患者の人生に寄り添うパートナー 総合診療で地域医療を支える"家庭医" 吉岡 哲也

恵寿ローレルクリニック 院長
恵寿総合病院 家庭医療科(家族みんなの医療センター) 科長
北陸総合診療コンソーシアム恵寿プログラム 統括責任者
[Precursor-先駆者-]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/皆木優子

新専門医制度で総合診療領域の専門医として認定された「総合診療専門医」。身体疾患だけでなく精神面や生活環境、家族関係といった患者の背景にも踏み込んだ医療を提供することから、「家庭医」とも呼ばれる。石川県にある恵寿総合病院では、2015年3月に家庭医療科の外来機能を独立させた「恵寿ローレルクリニック」を開設。そこで院長として総合診療に当たるのが、米国で家庭医療を学び専門医資格を取得した吉岡哲也氏だ。赤ん坊からお年寄りの診療はもちろん、妊婦健診や分娩といった産婦人科領域の診療にも携わる家庭医のエキスパートである。

へき地でも都市部でも求められる専門性

「『家庭医』という呼び名や考え方はいまだ十分に普及し、理解されていません」

家庭医の現状についてそう話すのは、恵寿ローレルクリニックの院長として家庭医療科を率いる吉岡哲也氏。家庭医への理解は患者レベルではもちろん、医療者の間でもまだ進んでいないのが現状だという。これまで臓器別に区分けされてきた診療科の枠組みが、家庭医を捉える上で足かせになっているのだ。

診療の領域を限定せずに、あらゆる健康上の問題について相談できる家庭医。身体的な疾患にとどまらず精神的なケアや生活環境、家族関係などにも踏み込み、患者をトータルで診療する。年齢や性別も問わないため、家族全員が一人の家庭医にかかることができる。

「家庭医というと、地方で行う医療というイメージを持っている方が多いかもしれませんが、決してそうではないんです。へき地でも都市部でもそこに患者がいる限りは、その人を総合的に診る人が必要です。ただ、医師が少なくさまざまな診療科に細かく対応できない地域では特に、幅広く診療する家庭医のニーズはより高くなると思います」

実際に病院を訪れる患者の多くは、家庭医のプライマリ・ケアである程度はカバーできるが、それは家庭医が"全ての治療を行う"という意味ではない。むしろ一人の患者について家庭医だけで治療が完結することは少ない。例えば糖尿病の患者であれば、腎臓機能の低下が見られたならその時点で腎臓専門の内科医に治療をつなぎ、処置を終えた後はまた家庭医が引き受ける。さらに、見過ごされがちな眼科や歯科への紹介を積極的に行う。家庭医の大きな役割の一つは、そうした各診療科の専門医師と患者をつなぐ橋渡しをすることにある。

患者の気持ちに寄り添い体と心を同時に診る

吉岡氏が総合診療に興味を持ったのは、学生時代に「体と心の両方からアプローチすることが患者の幸せにつながる医療に必要なのではないか」と考えるようになったからだった。

「人が幸せに生きるために医療はある。しかし、患者が何を考え、どのような気持ちでいるか、また、その背景を無視して疾患だけを治すことは、場合によっては患者を不幸にしてしまうかもしれません。疾患だけに目を向けて患者の心を置き去りにしては、医療そのものの意味がなくなってしまいます」

漠然とではあるが、体と心を同時に診ていく重要性を感じていた吉岡氏は、そのイメージを頼りに「何でも診られる医師」を目指すことを決意する。当時、日本で総合診療の研修が受けられる医療機関は限られていたため、内科・外科はもちろん、精神科の研修が受けられる病院を自ら探した。

ただ、実際に研修を受けてみると、大抵の患者に対応できる自信はついたものの、それぞれの診療科で学ぶことが必ずしも「患者を総合的に診る」ことにはつながらないと思うようになった。総合的に診るためには家庭医的な見方が必要なのではないか。そこで決意したのが、家庭医先進国である米国への留学だった。

家庭医療教育が進む米国で専門医取得

吉岡氏は米国ミシガン大学の日本人診療所で臨床実習・研究を行いながら語学と米国医師免許試験をクリアし、その後3年の家庭医療と1年の老年医学の研修を受け、それぞれの専門医を取得した。

米国で浸透しているかかりつけ医は、その多くが家庭医の立場で診療を行っている。 家庭医は、「バイオ・サイコ・ソーシャル(BPS)モデル」といって、患者の不調や病気は生物・心理・社会的な要素が相互に作用し生じるものと捉え、必要に応じて多面的なアプローチを行う。家庭医の研修プログラムの中には「行動科学」が組み込まれており、BPSモデルを基に患者の理解や考え方を探りながらより健康的な行動への変容を促す研修を受ける。

「例えば血糖値をいかに下げるかについても、医師が一方的に食事・運動・服薬指導するのではなく、患者の理解や考え、健康観を基にどうしたいか、何ならできるかを話し合いながら治療方針を決めていきます。患者が自分の健康管理に主体的に責任を持って取り組めることが大切なのです。米国で学んだそうした手法は今の診療にも活かされています」

家庭医による心のケアも重要視されているため、不安障害、気分障害などの疾患にとどまらず、家族との死別によるショックや産後うつなど、家庭医が扱うべき問題について、一通り教育される。日本でも精神科の研修を受けていた吉岡氏だったが、精神科受診に至らない患者の心のケアについて学べたことは大きかったという。

