「マルトリートメント」研究一筋 小児発達学診療のパイオニア 友田 明美

福井大学子どものこころの発達研究センター教授/副センター長
福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部長
[シリーズ 時代を支える女性医師]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/松田淳 撮影/太田未来子

『虐待』という言葉の持つ響きが強烈で、ときに本質を見失う場合があり、私たちの研究では、親が子どもに危害を加えようとする意図がなくても、言葉による脅し、ネグレクト、そして子どもの面前でのDVなども含め『マルトリートメント(不適切な養育)』と呼んでいます」

そう語るのは、福井大学子どものこころの発達研究センター教授を務める友田明美氏である。
「こころの発達」に問題を抱えた子どもの診断・治療、さらに支援を専門に行う。
一般的に、発達障害というと先天的な原因によるものと考えられているが、発達障害に症状が似た、養育環境によって起こる愛着障害ケースも少なくないという。
友田氏は、こういった養育環境によって生じる脳へのダメージについて、ライフワークとして20年近く研究を続けるパイオニアでもある。

マルトリートメントで脳の部位の容積に変化

1980年代、米国を中心に児童虐待を生物学的な観点から捉えるようになり、「チャイルド・マルトリートメント」という表現が普及した。

「『虐待』という言葉では、事件などで扱われている悲惨なイメージが先行してしまい、自分たちには関係ないと思われてしまいます。『マルトリートメント』という言葉が日本でもっと認知されるようになってほしいです」

身体的な虐待以外のマルトリートメントでも、脳の発達に悪影響を及ぼしていることが友田氏らの研究で分かってきたのだ。
例えば、脳の前頭前野。思考や創造性、感情をつかさどる部位だが、頬への平手打ちなどの体罰によって、同部位の容積が15%ほど減少することが分かっており、気分障害や素行障害につながる可能性が指摘されている。
大声を上げて叱るなど暴言を浴びせられると側頭葉の聴覚野が14%ほど増加することが分かっており、発達段階で起きるはずのシナプスの正常な「刈り込み」が行われず、心因性難聴につながる可能性がある。

性的マルトリートメントや親のDV目撃に至っては、後頭葉の視覚野、特に顔の認知に関わる紡錘状回という部分が18%も減少していた。
精神的苦痛を伴う記憶を繰り返し呼び起こさないように、脳の部位が減少したと考えられている。もちろん、これらは、トラウマ(心の傷)という形で、大人になっても影響を及ぼす。
友田氏が米国留学中に共同研究で突き止めた知見だ。

「子どもの脳はこれらの苦しみに何とか適応しようと、自ら変形しようとします。生き抜くための防衛本能なんです」

研修医時代から一貫して小児発達学に携わる

友田氏は熊本市で生まれ育ち、熊本大学医学部を卒業した。
大学時代は漠然と小児科医になりたいと考えていたが、ちょうど同大学に新しく小児発達学講座ができたことを知り、2期生として入局した。1987年のことだ。

友田氏は、この新しくできた講座で、小児の成長発達に関わるあらゆる小児疾患を診ていった。
研修医時代は熊本市民病院NICUで新生児を、北九州市立総合療育センターでは、脳性麻痺や神経変性疾患、亜急性硬化性全脳炎など小児神経疾患の患者を担当。
そして、友田氏の進路を決定づける患者と出会う。

研修医として、鹿児島市立病院に勤務していた頃、脳内出血の子どもが救急車で運び込まれた。

「全身には親から受けたと思われるたばこによる火傷の跡がありました。救命措置を施し、3日間、ICUで治療しましたが、残念ながら助けることができませんでした。自分の子どもになぜこんなことをするのか。何とかしたい。その一念でマルトリートメントの研究を始めたのです」

熊大の助手になって10年目になろうとした時、元上司、三池輝久教授からの勧めで米国に留学。
Harvard Medical School精神科学教室の准教授で、マサチューセッツ州McLean Hospital発達生物学的精神科学研究プログラムの責任者でもある、Martin Teicher氏と研究を始めることになった。そこで、彼から大きな影響を受ける。

Teicher氏らと、マルトリートメントで子どもの脳のどの部分にダメージを受けやすいかを調べていった。
1500人の男女に体罰の経験を聞き取り調査。体罰経験者23人と体罰経験のない22人の脳をMRIで撮影、VBM(Voxel-based morphometry)法で解析していくと、体罰経験者の前頭前野の容積が小さくなっていたことが分かったのだ。

