日本初の国際指導医としてTAVIを普及させた若きパイオニア 林田 健太郎

慶應義塾大学医学部
循環器内科 心臓カテーテル室主任 専任講師
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

大動脈弁狭窄症に対応する治療法「TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)」。開胸手術が適用できない高齢患者を救う画期的な方法として、これまで80施設以上で導入の指導にあたったのが、日本人初のTAVIの国際指導資格を取得した林田健太郎氏である。手がけた症例数は1300例を超え、講師を務める慶應義塾大学病院では4年間で500例以上を実施。「日本にTAVIを広める」という強い決意のもと、国際レベルに引き上げる若きパイオニアだ。

圧倒的なTAVI症例数 100%の成功率を実現

国内にまだわずか10人しかいないTAVIの指導医資格者。日本人で初めてその国際資格を取得したのが、林田健太郎氏である。それまで開胸手術しか治療法がなかった大動脈弁狭窄症の新たな治療法として、日本にTAVIを普及させた第一人者だ。林田氏が2012年から勤務する慶應義塾大学病院では、まだ4年足らずでTAVIの症例数は500例を突破した。 国内でもトップクラスの実績である。

林田氏がこれまで手がけた症例数は1300例。そのうち助手として入った400例を除き、自身が第一術者として執刀した症例では、驚くべきことに失敗例は一つもない。全症例で人工弁の置き換えに成功し、術中死亡もゼロ。さらに緊急で開胸手術への移行もゼロという、まさに100%の成功率を誇っているのである。なぜそれほどまでに完璧な成功率をたたき出せるのか。その背景には技術習得のために留学したフランスでの経験があった。

治せないもどかしさを胸にフランスへ自費留学

林田氏が循環器への道に進んだのは、ちょうどPCI(冠動脈インターベンション)に注目が集まっていた時代だった。

研修先の足利赤十字病院の循環器科で、PCIを使ったCTO(慢性完全閉塞病変)治療のトップランナーである山根正久氏※ (現埼玉石心会病院副院長)の下で研鑽を積み、「いずれは低侵襲治療がメインになっていくに違いない」と確信した。

PCIは冠動脈疾患に対しては有効な治療法だったが、一方でカテーテル治療では手が出せない弁膜症においては治療のしようがなく、重症度の高い患者は外科手術をしても助けられないことが多かった。

自分の患者が亡くなるのを見ながら、医師として打つ手がないもどかしさを林田氏は感じていた。そんな時、海外で行われた学会で知ったのがTAVIの存在だった。「PCI治療ができない患者を何とかしたい」という思いを原動力に、TAVIが生まれたフランスへの留学を決めた。

フランスでTAVIが承認されたのは2007年。林田氏がInstitut Cardiovasculaire Paris Sud,France(ICPS、パリ南心臓血管研究所)に留学した2009年の時点では、その技術はまだ黎明期にあった。さらに、林田氏はフェローとしての留学だったので、かかる費用はすべて自費で賄わなければならず、雑用をこなしながら処置室にも入れない日々が続いたという。

危険な手術だった治療に症例データベース化で改善

そんな状況の中で取り組んだのが、TAVIの症例を集めた新たなデータベース作りだった。

「当時、TAVIの手術では10人に1人が死亡していました。TAVIは危険な治療でしたが、大動脈弁狭窄症の患者さんは治療をしなければ亡くなるケースが多く、症例をデータベースにまとめることで死亡率を下げられるのではと考えたのです」

同時期にフランス留学していた山本真功氏(現豊橋ハートセンター)、渡邊雄介氏(現帝京大学医学部附属病院)とともに、独自のデータベースを作成。
その地道な努力が認められ、次第にTAVIを任せてもらえるようになっていった。

当時はまだノウハウが少なく、デバイスの性能も良くなかったため、助手として入った手術では、目の前の患者が亡くなることが何度もあった。そんな手探り状態の手技を改良するため、データベース作りと並行して「なぜ合併症が起こるのか」「なぜ弁が破れたのか」を研究し、その考察を次々と論文にまとめていった。

あらゆる合併症を経験したことで、回避する方法も見えてきた。そうしたデータやノウハウの蓄積とデバイスの改良によって、TAVIの成功率は次第に上がっていく。

フランス留学中の3年間で500例以上(うち100例は第一術者)という数多くの症例を経験したことが、林田氏の成功率100%につながっている。

実際に見てもらい安全認識 80施設以上で直接指導

2012年、フランスでつかんだ確かな手応えを胸に、TAVIの手技を日本国内に広めるために帰国した。この時点では、TAVIは日本では未承認だったが、導入に向けての動きは徐々に進みつつあった。

そして、林田氏の働きかけもあって、帰国した翌年の2013年6月には薬事承認され、さらにその4ヶ月後には保険が適用された。

現在、国内にあるTAVIの実施施設は125施設ほどで、そのうち80施設は林田氏が導入のための技術指導を行っている。だが、この新しい治療に国内では懐疑的な医師も多く、TAVIを浸透させるまでには相当な苦労があった。

