自己免疫疾患の研究で新治療法を探究 「研究者の道」を突き進む 三宅 幸子

順天堂大学医学部免疫学講座
教授
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

異物から身を守るための防御機構である"免疫"。しかし免疫機能の暴走によって、アレルギーや自己免疫といった疾患が引き起こされることもある。そうした自己免疫疾患の多くはいまだ原因が明らかにされておらず、画期的な治療法や薬剤の開発が切望されている。

順天堂大学の免疫学講座で教授を務める三宅幸子氏は、自己免疫疾患の病態を明らかにするための研究に取り組み、新しい治療法の開発に力を注ぐ。

2015年には、国立精神・神経医療研究センターの山村隆氏らとの共同研究で、世界で初めて神経難病の一つである多発性硬化症の腸内細菌異常を突き止めたことを発表した。三宅氏の研究室では、自己免疫についての基礎的研究から臨床検体を用いる臨床研究まで幅広く扱っている。

原因も治療法も分からない 膠原病に興味を持ち研究者に

三宅氏が研究の道に進んだきっかけは、膠原病に興味を持ったからだった。知り合いが国の難病にも指定されている膠原病の一つ、全身性エリテマトーデス(SLE)に罹患していたため、何とかしたいという思いに後押しされた。当時、日本で初めて膠原病内科を診療科に掲げた順天堂大学で内科の研修を受け、始めは臨床医として膠原病・リウマチ科の診療を手掛けた。

膠原病・リウマチ科は非常に研究が盛んで、医局の先輩たちも臨床と研究を両立させている人が多く、原因も治療法も分からない疾患を、研究で明らかにしていこうという考えが強い領域だった。

「もともと研究に興味があったこともあり、自然と免疫学の研究に力が入りました」

その後、1995年に米国への留学を契機に研究に専念。Harvard Medical School,Brigham and Women's Hospitalでリウマチ・アレルギー・免疫部門のトップだったMichael Brenner教授の下でシグナル伝達の研究を行い、「Cbl」という分子がユビキチン化を促進することを明らかにした。

米国留学中は、Michael Brenner氏の真摯(しんし)にサイエンスに向き合う姿や物事の本質を見極める力に感銘を受けると同時に、日米での研究への取り組み方の違いも感じた。日本では指導教官の意思決定に従うことが多いが、米国ではたとえ学生であっても発言し、チームでディスカッションしながら決めていく。

そういった中で三宅氏は、新しいことを発見し道を切り開いていくには、技術的なことだけでなく活発な議論で研究を高めることが大切だと学んだという。教授になった今も、自分の考えに凝り固まらず、いろいろな意見を受け入れるようにしている。

現在、リウマチ疾患から発見された新しい免疫細胞についてや、免疫を調整する細胞である自然リンパ球についてなど、Michael Brenner氏との共同研究も進められている。

臨床医としての経験が研究のひらめきにつながる

医学の研究では「臨床経験があるかどうかが研究に大きく関わる」と三宅氏は言う。臨床に応用するための研究では、疾患とうまく結び付ける力が必要になるからだ。

「想像力を働かせて"これが大事なのではないか"、"ここがポイントではないか"と見極めるには、やはり臨床経験の有無が影響します」

例えば全く臨床で関わったことがない領域のことを考えようとしても、実体験がなければ分かりづらい。

「実際に患者さんを診たことがあれば"ここが問題だ"というのがパッと浮かぶ。その違いは大きいですね」

免疫学は特に臨床との距離が近い分野である。過去の研究がダイレクトに今の治療法につながっており、数十年前に研究されていた治療薬がすでに有効なものとして一般的に使用されている。研究成果を臨床の場で実用化させる、"トランスレーショナルリサーチ"が実現しているのだ。

「以前は"ベンチ to ベッドサイド"で、研究所のベンチから患者のベッドサイドに、治療薬が届けられていました。でも今は、臨床上の問題を研究にフィードバックする"ベッドサイド to ベンチ"という、臨床を研究に反映させる取り組みが重要になっています」

そうした臨床での実用化を目指す上では、患者の治療を担当する臨床医との信頼関係が欠かせない。現在も順天堂大学で研究を続ける三宅氏は、臨床医時代のつながりを研究に活かしている。

