新生児から高齢者まで地域の先天性心疾患に取り組む心臓血管外科医 圓尾 文子

加古川中央市民病院
心臓血管外科 科部長
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

小児先天性心疾患に対する心臓血管外科手技の進歩で、95%以上の患者を救命、90%以上が成人に達するようになった。この予後向上で成人になってからの「遠隔期」手術の重要性も増しており、小児にも成人にも対応できる心臓血管外科医の存在が重要になっている。

加古川中央市民病院心臓血管外科 科部長の圓尾文子氏は、地域の中核病院で心臓血管外科の小児部門開設に尽力し、現在もその医療活動を広げている数少ない女性心臓血管外科医の一人である。同病院が小児の開心を開始した2016年10月から1年間で、すでに37例の小児および成人の先天性心疾患手術を手掛けている。

成人先天性心疾患の日本最高齢患者を手術

兵庫県東播磨地区の循環器疾患の中核病院として役割を果たす加古川中央市民病院。2016年7月、新たに先天性心疾患手術に対応する心臓血管外科小児部門の診療が開始された。立ち上げを任されたのは、圓尾氏。

開始からまだ間もないが、2017年に入ってからわずか8ヶ月の間に、21例の小児循環器疾患の手術をこなす(8月現在)。しかも、成人の循環器疾患の手術も行う循環器治療のエキスパートとして、成人患者の先天性心疾患にも日々対応する。

全国でも成人の先天性心疾患に対応できる施設は数少ない。先天性心疾患の治療を得意とする小児専門病院でも、成人のための入院設備が整っていないため、手術を受けた成人患者が、術後に呼吸機能が悪くなり対応できなくなったり、成人向けのリハビリを受けられないといったケースが生じている。

一方、一般病院の成人に対応する心臓血管外科でも手術は可能だが、先天性心疾患は、現在の臓器の状況だけでなく過去の手術歴も分からないため、手術計画には無数のオプションを用意しなければならない。リスクも伴うため、先天性心疾患への造詣の深さも問われ、対応できる一般病院は少ない。

圓尾氏はまず、小児専門病院で手術を受けた患者が、成人になってから手術をする場合の受け入れ先として、外来をスタートさせた。同院で手術をした成人先天性心疾患の患者の最高齢は66歳。これは聖路加国際病院が集計しているデータベースで、当時最高齢の症例だった。

ファロー四徴症の同患者に、まず肺動脈弁置換の処置を行ってから、経験豊富な成人専門の心臓血管外科医のサポートの下、三尖弁形成術、僧帽弁形成術、凍結アブレーションを行った。

その後、さらに1歳上の67歳のファロー四徴症患者の手術も手掛ける。45年前に執刀した前々教授の手術ノートを参考に、肺動脈弁置換術、三尖弁形成術、右房メイズ手術を実施。ノートの重みを感じながらの手術だった。

成人先天性心疾患の患者は、30代までは小児専門病院で遠隔期手術をするのが一般的。だが、40代以上の患者だと、糖尿病や腎障害への対応も必要で、心臓リハビリも考慮すると、小児専門病院では対応が難しい。潜在的には相当数いるはずなのに、彼らをどこで診ていくのか。

成人と小児、どちらの手術もできる環境の重要性を感じ、圓尾氏は現在の加古川中央市民病院への赴任を決意した。独自の問題意識、そして優れたスキルを発揮し、さらにはチームでの対応も強みとし、今後も力を入れていこうとしている。

ハードな循環器の専門病院で成人手術の技術を磨く

神戸大学医学部卒業後、圓尾氏は心臓・消化器・呼吸器を専門とする第二外科(現・心臓血管外科)に入局し、成人の手術を得意としていた。研修医時代から心臓血管外科を極めたいという意志が強く、所属先として年間350例以上の開心術が行われていた兵庫県立姫路循環器病センターへ。病院に泊まり込むほどハードな毎日だったが、技術を身に付けるための努力は惜しまなかった。

当時の心臓血管外科部長から教わったことは、いかに無駄なく手術をするかということだった。閉創のワイヤーをかけるねじり方一つにしても、スピードを重視して手技を見直す。そうしてわずかな無駄もないように考えられた手技を身に付け磨いていった。 カンファレンスでは、他の医師の手術報告も全てノートに取ってまとめたほどの強者(つわもの)だった。

