早発卵巣不全の新治療法を開発 生殖医療分野をリードする産婦人科医 河村 和弘

国際医療福祉大学
医学部産婦人科 教授
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

40歳未満で閉経する早発卵巣不全の新しい治療法として、卵巣内に残存する卵胞を体外で人為的に活性化させる卵胞活性化療法(IVA : in vitro activation)を開発した河村和弘氏。2013年に世界初となる卵胞活性化療法による早発卵巣不全の患者の妊娠・出産を報告し、世界中を驚かせた。これまで早発卵巣不全の症例では、他人からの卵子提供による体外受精以外に確立された治療法がなかったが、患者本人の卵子での妊娠、分娩が可能な治療法として注目が集まっている。

晩婚化で深刻な早発閉経 100人に1人が発症

世界で初めて体外受精による妊娠で子供が産まれたのが1978年。当初は腹腔鏡手術で卵子を採取していたが、今では局所麻酔や無麻酔での経膣超音波によって外来でも処置ができるようになるなど、わずか40年の間に生殖医療の分野は大きく発展した。排卵誘発剤などの治療薬の開発にも後押しされ、不妊治療は国内に広く浸透している。

そうした発展を遂げる中で次に突き当たったのが、「卵巣の機能不全」という問題である。卵巣は卵子を作り、女性ホルモンを分泌する臓器である。通常であれば52歳前後で自然と閉経を迎えるが、40歳未満で閉経する疾患があり、早発卵巣不全と呼ばれる。かつては早発閉経とも呼ばれていた。決して珍しい疾患ではなく、100人に1人の女性が発症する。その割合は過去とさほど変わっていないが、初婚年齢が上がり第一子を産む年齢が上がったことで、早発卵巣不全による不妊症の患者は増加している。晩婚化で高齢出産が増加したことで、それまでは問題にされなかった早発卵巣不全が注目されるようになった。

加齢によって全ての女性に起こる卵巣の機能不全とこの早発卵巣不全をいかに克服していくかが、現在の生殖医療分野が抱える大きな課題の一つである。

卵巣に残った卵胞を活性化 画期的な治療法を開発

その解決策として、卵胞活性化療法という新たな治療法を開発したのが河村和弘氏だ。着目したのは、閉経後の患者の卵巣内に残った卵胞。胎児期に形成された原始卵胞は、体内で新たに作られることはないため、加齢とともに減少していく。そして卵胞の数がだいたい1000個以下になると、閉経することが分かっている。

「卵巣内に残っている卵胞を何とか発育させることができないか。考え続ける中でヒントになったのが、"PI3Kシグナル"の存在でした。PI3Kシグナルが原始卵胞を活性化させると分かり、卵巣を体外に取り出して活性化させ体内に戻す、という発想が生まれました」

体内に卵胞の活性化を促す薬剤を投入する場合、安全性や副作用の問題などで実用化までのハードルは高くなる。しかし、河村氏が考えた体外培養であれば、体内に移植する前に薬剤を洗い流すことで、そうした危険を回避することが可能だ。

卵胞活性化療法では、まず腹腔鏡下で卵巣の片側を摘出し、卵胞が含まれている卵巣皮質を単離して1~2mm四方に切り刻み、PI3K活性化薬を用いて組織培養を行う。そして体内に戻す前に活性化薬を洗い流し、再び腹腔鏡下で卵管漿膜下に切れ目を入れてスペースを作り、押し込むように移植する。移植場所として卵管漿膜下を選んだのは主に2つの理由がある。一つは、固く萎縮した卵巣を移植するので血流が豊富で血管新生が盛んであること、もう一つに、その後の体外受精で卵胞の発育が確認しやすく、採卵もしやすいという利点があるからだ。体内に戻すのは摘出した卵巣の一部なので、残りの卵巣組織を凍結保存しておけば2回目以降の移植にも対応できる。

2013年には、世界初となる卵胞活性化療法による早発卵巣不全患者の妊娠、分娩に成功し、同年の米雑誌「Time」の世界10大medical breakthroughに選ばれた。現在までに河村氏が率いる国内の研究グループで10人の妊娠、6人の分娩に成功している。さらにスペイン、中国、ポーランドで妊娠分娩例が報告されるなど、海外でも本治療法の再現性が確認されている。

臨床医として研究を続ける 両立の難しさを実感

河村氏が産婦人科医を目指したのは、治療によって患者のその後の人生に貢献したいと思ったから。生まれてくる命を扱うことは、その患者の人生に最も長く貢献できる。

「感動的なお産に憧れて産婦人科医を目指す人も多いと思いますが、実際の医療は感動だけで語れるものではありません。妊娠、胎児、分娩などに関わる研究は動物実験では代用が困難です。しかし、直接妊婦や胎児に対して実験をすることは容易でなく、科学的な根拠に基づいた医療が構築されにくい分野。超音波などの産科関連の医療機器の開発や新たな検査方法などの開発は進み、産科関連疾患の予防はできるようになりつつありますが、妊婦や胎児に対して直接実施できる治療はいまだ限定的ではないでしょうか」

その中にあって河村氏が所属していた秋田大学では、生殖医療に力を入れるなど新しい取り組みに積極的だった。もともと研究や実験に興味を持っていた河村氏にとって、臨床と研究が近い分野だったことも魅力として映った。