解析技術の進歩によって ヒトでの疾患の研究も前進

三宅氏が2005年から取り組んでいるのが、腸内細菌についての解析だ。体内の最大の免疫機関である腸は免疫機能に密接に結び付いているが、腸の粘膜に多く存在する自然リンパ球の研究を進めるうちに、自己免疫疾患が腸内細菌の影響を受けていることが分かってきた。

先進国ではアレルギー性疾患や自己免疫疾患、腸炎などが増えている一方、感染症などは減少している。そうした病気の発生は腸の環境要因に依存しているのではないかと、三宅氏は考えた。

嫌気性菌である腸内細菌は、これまでの培養主体の研究では1割ほどしか解析できなかったが、DNAのシークエンス技術が進化したことで研究は一気に進んだ。今まで1割程度しか分からなかったものが、DNAレベルで全て解析することができるようになり、世界的に見ても腸内細菌の研究は前進した。

以前は手法が限られてできなかったことが、今はできるようになり、例えば、ヒトの遺伝子を一斉に調べる網羅的解析も可能となってきている。また、これまではマウスなどの動物モデルを使い、近い病気の実験をしていたが、ヒトとマウスのシステムではかなり違う。

「実際にヒトの体で何が起こっているのか解析をしていく"ヒューマンイムノロジー"の重要性が高まっているのです」

腸内細菌の研究から腸内環境が脳に影響を及ぼすことも分かってきており、高次機能を有する免疫・神経・内分泌系の相互作用についても研究を進めている。

未来の患者を救うため 免疫機能の本質を明らかに

約20人のスタッフをまとめながら、プロジェクトリーダーとしていくつもの研究を同時に走らせる三宅氏。自身を「零細企業の社長」と表現するように、研究テーマの選定はもちろん、資金繰りや経理、研究員のマネジメントなど、研究室の運営に必要なことは全てこなしている。どんな人が研究者に向いているかを尋ねると、「一つのことを突き詰めて深く考えられる人」という答えが返ってきた。

人に言われたことをやっているだけでは新しいものは生まれてこない。誰も見つけていないようなことを自分で見つけるためには、一つのことを考えて深く深く入り込んでいける人でなければ、やはり難しいという。たとえ苦手なことがあったとしても、物事を深く考えられる、集中力がある、など人より突出したものがある人が、研究者に向いていると三宅氏は考えている。

三宅氏が学生だった頃は、「外科では女性は採らない」と言われるなど女性医師への風当たりは厳しく、大学院に進学する女性の数も少なかった。しかし、最近では女性医師はもちろんのこと、免疫学の分野でも女性研究者は確実に増えている。

「女性の研究者には長い目で見て研究を頑張ってほしい。多少ブランクがあっても復帰はできます。研究者の場合、絶対的に成果は必要ですが、あまり焦らずに少し休む期間があってもいいんじゃない?と言ってあげたい」

研究者として治療薬の開発など臨床への応用に力を注ぐ一方で、成果だけを追い求めるような近年の流れには疑問を感じるという。全く関係がないと思われていた基礎研究から発想を得て、大きなブレークスルーが起こることも少なくないからだ。

「臨床医は目の前にいる患者さんのために治療をしますが、私たちは今は見えない10年後の患者さんたちへ広げられる医療を目指して研究をしています。特に難病といわれる疾患が多い自己免疫については、その原因や治療法はまだ明らかにされていません。今後も免疫機能の本質を解明していきたい」

リサーチャーとしては基礎研究が非常に好きだという三宅氏。トランスレーショナルリサーチが注目されている時流を追い風に、その賢明なるかじ取りできっと基礎研究のフィールドも豊かにしていくはずだ。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年6月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

みやけ・さちこ
1987年 東京医科歯科大学医学部 卒業
     順天堂大学附属順天堂医院内科 研修医
1990年 順天堂大学医学部膠原病内科 入局
1994年 順天堂大学内科系大学院 卒業
1995-99年 Harvard Medical School, Brigham and Women's Hospital
      博士研究員 指導研究員
1999年 国立精神・神経医療研究センター神経研究所 免疫研究部 室長
2013年 順天堂大学医学部免疫学講座 教授

資格・学会
日本内科学会 総合内科専門医、日本臨床免疫学会理事
日本神経免疫学会理事、日本免疫学会評議員、日本リウマチ学会評議員