誰も手掛けていない乳がんに重粒子線治療を施す快挙
X線、陽子線、重粒子線の違いは、その効果と線量集中性にある。X線は体の奥に行くに従って弱まっていくが、陽子線や重粒子線は、がんのあるところに集中的に照射することができる。
治療効果はX線を1とすると、陽子線では1.1倍程度。しかし、その後に研究が進んだ重粒子線では、効果が3倍に跳ね上がることが分かっていた。
ただ、照射するための粒子の加速が技術的に難しく費用も莫大なため、通常の治療法では制御が困難ながんの治療への活用を第一の目的に挙げていた。
代案として赴任した放医研で、唐澤氏は、専門とする乳がんに重粒子線治療を開始したいと考えた。
乳がんは、女性のがんの中で患者数が最も多く、年間9万人が新たに罹患している。
しかも1期〜4期までの5年生存率は92%と極めて高い。つまり、「乳がん治療に高額となる重粒子線治療を適用する理由がない」というのが、それまでの考えだった。
しかし、乳がん治療は既にQOLの改善、とりわけ乳房温存が求められる時代に入っていたのだ。重粒子線治療に対する乳がん患者からの放医研への問い合わせも、他のどのがんよりも多くなっていた。
「重粒子線治療が将来もっと身近なものになったときのために、乳がんが重粒子線治療で治ることを確かめておく必要があります」
それまで、世界の誰もが取り組まなかった乳がん治療であったが、唐澤氏は一定の条件を満たす低リスクの早期の乳がんを重粒子線治療だけで完治させることに成功。
他の療法との併用ではなく放射線単体でも乳がん治療が可能となったのだ。