臨床医として産婦人科診療をする傍らで、研究に没頭する毎日。診療を終えてから研究を始めるため、時には朝までかかることもあった。多くの時間も労力も費やしていたが、日本では臨床医が研究をすることに対するインセンティブがほとんどない。そのため基礎研究に関わる臨床医は非常に少ないのが現状だ。

2003年に米国スタンフォード大学に留学し、卵巣研究の権威であるAaron Hsueh氏と出会ったことが、卵胞活性化療法を開発するきっかけとなった。臨床医で基礎研究を行っている河村氏と、基礎研究者で臨床に関心の深いHsueh氏。臨床と研究分野のコンビネーションがあったからこそ、新治療法を開発することができたのだ。臨床と研究の両立には苦労も多いが、その分「基礎研究で得た成果を臨床応用する時には大きな強みになった」と振り返る。

月経不順は予備軍に 早期発見で妊孕性温存へ

早発卵巣不全は、がんでいえば末期の状態。完全に閉経する前に、月経不順といった多くの女性にとって身近な症状が表れる。月経不順は軽視されがちだが、早発卵巣不全の初期症状の可能性もある。今はAMH(抗ミュラー管ホルモン)検査で卵胞から分泌されるホルモン値を測定できるため、AMHが低ければ将来的に早発卵巣不全になる可能性が高いと診断することも可能だ。

「この検査はまだ認知度が低いのですが、採血のみで計測できる簡単なものなので、月経不順など気になる症状があればぜひ受けてほしい」

早発卵巣不全での不妊を予防するためには、妊孕性温存を目指した卵子凍結保存と卵巣凍結保存の2つの方法がある。卵子凍結保存は卵子採取のために何度もアプローチが必要だが、卵巣凍結保存は一度の腹腔鏡手術で終わる。卵胞活性化療法の一部には、卵巣を凍結保存する「ガラス化法」という技術が使われているが、これは指定の培養液と液体窒素さえあれば、誰でもどこでもできるものだ。

さらに卵胞活性化療法の過程で、AMH検査を含めた既存の検査では不明だった卵巣内の卵胞数を調べられることも分かった。

「閉経すれば1000個以下だとは分かるのですが、1000なのか0なのかはこれまで識別できませんでした。卵巣を体外に摘出して組織検査を行うことで、卵胞の有無を調べることができる。やめ時の判断が難しい不妊治療で、患者さんの負担になるような効果の見込めない治療を行わずに済むようになります」

目の前の患者を救いたい 臨床での疑問が研究シーズ

2018年4月から勤務する国際医療福祉大学では、海外からの学生も受け入れて指導に当たっている。研究を進める上で大事なことは、「常に疑問を持つこと」だと河村氏は話す。卵胞活性化療法を発見したのも、もともとは卵胞が1000個以下で閉経することに疑問を持ったからだった。

「臨床でも自然現象でも『どうしてだろう?』と疑問を持つ姿勢が大事。常に疑問を掘り出し、研究シーズを探索しようというマインドを持っていなければ、新たな発見はできません。そしてただ疑問を持つだけでなく、そこからさまざまな技術やデータを使って解明する方法を探すことが大切なのです」

現在も研究を進める河村氏が目指すものは2つある。一つは早発卵巣不全までには至っていないが卵巣機能が低下している「プアレスポンダー」(卵巣刺激に対する反応が乏しい)に対する治療法を確立すること。

卵胞活性化療法では、卵巣を体外で培養する際の細分化によって、Hippoシグナル※ が物理的な刺激に反応し、卵胞の発育を促進させることが分かった。既存のホルモン剤では、原始卵胞から排卵直前までの4~6ヶ月の間のうち最終段階の約2週間である胞状卵胞発育にしか効き目がなかったが、Hippoシグナルの抑制では初期の卵胞の発育が促進される。卵胞の少ないプアレスポンダーに対してHippoシグナルを抑制する治療を行えば、効果が期待できる。実際にスペインの共同研究グループでの臨床試験では、妊娠率が向上するなど成果を上げている。

もう一つは再生医療への取り組みだ。卵胞活性化療法は、すでに卵胞がなくなってしまった患者に対しては効果がない。

「組織検査で卵胞がないと分かれば、卵胞活性化療法は無効で、自らの卵子による妊娠を諦めざるを得ません。今後は再生医療、すなわち卵子の再生という手段も考えていかなければならないでしょう」

臨床医として"患者を救いたい"という強い想いが、研究を進める原動力になっている。

※Hippoシグナル:細胞増殖や生存を制御するシグナルで、物理的な刺激によって生物学的な変化を引き起こす

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

かわむら・かずひろ
1996年 秋田大学医学部 卒業
     秋田大学医学部附属病院 研修医
1997年 秋田社会保険病院 産婦人科
1998年 秋田大学医学部附属病院 医員
2001年 秋田大学大学院医学研究科 修了
2002年 秋田大学医学部産婦人科学講座 助教
2003年 米国Stanford University School of Medicine
     産婦人科 Research Fellow
2007年 米国Stanford University School of Medicine
     産婦人科 Visiting Professor
2009年 秋田大学大学院医学系研究科産婦人科学講座 講師
2011年 聖マリアンナ医科大学医学部産婦人科学 准教授
     聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター長兼務
     聖マリアンナ医科大学病院 産科副部長兼務
2018年 国際医療福祉大学医学部産婦人科 教授
     国際医療福祉大学 高度生殖医療リサーチセンター長

資格
日本産婦人科学会認定指導医・産婦人科専門医、日本生殖医学会認定 生殖医療専門医