早期胃がんで国内最多の症例数 ESDの第一人者 藤崎 順子

がん研究会有明病院
消化器内科・内視鏡診療部・上部消化管内科 部長
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/武未明子 撮影/緒方一貴

日本での胃がんの罹患数は年間12万人超、罹患数ではがんの中でも男女ともトップだ。だが、先端が絶縁体で覆われた内視鏡「ITナイフ」によるESDの出現で、従来のEMRでは分割切除となっていた早期胃がんが、ほぼ100%一括切除ができるようになった。

このITナイフを試作品段階から携わり、ESDを牽引する医師が、がん研究会有明病院の藤崎順子氏である。現在、同院での早期がんの内視鏡治療数は、国立がん研究センター、静岡県立静岡がんセンターを抜き、年間470例で、全国1位の実績を誇る。まさに藤崎氏はESDのトップランナーである。

すべての症例を全員で検討するのが藤崎式

現在、藤崎氏が部長を務める上部消化官内科では週3回、早朝からカンファレンスを実施しており、術前症例全てを部員全員で検討する。年間に約1000例。当然、膨大な時間を割くわけだが、藤崎氏はどんなに忙しくても症例検討を欠かすことはない。

若手医師には自分の所見を交えてプレゼンテーションする機会も与えられ、先輩医師からの見解を直に聞くことができる。こうして藤崎氏の下で2年ほど学べば、どの病院に行っても一線で活躍できるエキスパートになる。

この藤崎氏の姿勢は、内視鏡部医長として移転前の癌研究会附属病院で働き始めた当初から、変わることはない。さらに加え、自らの経験から若手医師に病理学について学ぶことも勧める。

マイナー科志望からESDのエキスパートへ

藤崎氏は卒業当初から内視鏡の道を進もうとしていたわけではない。当初はマイナー科を考えていたが、まずは内科で研修を受ける。

研修先の東京共済病院は、大学病院と違い、1年目から内視鏡や心エコーを経験させた。藤崎氏は早い段階で内視鏡に触れ、興味を持つのだが、さらに指導医から最低1年は大学病院で勉強をとアドバイスを受け、東京大学医学部附属病院分院の第四内科に移る。

当時の第四内科は、医局員に対し臨床・研究・教育を三位一体で指導する方針で、内科全般の診療や臨床研究を行っていた。藤崎氏は第四内科で内視鏡をメインに、いまや常識となっている胆石の体外衝撃波結石破砕療法(ESWL)の研究も行っていたほどだ。

内科の多く分野は、さまざまな検査結果を総合して診断を下さなければならないが、その場で診断が下せる消化器内視鏡に、藤崎氏は魅了されていった。

産後復帰は臨床ではなく基礎へ

ところが、内視鏡を目指そうと思った矢先、出産で臨床から離れることになってしまう。その産休の後、現場復帰のスタートは東大分院ではなく、母校の東京慈恵会医科大学。しかも、臨床現場への復帰ではなく、基礎である病理学だった。その後約3年間、ひたすら病理診断の技術修得に明け暮れ、数多くの症例を経験する。

当時、助教授で後に国立がん研究センター病理部長となる下田忠和氏の下で、消化管病理を学んでいった。そしてこのことが、内視鏡診断をしていく上で非常に役立ち、その後の研究にも重要な位置を占めた。腫瘍の切除術では、開腹した後に患部を一部切除して病理に判断を仰ぎ、どこまで切除すべきかを決める。病理の判断はとても重要だ。それは、内視鏡でも同様だった。

「内視鏡では患部の表面しか見えません。腫瘍がどれくらい深く浸潤しているかは見えないのです。病理の3年間の経験が大いに役立ちました」

実際、がん研究会有明病院では、ESDで切除した病変の詳細な病理所見で、藤崎氏らがガイドライン適応病変と診断した症例の治癒切除率は約95%。適応拡大病変でも80%に上り、全体の治癒切除術は85.4%とかなり高い。逆に、他院で胃全摘といわれていた患者が、藤崎氏の的確な診断によって、手術を免れたケースもある。

