NSTから社会医学まで時代の先頭を走る次世代救急医 山口 順子

日本大学医学部附属板橋病院
救命救急センター 医局長
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

入局時は女性ただ一人 女性救急指導医は全国で14人

全国で605人の救急指導医(日本救急医学会)が、救命救急センターなどで救急医の指導に当たっているが、うち女性救急指導はわずか14人。その数少ない一人が、日本大学医学部附属板橋病院の救命救急センターで活躍している。 医局長を務める山口順子氏その人だ。

2000年当時、救急に入局したのは女性では山口氏1人。 先輩に女性がいるわけでもなく、自分の道は自分で見つけなければいけない環境だった。だからこそ、自分のペースで時代の先頭を走り救急医のあるべき姿を見つめ、次世代救急医のロールモデルになることを模索している。

どんな患者も診断できる医師 夢を求めて救急医の道へ

山口氏が思い描いていた医師像は、"どんな患者も診られる医師に"。今であれば、「総合診療医」だが、その頃はジェネラリストの存在があまり浸透していなかった。山口氏は学生時代、外科を志望していたが、その思いは病院実習の1週間であっけなく消え去ることになる。偶然にも、膵頭十二指腸切除術など10時間を超える手術が毎日のように続いた。男性と比較して体力が劣る自分には、外科はできないと思うようになった。

そんな時、声を掛けてくれたのが救急科の先輩医師だった。「救急科なら自分の考える医師像に近いかもしれない」と直感したという。だが現実は甘くはない。当直は研修医3人で分担し、手術の助手にも入る。病院で寝泊まりする日が何日も続いたが、今度は弱音を吐かなかった。

止血を学び命を救いたい 毎日60件の画像診断で修練

骨盤骨折や肝損傷などによる大量出血の患者がセンターに担ぎ込まれることがあった。しかし、わずか20分ほどで亡くなってしまうのを目の当たりにする。

止血場所が分かれば、命を救うことができる。山口氏はIVR(Interventional Radiology)で止血を学びたいと思った。ただ当時は、救急医によるIVRによる救命はまだ普及しておらず、何とか探し当てたのが国立病院機構災害医療センターだった。同院の放射線科は、全診療科の画像診断や、術前検査など、メスを持つところ以外は全て放射線科医が行う米国のスタイルを取り入れていた。

ぜひ救急医に放射線科をローテ―トしてほしい

災害医療センターで山口氏は救急科に所属しながら、週に1、2回、放射線科でトレーニングを受けた。各診療科で撮影された画像が1日400件ほど集まり、6、7人の放射線科医が手分けして読影をしていた。山口氏自身も専門の医師のサポートも受けながら、毎日50〜60件の診断を行った。

山口氏は、「今考えると、駆け出しの時期に画像診断の基礎を徹底的に学べたことが救急医としての私の財産になりました。ぜひ救急医に放射線科をローテートしてほしい」と当時を振り返る。

国際レベルの資格を数多く取得 国内でひとりだけの快挙

山口氏が災害医療センターで得たものはこれだけではない。当時の院長である辺見弘氏が「10年後の日本の災害医療のマネジメントに当たる人材を育てたい」と山口氏に東京DMATへの参画を呼びかけた。

山口氏もその"10年後"を見据え、ETS(スウェーデンで開発された災害シミュレーション教育システム)や、ADLS(米国医師会が行っている災害教育コースで、災害医療の指導者が受講する)など、どれも国際レベルの資格を取得。災害医療の現場で実務につながるトレーニングを徹底的に積んだ。

現在は、病院前救護を行うJPTECのインストラクターの資格を活かして、東京DMATの受講生たちに現場医療を教える講師も務めている。

栄養管理のリーダーを兼務 救急医が求められる新たな道

大学病院で救急医がNST(栄養サポートチーム)のリーダーを兼務するケースは日本ではあまり例がないが、山口氏は日本大学医学部附属板橋病院で、NSTのチェアマンとして、他職種協働のチームを率いて、「MAGIC‒P strategy※」と山口氏自身が命名した活動を展開している。いくら救急処置をしても、その後の栄養管理が不完全だと、患者が感染症を起こして亡くなったり、蘇生できてもまた苦しめることになりかねない。