大動脈弁置換術の手術で助手についた時、弁が大きくて入らず、急きょ予定と違う術式で進めたこともあり、いかに、術前の準備が大事か思い知ったという。

「あらゆる場面を想定して準備をしておくことは大事だと思っています」

名門Mayo Clinicへの留学で自ら仮説を立て研究に邁進

1999年からMayo Clinicに留学。そこで影響を受けたのがHartzell Schaff氏だ。流れるような手術が印象的な恩師Schaff氏の手技には、「急いでいるようには見えなくても手際がよくとても早かった」と絶大の信頼を寄せている。圓尾氏は心臓血管外科の見学プログラムを3ヶ月間受けた後、Schaff氏の研究室に入る。

初めは冠動脈バイパス術(CABG)で、足の静脈を大動脈につなぐ自動吻合器の検証のため、犬を使った実験でSchaff氏をサポートしていたが、兵庫県立姫路循環器病センターの心臓血管外科医長(当時)だった樋上哲哉氏が内胸動脈を超音波メスで切り取る研究を進めていたことにヒントを得て、自ら超音波の作用についての仮説を立てて実験に取り組んだ。

通常は触ると収縮する血管が、超音波メスで内胸動脈を切除すると拡張した。この現象が、超音波で血管内皮細胞から一酸化窒素が放出されるために引き起こされることを証明し、論文に発表した。

先天性心疾患も知りたい 40歳前に小児心臓血管外科へ

帰国後、兵庫県立姫路循環器病センターに戻った圓尾氏は、小児心臓血管外科に移ることを決意。心臓血管外科医として成人治療に携わるならば、先天性心疾患についても勉強をしておきたいと考えた。圓尾氏は、実はすでに研修医時代に小児外科で、気管狭窄の小児を数多く診ていた。小児の細い気管にチューブを入れる手術(当時)だが、睡眠中にチューブが押し出されて換気できなくなるケースがあったため、術後管理は怠らない。

40歳になる前に小児心臓血管外科を学びたいという思いで、2007年に兵庫県立こども病院へ。

いざ小児心臓血管外科の治療を始めると、成人の治療に慣れている圓尾氏でさえ、病名が分からないものが多かった。同じ心臓疾患でも、成人に比べ小児は器官の形で個人差が大きく、症状の現れ方も千差万別。症例ごとに対応していくしかない。病院に実習に来ている学生たちと交じりながら、小児心臓疾患の知識を身に付けていった。

目標はチームで年間50例超 綿密な治療計画でチーム連携

成人と小児、どちらの領域の手術にも対応できることで、圓尾氏は診療の幅を確実に広げていった。小児から大人への経過を見通せる包括的な視点も役に立った。成長に従って臓器の大きさも変化するため、一度の手術で治癒できない場合が多いのだ。そのため、患者の成長に合わせて治療計画を立てる必要がある。特に治療計画が緻密であればあるほど、良い結果が得られるという傾向がこの分野では強い。

「小児では血行動態がどう変わるか分からないケースがあります。心臓から肺と体に流れる血流のバランスも考えなければなりません。手順の一つひとつを検討し、事前にあらゆるトラブルを想定することが大切なのです」

あらゆる事態に対応できるように、圓尾氏は、臨床工学技師、麻酔科医、看護師には、手術の手順を図示して丁寧に説明する。チーム医療として、それぞれの専門スタッフを育てていくことも重要だと考えているからだ。院内の感染対策チームにも所属し、各診療科との連携も進めている。

また、先天性心疾患では、全く同じ症例というのがないため、徹底的に文献を調べ、小児心臓血管外科医のネットワークを活用して症例を検討する。症例報告や論文などを参考に、治療についての提案も積極的に行う。

「成果が分かるのは、10年後、20年後。もどかしさもありますが、それが小児心臓血管外科分野のやりがいでもあります」

圓尾氏は今日も、年間50例以上の症例数を目指し、力強くチームをけん引していく。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年12月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

まるお・あやこ
1995年 神戸大学医学部 卒業
               神戸大学医学部附属病院 第2外科 研修医
1996年 兵庫県立淡路病院 外科 研修医
1997年 愛仁会高槻病院 小児外科 研修医
1998年 兵庫県立姫路循環器病センター 心臓血管外科 研修医
1999年 米国Mayo Clinic visiting clinician
2000年 Mayo Clinic Dr.Schaff研究室 research trainee
2001年 兵庫県立姫路循環器病センター 心臓血管外科 医長
2004年 神戸大学 第2外科 助手
2005年 兵庫県立姫路循環器病センター 心臓血管外科 医長
2007年 兵庫県立こども病院 心臓血管外科 医長
2016年 加古川中央市民病院 心臓血管外科 科部長

資格
心臓血管外科専門医認定機構心臓血管外科専門医
日本胸部外科学会心臓血管外科修練指導医