氏は、ロボットの作業に慣れず、当初は戸惑った一人だ。スタッフの中には自分たちの仕事がロボットに奪われるのではとの危機感を持つ者もいた。実際、負担を軽減するはずのロボットに、当初は逆に3倍のマンパワーが割かれた。

「ロボットだけでは無用の長物でも、それをいかに使いこなすか、それこそがリハビリスタッフの腕の見せどころ」と浅見氏は、現場が混乱する中でチームとしての協力体制を築くことに努力した。

リハビリ医療では、医師がゴールだと考えても、患者が考えるゴールはより高いレベルである場合がある。そのギャップを埋める一つの方法として、浅見氏はロボットの力を利用したいと考えた。そんな浅見氏をさらに後押ししたのは、患者だった。外来が始まると高い向上心を持つ患者が詰め掛けた。戸惑っていたリハスタッフも、徐々にロボットを使うことにやりがいを見いだすようになっていく。そして、ロボットリハ外来は、今も予約待ちの状況が続いている。

整形外科からのスタート リハ医の素質は人への想い

浅見氏は現在、一般社団法人日本義肢装具学会の理事長を兼務する。順風満帆に見えるキャリアだが、スタートは整形外科への入局だった。当時、女性医師の比率が少ないこともあり女性医師の立場は弱いものであった。また、診療科によっては診療業務や研修システムの内容が女性医師に不利な場合もあった。さらに、大学医学部にはリハビリテーション講座はほとんどなく、大学病院にはリハビリ科を標榜しているところも少なかった。

そんな状況の中、浅見氏がリハビリ科専門医を目指したのは、リハビリ科が生活を診る診療科であり、診療科の中でもより「人」に寄り添える診療科であること、生活者の視点を自然に持ち合わせていることの多い女性とって、よりやりがいが持てる診療科であることだった。

そして、整形外科教授でリハビリ科専門医でもあった義肢装具領域の大家、渡邉英夫教授に師事。その後、リハビリ科専門医取得を機にリハビリ科へと移ることになる。

浅見氏は、リハビリ科専門医の役割についてこう話す。

「リハビリ医療には、病気や障害を改善することの他に、その人らしい生活や人生の支援をするということがあります。つまり、リハビリ科専門医は、他科と他職種を繋ぎながら、患者さんの機能を治し、残った障害をさまざまな手段で代償し、その人らしい生活をプロフェッショナルに支援する専門家です」

リハビリ科専門医は、疾患、障害、生活をトータルに、長きにわたり診ていく。上腕を切断して夢を断たれたバレリーナがいれば、バーレッスンができるように筋電義手を選択し、トレーニングを実践する。一見、「不可能」として一蹴されるような要求も、常に本人に寄り添い、可能な限り支援を行う。その想いこそが、リハビリ科専門医として仕事に立ち向かうモチベーションとなっている。

今、新しい展開へ 低頻度高密度なリハビリ

最近は多くのリハビリ科専門医が、急性期、回復期、生活期を通じ、トータルなリハビリ支援をすることがやりにくくなっていると嘆く。だが、浅見氏はロボットリハによりリハビリが新しい展開へ進んでいくことへの期待に胸を膨らます。

例えば、佐賀大学では、中等度の脳卒中片麻痺の患者に対し、HAL®でのリハビリ(HAL®リハ)を週1回、計6週間1クール行うことによる効果を報告している。また、HAL®リハを終了した半年後も効果が維持できていることも示した。要は、低頻度でも高密度なリハビリができるかどうかが重要なのだ。

なぜロボットリハだと高密度な治療が可能か。浅見氏が理由に挙げているのが、ロボット補助による学習効果だ。これまでpassiveな要素が多かったリハビリトレーニングに、activeな要素を取り入れることができるようになったからだ。

トレッドミル上に、意識的に足を振り出し踵から接地するという一連の動作を行いながら、ディスプレーを見て自分の重心の位置を再確認することで、歩行動作と意識をつなぎ合わせる。局所的なリハビリでは得られにくかった「歩行するイメージ」がつかみやすくなったのだ。

トレーニングの記録も容易になり、成果を患者だけでなくリハビリスタッフにもフィードバックでき、状況に合わせてリハビリの内容を調整しやすくなった。最新のロボットリハをしているという患者の自負心も患者のモチベーションを高めるという。

浅見氏は前処置として、筋緊張が強い患者にボツリヌス療法を行う。通常、効果が3ヶ月から6ヶ月程度と長いこの療法の併用が、低頻度・高密度のリハビリに一役かっているという。

問題は「費用」それでもロボットは追い風

やはり頭をもたげるのは費用だ。ロボットには病院がレンタルするものがあり、そのレンタル料は決して安くはなく、病院側の負担は大きい。個人でレンタルできる上肢リハビリ用ロボット「NESSH200」や下肢用リハビリ用ロボット「NESS L300」、「ウォークエイド®」は1ヶ月が2万円前後であり、長期の継続利用は個人の経済負担も大きくなる。

それでも浅見氏は、「今、ロボットには追い風が吹いている」という。その理由の一つがHAL®の保険収載だ。すでにドイツでは保険適応となっているが、日本でも今年4月に8つの難病患者に限り保険収載された。このことが他のロボットにも好影響を与えると考えている。

2018年に浅見氏は、第55回日本リハビリテーション医学会学術集会を初の女性学会長として福岡で開催する。ここでもロボットリハをさらに全国にアピールできればと思っている。

現在、浅見氏らは台湾の企業と連携し、脊髄損傷用の歩行ロボットを共同研究している。このように、今後、新しいロボットを導入したとしても、その効果を最大限に引き出すという「ロボットの活用法を見いだす」ことにこだわる浅見氏の姿勢は変わりはない。

低頻度・高密度で最大限の効果を引き出すロボットリハのエビデンス確立に向けた、浅見氏の奮闘は続く

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2016年9月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

あさみ・とよこ
1988年 佐賀医科大学大学院 修了
佐賀医科大学整形外科 医員
1990年 佐賀医科大学医学部外科学 助手
1995年 佐賀医科大学医学部外科学 学内講師
2002年 佐賀医科大学附属病院リハビリテーション部 学内講師
佐賀大学医学部附属病院 リハビリテーション科長
2004年 佐賀大学医学部附属病院リハビリテーション部 助教授/准教授
2007年 佐賀大学医学部附属病院リハビリテーション科 診療教授
2008年 佐賀大学医学部附属病院リハビリテーション部 部長
2010年 佐賀大学医学部附属病院 先進総合機能回復センター 副センター長

学会
国際リハビリテーション医学会(ISPRM) Women and Health Committee委員、国際女医会(MWIA)会員、日本リハビリテーション医学会理事・代議員、日本リハビリテーション医学会九州地方会代表幹事、日本義肢装具学会理事長・評議員、日本リウマチ学会評議員、日本運動器科学会評議員、日本整形外科学会会員、日本女医会会員