スーパーマイクロサージャリーでつなぐ世界随一の再建治療スペシャリスト 山本 匠

国立国際医療研究センター病院 形成外科診療科長
国際リンパ浮腫センター センター長
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

マイクロサージャリーよりもさらに細い血管や神経、組織の吻合に用いられる「スーパーマイクロサージャリー(超微小外科手術)」。針先の感覚だけで縫い進めるため、高度なテクニックが求められる。

形成外科医である山本匠氏がこれまで吻合したリンパ管の数は7000本以上。日本にしかない0.03mmという極細の針を使い、0.1mmの組織まで縫うことができる。
まさに世界一のスーパーマイクロサージャリーのトップランナーである。

0.5mm以下の組織を縫合 超微小外科手術

顕微鏡を使った手術であるマイクロサージャリー。神経外科や血管外科の血管吻合に利用されるほか、切断された指の再接着や神経の縫合、血管吻合を用いた形成外科領域での再建手術で使われる。通常、1~2mmの一般的な血管のサイズの手術はできるが、0.5mm以下の血管には対応できない。

そこで登場したのが、さらに細かい部位を縫うことができる「スーパーマイクロサージャリー」だ。スーパーマイクロサージャリーを使って年間1500本以上の血管・組織を吻合する山本匠氏は、再建手術における世界的なトップランナーである。

スーパーマイクロサージャリーの技術が最大限に活かせるのは、大きく4つの分野だ。1つ目は、指尖部の治療。指の血管は1~1.5mmだが、指先や爪では0.5mmを下回る。スーパーマイクロサージャリーでは、そうした指尖部でも確実につなぐことができるのに加え、再接着術の質が高くなるのも特長である。

2つ目は神経の治療。神経の中にある0.15~0.2mmほどの神経束の1本1本までつなぐことができ、運動機能の回復に違いが出る。特に顔面神経などの細かな運動機能を果たす神経が損傷した場合、山本氏がスーパーマイクロサージャリーを使って行う移植術では、血管がついたままの生きた神経を移植することで再生速度が格段に早くなる。
通常、半年~9ヶ月かかるところが約6週間で再生する。

3つ目は組織の移植。筋肉や動脈ごと移植する方法ではなく、わずか0.5mm程度の細い血管だけを使って移植できるため、採取部分の犠牲が少ない。全身のどの血管でも使うことができるので、患者の希望に応じて傷痕が目立たない箇所から採取することが可能だ。

そして4つ目はリンパ浮腫の治療。リンパの流れが滞ってむくみが生じるリンパ浮腫では、0.3~0.5mmのリンパ管吻合の際にスーパーマイクロサージャリーが欠かせない。 血管とリンパ管の内皮同士をつなげるリンパ管細静脈吻合術(LVA)によって、吻合部閉塞のリスクを著しく低下し、治療効果を向上させられた。LVAを実施している施設は全国に70以上あるが、山本氏がセンター長を務める国立国際医療研究センター病院の国際リンパ浮腫センターでは、リンパ外科治療が年間300件以上と世界でも圧倒的な症例数を誇る。

指先の感覚だけが頼り 技術力では誰にも負けない

マイクロサージャリーとスーパーマイクロサージャリーでは、治療の精度に大きな差が出る。さらにただ使えるだけでなく、使いこなすことができるかは医師の経験値による。

「普段2~3mmの吻合をしていてたまに0.5mmをつなぐのと、0.1mmまで縫える技術を持っていて0.5mmをつなぐのとでは、術者にかかるプレッシャーも違いますし、出来も当然違います」

0.1mmまで縫える山本氏にとって、0.5mmを縫うことはたやすい。しかし、現在のように「何でもつなげる」ようになるまでには、並々ならぬ努力があった。

もともとは移植外科医を目指していた山本氏。学生時代から動物を使った肝臓移植や腎移植の手術練習を重ね、初期研修が始まって1ヶ月がたつ頃にはすでに血管が縫えるまでになっていた。転機となったのは東京大学の形成外科教授だった光嶋勲氏との出会いだった。光嶋氏は当時新しい術式として注目を集めていたスーパーマイクロサージャリーの第一人者。すでに1~2mmの吻合はできるようになっていた山本氏にとっても、わずか0.5mmまで縫える技術には目を見張るものがあった。そして選んだのが形成外科の道だった。

針先の感覚だけが頼りの技術を習得するため、入局して半年間は夜中までかかって6時間以上の練習をする日々。光嶋氏の手技を動画に撮り、何度も見ながら練習を繰り返した。

「動画ではすごく簡単に見えるのですが実際にやってみると難しい。同じようにやってもうまくできず、何が違うのかを解析するのが大変でした。でも、『血管の向きを整える』のと『加速度を付けて針を通す』というコツが分かってからは、レベルが上がりました。今では、細かいものを縫うことに関しては誰にも負けません」

難しい手術が「楽しい」 高い技術力で世界をリード

現在、山本氏のもとには全国から再建が困難な重傷患者が集まってくる。手掛ける手術は難症例ばかりだ。診療の合間を縫って海外にも年間3、4回は出向いて手術を請け負う。

「今までで一番難しかった吻合は生体肝移植でのA4吻合。肝臓を移植するときに肝動脈の枝をつなぐ縫合で、深部にあって見えないわずか0.5mmの動脈を、呼吸と心拍で肝臓が動くタイミングに合わせて縫合しなければならず、それは本当に難しかったですね」

