多彩な外科手術に関わる"創傷治療"のエキスパート 田邉 裕美

亀田総合病院
形成外科 部長
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 撮影/緒方一貴

患者のQOL向上に光あて マイクロサージャリーで活躍

形成外科は、身体に生じた組織異常や変形などにあらゆる手法を用いて機能を改善させ、遜色ないように見せる外科系領域である。昨今の形成外科学会で話題となっているのは高齢者医療における"創傷治療"だ。高齢者や糖尿病患者は、血流が悪いため体に埋め込む各種インプラントが縫い傷と重なると治りが悪い。ひどくなると難治性潰瘍になる場合もあるという。人工骨頭などの整形外科だけでなく、心臓血管外科、脳外科など、人工物を埋め込む外科系の全領域で必要とされている。傷の治りが遅いとリハビリテーションの妨げにもなるからだ。

しかし、この創傷治療にあらゆる手技で対応できるのは、形成外科医の中でもほんの一握り。創傷に対する卓越した知識と経験を持ち、マイクロサージャリー(微少血管外科)のエキスパートである必要がある。

亀田総合病院で形成外科部長を務める田邉裕美氏は、手術を行う全診療科と共にオペに入り、大学病院と同レベルの「創傷治療」をこなす。

「創傷による難治性潰瘍、頭頸部がんの切除後の再建など、他科と連携した手術は多くなっています。傷が早く治れば、すぐにリハビリを始めることができ、入院期間を短縮できます」

亀田総合病院では田邉氏の元に、他科から頻繁に手術依頼が舞い込み、これまでになかった治療の潮流が起きている。

「形成外科医にもそれぞれ守備範囲がありますが、私は積極的に関わります。手術の終わりがけに呼ばれたり、自分たちでプランを立てて、別な日に傷を治すために執刀することもあります。傷について専門的な視点で診る医師が一人でもいると、傷の管理も変わっていきます」

マウス血管吻合に明け暮れた 留学の日々で得た高い技術

他科のオペに関わることに躊躇する医師もいるなか、田邉氏が積極的な姿勢を貫く理由がある。マイクロサージャリーに積極的なことだ。

「顕微鏡での手術ができれば、守備範囲も広がりますから、技術の引き出しは多い方がいいと思います」

マイクロサージャリーの腕が上がったのは留学時代。大学卒業後、東京女子医科大学に入局して5年たっていた。米国マサチューセッツ総合病院の形成外科にリサーチフェローとして留学する。

所属した研究室では組織の移植に関する研究に携わるが、移植実験で来る日も来る日も、何百匹ものマウスの血管吻合をひたすら行う。日本ではなかなか与えられない環境に遭遇した。

「マウスの血管吻合は組織が薄くベタベタするのでとても難しいのです。しかも、顕微鏡下で一匹一匹、自分で麻酔をかけて起きるまでの間にやらなくてはいけません。 日本に帰ってきて指の切断などで人間の血管吻合をした時には逆に扱いやすいと感じましたね」

国内ではシミュレーターでしか身に付けられないマイクロサージャリー技術を、田邉氏は留学中の2年間に確かなものとしていたのだった。

農学部から医学部 形成外科医への転身

田邉氏は最初にバイオ研究者を志し、関西の大学の農学部食品工学科に進学した。しかし、農学部での実験の日々に違和感を覚え、やはり"人を相手にする仕事がしたい"と筑波大学医学専門学群に入り直す。卒業後は、患者と「見た目」の治療の成果をストレートに共有できるところに魅力を感じ、形成外科の道に進む。

「形成外科は目に見える形態や傷を治していく医療です。医師と患者さんが同じものを見て治していくところが、非常に分かりやすくていいなと思いました」

東京女子医科大学形成外科学教室に入局。同教室は、初代教授時代から全身管理の必要な重傷外傷や再建外科を得意としており、守備範囲を広げていった。

特に治療してから数十年というスパンで治療を続けていく口唇・口蓋裂に着目し、最初の数年間は関係する全ての手術にサポートとして参加し、症例を増やす。

「口唇・口蓋裂の治療は、一人の患者さんの成長過程に合わせて何度か手術をし、10年、15年と診ていきますから、生まれた直後から思春期までの成長過程に長く関われる面白さがあります」

