"家庭医"視点の医療・介護のネットワーク 全国に先駆けて構築 小倉 和也

はちのへファミリークリニック
院長
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

青森県八戸市で、地域の医療・介護のネットワーク構築を目的としたNPO法人 Reconnect(リコネクト)の代表を務める小倉和也氏。"家庭医"として地域医療に関わるうちに見えてきた、医療や介護に関係する各事業所・専門職間の連携不足解消を目的に、「connect8」(コネクトエイト)を結成した。現在、160を超える事業所が登録しており、全国に先駆けたモデルケースとして、注目が集まっている。

160超の事業所を接続 地域連携のネットワーク

"connect=つなげる"と八戸の"8"を組み合わせたチーム名が表す通り、connect8は八戸エリアの総合病院や診療所、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、介護施設などの各事業所が参加するネットワークで、職種の垣根を越えた地域連携の要となっている。立ち上げたのは「はちのへファミリークリニック」の院長を務める小倉和也氏。2015年の開始当時、たった2件だった登録事業所は、2年後の2017年には160件にまで増加。八戸エリアで在宅医療を行う事業所の約85%が実際に利用している計算となる。登録する500人超の専門職スタッフが連携し、在宅医療を受ける1000人以上の患者を支えている。全国的に見ても、ここまで規模が大きいネットワークは珍しく、各地の自治体から小倉氏のもとを訪れる見学者は少なくない。

介護保険制度ができる以前は、全て在宅医療を行う医師がカバーする、いわゆる"一人地域包括ケア"が成り立っていた状態だった。しかし、制度によって介護分野が細分化し、それぞれの役割を担う個々の事業所ができたため、連携の必要性が高まったのである。

「病院では医師や看護師、多職種のスタッフが連携して患者さんの治療を行いますが、在宅医療でも同じことを患者さんのご自宅や介護施設でやらなければいけません。 事業所ごとに職種も違えば、文化も違う。それをすり合わせて連携するためには、ICTの活用が必須です」

ICTで患者情報を共有 在宅でのチーム医療を実現

ICTの活用法として特徴的なのが、connect8の情報共有で使われる「MeLL+community(メルタスコミュニティー)」である。岩手県盛岡市で医療・福祉向けICT開発を行う株式会社ワイズマンが提供するクラウドシステムで、電子カルテと同じように登録者がログインすれば、同一の患者情報が見られる仕組みだ。事業所ごとに受け持ちの患者情報しか閲覧できないため、セキュリティー上全く支障もない。患者に関わる全てのスタッフで情報を共有できるのが強みである。

制作に当たって重要視したのは、誰でも使える単純な機能にすること。日々患者に接する介護スタッフがパソコンやスマートフォンから簡単に見ることができて、入力しやすいものにしたかった。小倉氏のクリニックでは訪問診療の患者だけでなく、認知症リスクのある患者や一人暮らしの患者について情報を登録し、ケアする体制を整えている。コミュニティー内の機能を使えば、個々の事例についての相談も可能だ。

しかし、いくらICTを活用して情報共有しても、それだけでは連携にはつながらない、と小倉氏は考える。

「毎月の症例検討会など、普段から顔を合わせる機会を提供して、話ができる関係を築くことが大切。検討会で話したスタッフと現場ではICTを使って議論をする。そこで出た問題をまた検討会にかける。それを地道に繰り返していくことが連携なんです」

全スタッフが参加可能な症例検討会は、多いときには100人近いスタッフが集まる。「小児在宅医療」や「認知症」などテーマを決めて、地域医療の質の向上に取り組んでいる。

留学中に知った家庭医の存在

小倉氏が医学の世界を目指したのは、国際基督教大学(ICU)在学中に短期留学先のカナダで"家庭医"の存在を知ったことがきっかけだった。父親は産婦人科の医師だったにもかかわらず、それまでは医師になりたいと思わなかった。しかし、ボランティアで介護施設を訪問した時に知り合った医学生から、カナダには体の病気だけでなく心のケア、家族関係や経済問題なども扱う医師がいると聞き、衝撃を受けた。今から25年以上前、日本ではまだ家庭医や総合診療医という概念は、ほとんど浸透していなかった。

「臓器にかかわらず病気を診断し、生活上で困っていることにも踏み込むのが家庭医。専門的な治療が必要であれば対応できる病院を紹介し、治療を終えた患者をまた受け入れ る。これからの日本には必ず家庭医が必要になるだろうと思いました。だから、医師にはなるつもりはなかったのですが、『"家庭医"にはなりたい』と、医師になる決意をしたのです」

卒業後に琉球大学医学部に入り直し、米軍の病院で実習している時に、北海道家庭医療学センターで日本初となる家庭医のための研修プログラムが開始されていると耳にした小倉氏は、早速希望を出した。

北海道家庭医療学センターでスタートした研修プログラムは、現在、総合診療医の専門医育成プログラムの原型にもなっているが、その当時、家庭医の研修を受けた医師はまだ 20人ほど。病院内でも家庭医の存在はまだ完全には浸透しておらず、研修を受ける上でもさまざまな苦労があった。そうした状況を、全国にいる同じ志を持つ医師たちと励まし合いながら乗り越えてきた、と小倉氏は振り返る。