現在、院長として診療を行う恵寿ローレルクリニックでも、うつ病やパニック障害などの患者の治療を多く受け持っており、身体疾患を治療している患者に心のケアが必要になった場合でも適切なサポートができる体制を整えている。

質の高い医療で信頼を得る 産婦人科医との連携

吉岡氏が恵寿総合病院で家庭医療科の診療をするようになって10年がたつ。開設当初は家庭医療科の存在意義に疑問を呈する職員もいたが、今ではその役割が理解され、各診療科との連携も進んでいる。

その中で特に連携が強化されているのが産科・婦人科の診療である。医師不足に悩む産婦人科分野で、家庭医が子宮頸がん検診などの予防医療や妊婦のプライマリ・ケアを担う意義は大きい。その分、産婦人科医の負担が軽くなり、より専門性の高い医療に集中できるメリットもある。

「common diseaseのエキスパートである家庭医にとって、多くの女性が抱える生理や妊娠に関わる症状を診療することは必要不可欠。そうしたありふれたものこそ家庭医が診る意義があります。若い年代の女性は特に、産婦人科の受診に抵抗を感じる人もいますから、総合診療科に風邪で受診したついでに婦人科の悩みが相談できれば、気軽に感じてもらえるのではないでしょうか。家庭医であれば身体疾患のある患者に妊娠・出産を見据えたアドバイスもできます」

吉岡氏の下では、妊婦健診も含めた女性診療、乳児健診まで行われる。

「私自身は妊婦健診から分娩まで行っていますが、日本で家庭医がそこまでできる必要はありません。ただそれができれば家族全体を診る上で強みになり、できないにしても家庭医は基本的なウィメンズ・ヘルスケアを提供できるように産婦人科領域も含めて研修を受けるべきです」

日本では低い子宮頸がん検診受診率に代表されるように、多くの女性が医療の恩恵を十分に受けられていない。その一因は女性の医療を包括的に担当する医療者があまりいないからではないかと吉岡氏は考える。

家庭医は子供の受診を通して母親に接することができる。例えば子供の予防接種や風邪で来院した際に、次の妊娠へ向けてのアドバイスをしたり、妊娠の希望がない場合は避妊の指導や処置を提供。妊娠高血圧や糖尿病を発症した人に対してはそのフォローをしたり子育てや家族関係のストレスが健康に影響していないかモニターしたりと、女性に必要な医療を提供できる立場にある。

恵寿総合病院では産婦人科医らからのニーズもあり、家庭医がプライマリ・ケアを担当し専門医につなぐ連携が、スムーズにとられている。初めは「なぜ家庭医が産婦人科診療をする必要があるのか?」と疑問に思っていた医師たちも、連携して患者を診るうちに、それまで産婦人科や他科では対応困難であったメンタルを含むさまざまな女性の健康問題に対応できる家庭医に信頼を寄せるようになり、今ではなくてはならない存在として協力関係を築いている。一度協働すれば、他科の医師にとっての大きな助けとなるのが家庭医なのである。

研修医の外来教育を実施 家庭医の育成に尽力

吉岡氏が所属する恵寿ローレルクリニックは、北陸でも数少ない総合診療専門研修の専攻医が在籍する研修基幹施設。また、卒後臨床研修プログラムにおいて2年間通してのプライマリ・ケアの外来教育を実施している国内でも珍しい施設である。この外来教育のノウハウは吉岡氏が米国のシステムを学び、持ち帰ったものだ。時間が限られた外来診療でいかに効率よく研修医を教育するか、米国ではそうした教育分野の研究が進んでいる。外来で慢性疾患のコントロールや病気の治療をするだけでなく予防に取り組むことも、家庭医としての重要な役割の一つとして教育される。

「この3、4年で、ようやく専攻医レベルの人材を育てることができるようになってきました。女性の診療ができるのは当たり前、多様なニーズに対応できる家庭医をどんどん輩出していきたい」

徐々にではあるが、家庭医を目指す医師たちは増えてきている。今後、医師たちの世代交代が進むことで総合診療が徐々に浸透し、どこかでブレークスルーが起こる可能性もある。そのためにも研修環境を整えることが必須となる。

吉岡氏にとっての家庭医の魅力とは何だろうか。

「一人の患者さんを、その人の生活も含めて何でも相談に乗りながら付き合っていけるところ。全ての診療に関われることももちろん魅力ですが、患者さんの人生そのものをサポートできる、その実感を持てるのが一番の魅力です」

患者一人ひとりにパートナーとなる家庭医がいるのが当たり前。そんな時代になる日もそう遠くはないのではなかろうか。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年11月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

よしおか・てつや
1997年3月 広島大学医学部医学科卒業
1997年5月 福岡徳洲会病院 初期研修、総合内科研修
2000年5月 喜界徳洲会病院 内科
2000年8月 名古屋大学医学部附属病院総合診療部
2001年11月 Family Medicine Academic Fellow, University of Michigan, Michigan
2004年7月 Family Practice Resident, Genesys Regional Medical Center, Michigan
2007年7月 Geriatric Medicine Fellow, University of Michigan, Michigan
2008年9月 恵寿総合病院 家庭医療学センター長
2009年4月 けいじゅファミリークリニック 院長
2015年3月 恵寿ローレルクリニック 院長

資格
米国家庭医療学専門医、米国老年医学専門医、米国ミシガン州医師免許、日本プライマリ・ケア連合学会 プライマリ・ケア認定医・認定指導医、日本専門医機構 総合診療専門医特任指導医、ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)Japan インストラクター、特別指導教官、ACLSインストラクター