脳の前頭前野は学習や記憶と深く関わっていて、その周辺にある海馬や扁桃体の働きを制御する役目も担っている。
扁桃体は、情動・感情についての情報処理を行うため、前頭前野が小さくなると情動・感情をコントロールしづらくなる。
マルトリートメントが脳に影響を及ぼしていることを証明している。

Teicher氏は、児童精神科医でありながら、小児神経科医でもある。数学とコンピューター科学の博士号も取得しており、学際的な研究も数多く進めていた。

「多才な先生でした。留学を終えた後にも交流は続き、今でも共同研究者です。Teicher先生の学際的な研究姿勢に私は大きな影響を受けたと思います」

2011年に、福井大学から「子どものこころの発達研究センター」への招へいの話が舞い込む。

「留学先から熊大に戻り、初代教授だった三池輝久先生が退官され、今後のことを考えあぐねていた時でした」

自分のライフワークにピタリと合致する勤め先だが、縁もゆかりもない土地だった。迷いに迷った末、友田氏は横井小楠という郷土の偉人を思い出した。

「熊本藩士で儒学者だった横井小楠は、幕末の頃に福井藩主の松平春嶽に頼まれ、若い藩士の指導で福井に出仕しました。年も同じ50。私とも縁があるのかもしれないと福井行きを決意しました」

外来は子育て支援の場 啓発活動で全国を奔走

「私も父親からお尻をたたかれたことがありますし、2人の子どもに手を上げたこともあります。マルトリートメントがない家庭など存在しないんです」

だからこそ、マルトリートメントが親の認識のないまま、子どもの脳の発達に大きな影響を与えていることをもっと知ってほしいと、友田氏は、診療・研究だけでなく啓発活動にも力を入れる。

2012年に、マルトリートメントが脳へ与える影響についての研究結果をまとめた『新版いやされない傷─児童虐待と傷ついていく脳』(診断と治療社刊)を上梓した。
韓国語版も発行されたが、専門書ということもあり一般への啓発にはつながらなかった。
昨年、同書の内容を一般向けに分かりやすく書いた『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版刊)が出版されると、5万8000部のベストセラーとなり、一挙に話題に上がるようになり、台湾語版も発行された。

「責めるような形で親御さんにお話しすると、『体罰じゃない、しつけだから』と、彼らは心を閉ざしてしまいます。外来にいらっしゃる時に、『大変やったね、同じ立場で私も失敗してきましたよ』というと、涙を流されることもあります。小児科医ですが、今の私の外来は子育て総合支援の場になっています」

早い時期に気が付けば悪影響を回避できる

友田氏は、診療や研究の合間を縫って、啓発活動で全国を駆け巡る。
講演中には必ず、非常に重いテーマながらも希望があることを説く。

「マルトリートメントで脳が傷つくと本に書きましたが、傷ついた脳は回復させられます。癒やすことができる傷なのです。しかし早い時期に気が付き、適切な時期に治療をしないと大人になってから悪影響を及ぼします。マルトリートメントによって、寿命も縮まり、がんのリスクも増えることが分かっています。早期予防、早期介入こそが私のスタンスなのです」

友田氏はいま、薬学・工学・教育学・心理学・社会学など関係する全分野の専門家と、マルトリートメントから脱却するための方法や養育者支援法を探り、予防への試みも進める。
また、子どものこころの諸問題の解明に取り組むべく、大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学研究科の福井校教官として、子どものこころに携わるさまざまな専門職の人たちを連携・統合できる高度な指導者と、子どものこころや脳発達とその障がいに関わる研究者の養成にも携わっている。

子どもの未来を変えかねないマルトリートメントを少しでも減らし、治療に結びつけるため、友田氏の挑戦はこれからも続いていく。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年10月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

ともだ・あけみ
1987年 熊本大学医学部 卒業
1992年 熊本大学医学部附属病院(発達小児科) 助手
2003年 文部科学省 在外研究員
     米Harvard Medical School精神科学教室 客員助教授
2006年 熊本大学大学院医学薬学研究部小児発達社会学分野 准教授
2009ー11年  日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究・日本側代表者
2011年ー現在 福井大学大学院医学系研究科附属子どもの発達研究センター教授/副センター長
        福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長
2012年ー現在 五大学連合大学院小児発達学研究科福井校教授兼任
        生理学研究所多次元共同脳科学推進センター 客員教授兼任
2017ー19年  日米科学技術協力事業「脳研究」分野グループ共同研究・日本側代表者学会

学会
日本発達神経科学会理事、日本子ども虐待医学会理事、日本ADHD学会理事、日本小児神経学会評議員
資格
小児神経専門医、小児科専門医、日本小児精神神経学会認定医、子どものこころ専門医機構認定子どものこころ専門医

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