在宅医療の必要性を啓発 地域連携の仕組みを作る

地元青森に戻り、クリニックを開業したのが2010年。ちょうど在宅医療を中心とする地域包括ケアが提唱されるようになった時期と重なる。在宅医療を推進する活動としてconnect8が結成されたのは、そうした背景に後押しされた自然な流れでもあった。しかし、そうした状況にあっても決して順調にスタートしたわけではない。地域包括ケアに必要な医療機関と行政、医師会の3つの連携が、初めからスムーズにとれる地域はほとんどないからだ。目標はあっても、地域連携の仕組み作りの方法が分からず、お手上げ状態の自治体も多い。

小倉氏がまず取り組んだのは実際に在宅医療に携わる医療機関など、現場の改革だった。現場で働くスタッフたち、特に訪問看護師やケアマネジャーたちは、以前から地域連携の必要性を感じていたからだ。

「病院に行けなくなった人たちが在宅医療に移行しようと思っても、仕組みがないから進まない。最初の頃は、ご家族から相談が来て慌てて行ってみると、その日のうちに看取りなってしまうというケースもありました。これではいけないと思ったのです」

まずは在宅医療を地域に浸透させて、病院と連携をしながらスムーズに在宅医療に移行させる。そうした成功事例を積み重ねていくことで、行政や病院の医師たちの意識を変えていく。「いざというときに在宅医療が頼りになる」と認めてもらうことで、連携の和は広がっていった。

4月からは市から業務を委託することになり、これまで登録していなかった事業所も参加することになれば、その規模は数倍にもなる予定だ。

救急との密接な関わり 疲弊する救急の解決策に

病院側にとっても地域の在宅医療ネットワークと連携するメリットは大きい。なぜなら在宅医療と救急医療は密接に関連しているからだ。

救急医療で全国的にも知られる八戸市立市民病院。同病院をはじめとした圏域の病院では、数年前から救急搬送される患者にある傾向が表れていた。それは、高齢者の施設からの搬送が著しく増えているのだ。その数は高齢者福祉施設からだけでも年間850例を超える。その中には施設での看取りを希望していた人も数多く含まれていた。在宅医療が推進され、介護施設が増加したことで、救急医療に弊害が出てきているのだ。

本人や家族の望まない延命処置によって、医師たちのモチベーション低下につながるだけでなく、搬送件数が増加すれば小児や外傷など本来救急で治療が必要な患者たちの受け入れができなくなる場合もある。2017年の八戸市立市民病院の救急搬送件数は前年から1割増加、今後、高齢化に伴いその割合は増えることが予想される。

その原因が在宅医療で看取りができていないことにあると気付いた小倉氏は、2015年に介護施設の職員を対象に「在宅医療と看取りに関するアンケート」を実施。市内の100施設への調査結果の分析から、看取りに関する知識や経験がないことが職員たちの不安要因になっていると分かった。

そこでオリジナルの看取りの手引きを作成し、研修会を開催。具体的な対処法を教育することで、不要な救急搬送を防ぐのが狙いだ。

「研修によって介護職員たちが"自分たちでできる"と思ってもらえることが大事。これまで救急と在宅は結びついていませんでしたが、地域医療を担うためには、お互いに支え合って負担を減らすような取り組みをしていかなければなりません」

家庭医の役割は高齢者向けの在宅医療だけにとどまらない。例えば気管切開や経管栄養が必要な脳性麻痺患者は、成人してからも通院し続けなければならず、家族の負担は大きい。在宅医療に携わる医師の多くは内科や外科が専門で、小児科医だけでは対応できないのが実情だ。その点、家庭医であれば内科も小児科もカバーしているため、小児患者の在宅治療にも対応することができる。

小倉氏は家庭医として子育て世代を支援するような仕組みや、生活習慣病の患者がスムーズに診療を受けられるようにするアプリケーションの開発など、新しい取り組み作りにも力を入れている。

「私が目指すのは地域共生社会の実現です。そのために高齢者だけでなく、子育て世代や介護をしながら働く世代、どの世代の人たちも自分らしく、地域で生活していけるように支えるのが家庭医の役割。家庭医にとっては地域全体が"一人の患者"なんです」

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年5月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

おぐら・かずなり
1996年 国際基督教大学教養学部 卒業
2003年 琉球大学医学部 卒業
2005年 医療法人社団カレスアライアンス日鋼記念病院 初期研修修了
2007年 医療法人北海道家庭医療学センター
                 家庭医療学シニアレジデント修了
                 弓削メディカルクリニック 常勤医
2010年~ はちのへファミリークリニック 院長
2017年~ NPO法人Reconnect 理事長

資格・団体
日本プライマリ・ケア連合学会 認定医・指導医、認知症サポート医、全国在宅療養支援診療所連絡会 世話人、NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク 副会長

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