組織移植の手術で血管が詰まり、緊急の再手術を5回行ったこともある。通常、緊急の再手術の場合は、1回やって駄目ならば諦めることが多い。しかしそこで諦めてしまえば、移植した組織が無駄になってしまう。だからこそ山本氏はこれ以上患者の傷を増やしたくないという思いでトライし続けた。その時は心が折れそうになった、と振り返る。

海外での公開手術で会場の医師たちからの質問に答えながら手術をしたことや、準備されていた移植用の血管がボロボロだったため、その場の判断で血管の外側につなげる端側吻合に切り替えて乗り切ったことなど、難しい症例を挙げればきりがない。世界最多である8つの組織移植を同時に行った時には、手術時間は22時間にも及んだという。しかし、そうした手術例を淡々と語る山本氏の表情はどこか楽しげだ。

2017年7月から勤務する国立国際医療研究センター病院の形成外科では、3人の常勤医のほか、臨床修練制度を使って7人の外国人医師、および多数の外国人医師見学者を受け入れている。外国人医師たちはすでに自国では第一線で活躍する形成外科医ばかり。世界トップレベルのスーパーマイクロサージャリー技術を習得するため、各国の施設を回って研鑽を積んでから最後に山本氏のもとを訪れる。山本氏のスタイルを継承した医師たちがそれぞれの国で技術を広め、将来的には国境を越えた多施設共同研究の形を目指している。

リンパ流の評価法を考案 国際基準として広める

スーパーマイクロサージャリーの登場によって大きく前進したリンパ浮腫の治療。しかし、次に問題になったのが診断基準を決める「リンパ浮腫のステージング」である。 手術の適用基準が明らかでなかったため、どのような患者にどの段階で手術をすればよいか、何も示されていなかったのだ。国内にリンパ浮腫の患者数は10万~20万人とされているが、潜在的な患者も合わせると50万人はいると山本氏はいう。

「ごく初期の段階では診断がつかず、蜂窩織炎で熱が出たり著しい浮腫を生じて初めて診断がつくケースが多い。進行度合いとむくみの大きさは関係がなく、リンパの流れで判断する必要があります」

そこで山本氏が世界で初めて提示したのが、ICGリンパ管造影によるリンパ流の評価法である。治療を進める上で重要な重症度の診断が可能になり、進行予測や治療方法の判断が的確にできるようになった。それまで一般的だったリンパシンチグラフィーの検査では、初期の段階のリンパ浮腫は診断がつかなかったが、ICGリンパ管造影では早期発見も可能だ。また、リンパ浮腫は通常治らないといわれていたが、ごく早い時期に手術をすれば治ることも分かってきた。この診断法を発表した後、山本氏は顔面や腕、足など全身のリンパ浮腫治療についての論文を立て続けに報告し、今やICGリンパ管造影での診断は世界的な基準として広まりつつある。

「検査から診断、治療までの流れを作ったことで、治療成果の比較ができるようになった。こうして形成外科全体のエビデンスレベルを上げるのも大事だと考えています」

さらに、それまでの移植術を発展させ、輸出リンパ管という出口にある細いリンパ管を別のリンパ管や静脈につなぐ新たな術式を考案。リンパ節を採取した部分から、新たにリンパ浮腫が発症するリスクを軽減させることにも成功した。

とことんまで腕を磨き、自分の腕で患者を救う

全身のあらゆる臓器・組織を再建しながら、常に新しいものにチャレンジし続ける山本氏。形成外科医を目指した当初は、「命を救う医療」ではないことに葛藤もあったが、今は患者の生き方に大きく影響する再建治療にやりがいを感じている。日本での形成外科医のイメージを覆す、"究極の技術屋"としてオリジナルの再建外科医の道を突き進む。

「手術に専念できる科だからこそ、とことんまで自分の技術を磨くことができる。外科の中でも新しい術式が出る分野は限られていますが、再建外科ではそれが可能です。自分の生み出した術式で、自分の手で患者さんを救えるというのが、一番の醍醐味ではないでしょうか」

今後スーパーマイクロサージャリーのニーズが最も高まるのは、再生医療の分野だと山本氏は考えている。再生医療の発展で小さな臓器が作られるようになれば、それを移植できるのは再建外科医をおいて他にいない。その時に必要になるのは"究極の技術屋"であるスーパーマイクロサージャンの腕である。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年9月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

やまもと・たくみ
2007年 東京大学医学部医学科 卒業
     虎の門病院 外科レジデント(2008年度ベストレジデント)
2009年 東京大学医学部附属病院形成外科 専門研修医
2012年 東京大学医学部附属病院形成外科 助教
2013年 International Society of Lymphology, Young Lymphologist Asia Officer
     Journal "Microsurgery" Editorial Board
2014年 東京大学医学部附属病院形成外科 副科長(入院診療担当)
     Journal "Annals of Plastic Surgery" Editorial Board
2015年 International Society of Lymphology, Auditor
     東京都立墨東病院形成外科
2017年 国立国際医療研究センター形成外科診療科長
     国際リンパ浮腫センター センター長
     International Society of Lymphology, Faculty

資格
形成外科専門医