危険な手術だった治療に症例データベース化で改善
そんな状況の中で取り組んだのが、TAVIの症例を集めた新たなデータベース作りだった。
「当時、TAVIの手術では10人に1人が死亡していました。TAVIは危険な治療でしたが、大動脈弁狭窄症の患者さんは治療をしなければ亡くなるケースが多く、症例をデータベースにまとめることで死亡率を下げられるのではと考えたのです」
同時期にフランス留学していた山本真功氏(現豊橋ハートセンター)、渡邊雄介氏(現帝京大学医学部附属病院)とともに、独自のデータベースを作成。
その地道な努力が認められ、次第にTAVIを任せてもらえるようになっていった。
当時はまだノウハウが少なく、デバイスの性能も良くなかったため、助手として入った手術では、目の前の患者が亡くなることが何度もあった。そんな手探り状態の手技を改良するため、データベース作りと並行して「なぜ合併症が起こるのか」「なぜ弁が破れたのか」を研究し、その考察を次々と論文にまとめていった。
あらゆる合併症を経験したことで、回避する方法も見えてきた。そうしたデータやノウハウの蓄積とデバイスの改良によって、TAVIの成功率は次第に上がっていく。
フランス留学中の3年間で500例以上(うち100例は第一術者)という数多くの症例を経験したことが、林田氏の成功率100%につながっている。