救命して異化亢進が起きるが、その管理には根本治療だけでなく栄養も必要なことが分かってきている。腸管機能維持や血糖コントロールなども救命に関わってくる。また、エネルギーを骨格筋に変えていくために、リハビリも欠かせない。

NSTは管理栄養士との協同での栄養処方だけでなく、薬剤師、リハビリ科、麻酔科、精神科、歯科衛生士、理学療法士など、患者の回復に向けてさまざまな職種のエキスパートが関わる包括的な管理が必要となってくる。普段から各診療科と連携を取っている救急医こそが、全身管理のコンサルテーション役を果たすことができると山口氏は考えている。

救急医は地域包括ケアの中で中心になれる能力を持つ

「まだ救急医にはマイナスイメージがあり、何十年も救急の現場で働き続けるのは難しいと思われがちです。40代、50代の救急医がどのような道に進むのか、私自身が示していければと考えています」

体力勝負であることは否めないが、オンとオフがはっきりしている救急科は、実は女性医師にとって働きやすい職場でもある。子育てしながらシフト制で働き、体力が衰えたら在宅医療で医師としての経験を活かす。そんな将来の働き方も見えてくる。

山口氏は地域包括ケアの中で、救急医がその中心になれる能力を十分持っていると考えている。

例えば、救急医は在宅で褥瘡や胃瘻などの処置が必要なときにすぐに対応ができ、急変したときに患者さんのQOLを踏まえて搬送の要否の判断ができる。

救急医の将来ビジョンを作ることができれば、男女問わず、救急医を目指す人が増える、と山口氏は確信している。

災害医療や社会医学へ参画新ロールモデルを切り拓きたい

現代の医療では、新型インフルエンザへの対応や津波肺など、公衆衛生医だけでは対応しきれなくなってきている。そういった問題解決をサポートできるのもまさに救急医だと山口氏は考えている。

「極論かもしれませんが、メディカルコントロールに長けた救急医は、危機管理の能力が必要とされる保健所長など性差が問われない管理職にも適していると思います」

自然災害が発生した際の疫学的な対応、危機管理対策など、救急医が社会医学に参画していく機会はますます増えていくだろう。

目指すべきロールモデルがいない中で、自分の道を切り拓いてきた山口氏。数少ない女性救急医として活躍の場は、救命救急センターの中だけにとどまらず、無限の可能性があるのだ。

※MAGIC-P strategy(戦略):主要栄養素と微量元素補充(Macro/Micronutrient)、同化(Anabolic)、血糖コントロール(Glycemic Control)、腸管メンテナンス(Intestinal maintenance)、適正カロリー投与(Calorie)、疼痛管理・早期理学療法(Pain controland Physical therapy)の頭文字をとったものである。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年3月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

プロフィール

やまぐち・じゅんこ
2000年 日本大学医学部 卒業
日本大学医学部附属板橋病院 研修医
2004年 国立病院機構災害医療センター 救急科レジデント
2005年 日本大学医学部附属板橋病院
2007年 公立阿伎留医療センター 救急科医長
2008年 日本大学医学部附属板橋病院
2009年 日本大学医学部救急医学系 救急集中治療医学分野 助教

資格
救急科専門医、日本救急医学会指導医、日本救急医学会認定ICLSインストラクター・コースディレクター、日本外傷診療研究機構 JATECインストラクター、JPTEC東京 医師世話人、ETS(Emergo Train System)国際シニアインストラクター、ADLS(Advanced Disaster Life Support)インストラクター、日本集団災害医学会MCLSインストラクター、日本臨床救急医学会CTAS(緊急度判定支援システム)認定医師アドバイザー、ICD(インフェクションコントロールドクター)、日本DMAT隊員、東京DMAT講師・隊員、臨床研修指導医