何よりも人間が好き 患者から医師から慕われる

田邉氏の積極性は、技術の高さだけではなく、その人柄から自然と発する絶妙な距離感や親しみやすさからいつの間にか人を取り込んでいくところにもある。

最近出版された本で、田邉氏が担当している患者が掲載されていた。そこには口唇・口蓋裂というハンディを克服し自立した一人の少女が手技による治療だけではなく、大勢の人のケアがあったというインタビューだった。自分も患者が治癒する一部分に参加できたのだ。これこそ、田邉氏が関わりたい医療だった。田邉氏にかつて口唇・口蓋裂の手術を受けた患者が、看護師として亀田総合病院に就職するなど、何十年来の患者がまるで田邉氏のファンのように慕い続ける。

患者だけではない。医師をも魅了し、「創傷治療」の依頼が増えている。チーム医療が要となる形成外科。口唇・口蓋裂一つをとっても、歯科医、小児科医、矯正歯科医、耳鼻科医、言語聴覚士がチームを組み、より精度の高い治療が求められている。がん手術に伴う再建では、当該外科とも連携して治療に当たる。ほかの科より患者に接する機会の多い形成外科医が中心となって、患者の心理状態を他科に伝える役割も担うことも多い。

「形成外科は他科との連携が多いのが特徴。他科コンサルを受けることも多く、考え方の違いをうまくまとめて治療方針を立てていくことが大切です」

口唇・口蓋裂の技術で海外医療支援を10年以上

田邉氏は、入局してから現在まで10年以上続けている活動がある。バングラデシュの医療支援だ。始めてから渡航回数は20回を優に超える。入局時、医局の前教授だった平山峻氏が、バングラデシュ在住の日本人医師の医療貢献を引き継ぐためにNGO活動を始めていた。田邉氏は入局当初、身に付けた口唇・口蓋裂の技術を役立てようと活動に加わり、年1回ほど現地で診療活動を行っている。

バングラデシュは、日本の国土の4割ほどの土地に、人口約1億6000万人が住む。日本とは全く異なる劣悪な環境で、患者のリテラシーもない。口唇・口蓋裂の子供が500人に1人の割合で生まれてくることを考えると、出生率の高いバングラデシュでは毎年5000人ずつ増えていく。それに対し、手術ができる形成外科医は現地には20人ほどしかいなかった。

「最初に訪問した地域は、インドとの国境近くでした。日本の医療グループが来るということで、アナウンスしてもらうと、50人ぐらいの口唇・口蓋裂の患者が来るんです。 1回に4、5日滞在するので、日にちを割り振って手術していました。大勢が手術されないままでいることを聞かされていたので、毎年行きました」

現在は、首都ダッカの大学病院で外来や手術を行うが、地方では子供の年齢も分からず、栄養失調で小さく、野戦病院のようだったと当時を振り返る。

2012年からは、一般社団法人 日本-バングラデシュ医療協会(代表理事:野﨑幹弘 東京女子医科大学形成外科名誉教授)が引き継ぎ、企業支援を受けて活動の幅を広げているが、現地への医療派遣は今も続けられている。

「ずっと行っていなかった地方に行き、その後の状況を知りたいですね。できれば治療もしたいと思いますが、なかなか時間が取れず難しいですね」

地域の形成外科のあり方をあらためて見直す決意

亀田総合病院に移って4年。これからは地域中核病院での形成外科のあり方を模索したいという田邉氏。症例数の約半数が良性腫瘍治療だが、悪性腫瘍治療のエキスパートもいるため、その再建症例も1割を超える。院内スタッフとチームを組み、褥瘡回診や褥瘡専門外来にも参加する。大学病院では診ることが少ない皮膚の悪性腫瘍、リンパ節転移の患者の緩和ケアにも積極的に関わる。

「大学病院の形成外科は、患者を最期まで診ることはほとんどありませんが、この地域には皮膚の悪性腫瘍が多く、緩和ケアのスタッフと一緒に、在宅医療まで関わります。かなり高齢の方も車で1時間かけて通院されている方もいるため、傷の治療などが在宅でもできるよう、ICTを活用したシステム作りができていけばいいと思いますね」

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2017年11月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

たなべ・ゆみ
1992年 筑波大学医学専門学群 卒業
1992年 東京女子医科大学 形成外科
1994年 済生会神奈川県病院 外科
1997年 米国マサチューセッツ総合病院 形成外科(リサーチフェロー)
1999年 東京女子医科大学 形成外科
2012年 東京女子医科大学東医療センター 形成外科(講師)
2013年 亀田総合病院 形成外科 部長代理
2015年 亀田総合病院 形成外科 部長

専門医
日本形成外科学会専門医、日本熱傷学会専門医、日本創傷外科学会専門医