「まずは手技自体を知ってもらわなければいけませんでした。そのための啓発活動はずっと続けています。やはり実際に見たことがなければ、"危ない"という印象はなかなか拭えませんからね」

安全に広めるためにできるだけ多くの施設に足を運び、一緒に治療を行う。指導した医師らとネットワークを築き、プランニングや画像からの評価など、気軽に相談できる環境も整えた。

豊富な経験で限界点熟知だからできる確実な治療

林田氏の成功率が高いのは、その危険を判断する"限界点"が分かっているからだ。

どのくらい負荷をかけると脚の血管が破れるのか、どのような石灰化があると弁が破けるのか、これまでの経験に裏打ちされた技術があるからこそ確実な治療ができるのだ。

「TAVIの手技はとてもシンプルなんです。ただ、各ステップに落とし穴がありますので、そこをクリアしなければ、患者さんが命を落としかねません。いかに着実にステップをこなしていくかが、とても重要なのです」

林田氏の下で「TAVIの技術を習得したい」と、入局希望の医師は後を絶たない。現在、慶應義塾大学病院の心臓カテーテル室に在籍するTAVIの術者は5人。最初の1年間はトレーニング期間として手術の情報収集やスクリーニング検査を行い、その後は簡単な手技から入って、最終的には自分で弁が組めるところまで指導している。

多施設研究グループを発足 世界に向けて情報発信

2013年、世界標準に追いつき、欧米と対等なレベルになるために、気心の知れたhigh volume centerで構成された多施設共同研究グループ「OCEAN−SHD研究会」を発足させた。同研究会は、林田氏が留学時代に作成したデータベースを基に症例の情報共有を目的として20本以上の論文を発表するなど、世界に向けて情報発信している。

TAVI症例数国内トップ3の施設が全て含まれ、会員施設だけで日本全体のシェアの3分の1を占めている。会員14施設は年間平均50例以上を扱っており、症例はこれまでに2000例以上(2016年12月31日時点)に上っている。

「欧米や米国などの医療先進国と対等な関係を築くためには、いかに日本からオリジナルのデータを発信していくかが重要です。まだまだ海外で通用する日本人医師は少ないのが現状でしょう。国際共同治験に対して日本人医師が必然的に参加できるような状態にしていきたいですね」

日本にカテーテル治療のグローバルスタンダードを広めることを目的に、欧州で最大のカテーテルインターベンション学会のアジア分科会として「PCR Tokyo Valves」も主催している。すでに2018年3月には、3回目の開催(3月30日から3日間)も決まっている。

「グローバルスタンダードを知ることで、常に自分が行う医療が正しいかどうか検証する必要があると考えています」

開胸とのリスク比較する治験が日米でスタート

TAVIには低侵襲で高齢患者に対応できるメリットがある一方、使用する弁の耐久性がまだ証明されていないという課題もある。これまで平均して85歳の高齢患者に適用されていたため、10年以上の長期成績のデータがとれていない。80歳未満の患者にも少しずつ使われ始めていることで、林田氏は「いずれ時間が経てば解決する」と語る。

追い風となるのが、2016年に米国で始まったTAVIと開胸術のリスクを比較する「PARTNER 3」という治験だ。日本の3施設(慶應義塾大学病院、大阪大学医学部附属病院、帝京大学医学部附属病院)を含む北米67施設で、70代の患者を対象にランダムにTAVIか開胸手術を提供。2年の経過観察の途中だが、中程度リスクの患者に対してもTAVIの方がより死亡率が低いというデータが出始めている。今後、中程度リスクの患者にも治療が広がっていけば、長期成績も明らかになるだろう。

積極的に新デバイス導入適用範囲を広げたい

SHD(Structural Heart Disease)と呼ばれる、構造的心疾患における新たなデバイスの導入にも積極的だ。僧帽弁形成術・置換術で使用するMitraClip®(マイトラクリップ)の国内治験には、治験調整医師として参加している。より良いデバイスの導入に協力できることは、「やりがいを感じる」という。脚の血管が細くTAVIでの治療が難しい患者にも対応できるデバイスができれば、さらに適用範囲は広がる。

「もしかしたらTAVIが治療の第一選択になる時代が来るかもしれません」

そう話す林田氏の表情は明るい。飽くなき挑戦はまだ始まったばかりである。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年1月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

はやしだ・けんたろう
2000年 慶應義塾大学医学部 卒業
               慶應義塾大学大学院 入学
2004年 足利赤十字病院 循環器科
2007年 慶應義塾大学医学部循環器内科 助教
2009年 杏林大学医学部第二内科 助教
               Institut Cardiovasculaire Paris Sud, France 留学
2012年 慶應義塾大学医学部循環器内科 特任助教
               慶應義塾大学医学部循環器内科 特任講師
2014年 慶應義塾大学医学部循環器内科 専任講師

資格
日本心血管インターベンション治療学会専門医、Edwards社TAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)指導医、日本循環器学会認定循環器専門医、日本内科学会認定総合内科専門医、ヨーロッパ心臓病学会正会員(FESC)