まさに、確かな術前診断は、病理学を専門に学んだこの時の経験があってからこそ、可能になった。

病理診断がトップランナーの武器となる

1989年、病理から臨床現場へ復帰。内視鏡科の助手として、活躍の場を与えられた。

東京慈恵会医科大学内視鏡科の歴史は古い。開設は1986年で、独立した大学病院の診療科としては国内で2番目の老舗だ。

当時の主任教授の鈴木博昭氏(現客員教授)からは「人それぞれ、自分の環境の中でできる範囲のことをやればいい」とアドバイスを受け、女性医師に活躍の機会がなかなか与えられない時代、この言葉に励まされながら、好きな内視鏡を続けていく。

ちょうどその頃、国立がん研究センターではITナイフの臨床応用が始まっていた。EMR(内視鏡的粘膜切除術)が主流で、1cm の病変の完全切除率は85%の時代だ。講師だった藤崎氏もこのITナイフに目を付け、ESDを開始する。

腫瘍部にヒアルロン酸を注入し、患部の粘膜を浮かび上がらせ、厚さ1mmの粘膜を下の組織を傷つけることなく切り取ることができ、腫瘍サイズにも制限がないのが特長だ。手術時間は2時間、しかも約1週間で退院。早期胃がん治療に革命を起こした。

さらに、がんの診断と治療をきわめるため目指したのが、癌研究会附属病院だった。

癌研究会附属病院には当時、早期胃がんの発見率が全国トップクラスの高橋寛氏(現昭和大学藤が丘病院院長)が、総合健診センター所長として籍を置いていた。高橋氏は、延べ7万人以上の胃腸診断を内視鏡で行うその道のエキスパートだった。その高橋氏に内視鏡診断の手ほどきも受け、藤崎氏はESDのトップランナーとして確固たる地位を築いた。

安易な切除先行に警鐘転移を見極める技術こそ重要

近年、ライブデモンストレーションやセミナーが全国各地で開催されるようになり、ESDの技術自体は格段に上がった。技術が上がれば、操作が容易なため、切除術ばかりが先行する傾向にある。

「術者の診断力が底上げしたわけではありません。怪しいからといって、本来なら切除する必要のないところまで切除されてしまう可能性もあります」

藤崎氏はこういった傾向に警鐘を鳴らす。

藤崎氏は2006年から胃粘膜下腫瘍に対する腹腔鏡下手術、胃内発育型腫瘍の切除に内視鏡を併用する。病変部ギリギリで切除するので、胃の変形を防ぐことができる。

がん治療にこの治療法を拡大したい場合は、残念ながら現在の診断技術では転移を正確に見極められず、予測さえできないのが現状だ。しかしながら、胃がんの手術の死亡率が1%未満と極端に低いため、転移の可能性がわずかでもあれば、手術した方が安全ということで、転移していない臓器まで切除されてしまいかねない。

藤崎氏は、今後は転移を正確に見極める診断技術が重要だと考えている。これこそ、今後の早期胃がん治療に求められる課題だと考えている。

診断力・技術力・診療環境で広がる内視鏡治療

がん研究会有明病院では、センター制に切り替え、複数の診療科によるチーム連携を強化している。

内科、外科の垣根を越えた臓器別検討会も実施し、胃がんであれば、大腸、肝臓などの診療科も交えて治療方針を検討できるようになった。治療途中での方針変更も容易になり、本当の意味での「患者主体の治療」を実現できる環境が整えられている。

この新しい体制によって、それまで担当外だった咽頭部の内視鏡検査も、行われるようになり、早期咽頭がんの発見率が高まっている。咽喉頭切除を行うような症例も、内視鏡によって臓器温存ができるようになった。

今後、胃がんはピロリ菌の除菌療法などの発達で、発症率はさらに確実に下がると予測されている。だが、藤崎氏の精緻な内視鏡診断と高度な技術力は適用範囲を広げていき、より多くの患者を救っていくであろう。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年1月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

ふじさき・じゅんこ
1983年 東京慈恵会医科大学 卒業
    東京共済病院内科
1984年 東京大学医学部附属病院分院 第四内科
1986年 東京慈恵会医科大学 第二病理学講座
1989年 東京慈恵会医科大学 内視鏡科助手
1995年 東京慈恵会医科大学 内視鏡科講師
2003年 癌研究会附属病院 内視鏡部医長
2005年 移転により 癌研究会有明病院に
2007年 癌研究会有明病院 内視鏡診療部副部長
2011年 公益財団法人移行により がん研究会有明病院に
2016年 がん研究会有明病院 内視鏡診療部長