地区に暮らす一員として住民を支える 玉井 友里子

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

湯郷ファミリークリニック/上山診療所 医師

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/緒方一貴

一人で何でも診療できるようにあえて地方を選択

「外から来た医師」ではなく、同じ土地に暮らす一員でありたい。

「患者さんと話していて『先生どっから来たん?』って聞かれるのが嫌で、できるだけ岡山弁で話すようにしているんです」と明るく笑うのは、岡山県美作市の上うえやま山地区に移住して5年になる玉井 友里子氏。地区の住民たちにとって「外から来た医師」ではなく、同じ土地に暮らす一員でありたいという気持ちが話し言葉にも表れている。玉井氏は住民を患者という目線では見ていないという。

開業医だった父の影響もあり、地域に密着した医師像を思い描いたのは自然な流れだった。大阪医科大学を卒業後、尼崎市の診療所で家庭医療に携わったものの、都市部で行う部分的な診療に次第に疑問を感じるようになった。

「医療機関がそろっている都市部では、患者さんは複数の医療機関から自由に選択して受診することができますよね。そうすると一つの診療所がカバーする診療の幅は狭くなる。一人で何でも診られるようになりたいと思っていたので、あえて地方を選びました」

岡山家庭医療センターに入職し、岡山市から1時間ほどの山間にある湯郷ファミリークリニックでの勤務をスタート。それからわずか1年後、玉井氏はさらにそこから車で30分ほど奥に入った上山地区に移住し、新たな診療所を開設する。きっかけとなったのは「英田(あいだ)上山棚田団」の活動に参加したことだった。英田上山棚田団は大阪の異業種集団からスタート。上山地区にある8,300枚の棚田の再生をはじめ、環境保全や地元資源を活かした地域活性化を目的に、2011年にNPO法人となった。全国各地の参加者、移住者、そして地元の住民が一緒になって活動している。

移住した地区に診療所開設 勤務する組織がバックアップ

「ずっと、住むところと仕事場は同じ地域がいいと思っていたので、移住を決めた時に『診療所を作りたい』と大家さんに相談したんです。すると『それなら作っちゃる』とトントン拍子で話が進みました」

上山診療所は玉井氏が勤務する社会医療法人清風会が運営母体となり、2014年に開設された。

現在、玉井氏は美作市内にある2つの医療機関(湯郷ファミリークリニック、美作市立英田診療所)で診療をしながら週に1回、上山診療所を開き1時間半の診療をしている。それ以外に月1、2回は気になる患者や独り暮らしの高齢者を対象に訪問診療を行う。

昨年からは"コミュニティ・ナース"として着任した看護師が、毎日のように住民宅を訪問して健康チェックをしているほか、移住者が高齢者の日常生活を助け、話し相手になる「みんなの孫(まご)プロジェクト」の活動をするなど、地区全体で高齢者を見守る仕組みもできている。玉井氏は地区の住民たちとの会話を通して、往診だけでは分からない患者の状況を把握するようにしている。

玉井氏が開設した上山診療所。

それに加えて、岡山家庭医療センターが運営する3つのクリニックの親病院である日本原病院(津山市)で月2回の当直を担当し、週に1回開催される勉強会で他の医師たちと症例を共有するなど、常にスキルアップが図れる環境だ。クリニックでは地域医療研修のプログラムの一環として研修医を受け入れているため、その指導にもあたる。「一人で診療をすることでスキルが頭打ちにならないようにしたい」と話す玉井氏だが、都市部で勤務していたときよりも、幅広い疾患に対応できるようになった実感がある。

上山地区の人口は160人程度。そのうち約40人は棚田再生活動に魅せられて移り住んだ人たち。その多くは若い世代だ。地元住民と移住メンバーが一体となって棚田再生活動に取り組んでいる。それはまさに一つの大きな家族のようなものだという。

「草刈り一つとっても『医療には関係がない』と言ってしまえばそれまでですが、例えば田植えの話を通して患者さんとコミュニケーションが取れるようになる。農業をしているお年寄りにとっては、時として治療よりも田植えが優先されることがあります。その感覚が実感として分かるようになるのが、地域医療の面白さだと思います」

上山地区では小型で小回りの利く電気自動車(コムス)をよく見かける。玉井氏も地区内の移動に欠かせない。このコムスは、地区で購入したものではなく、トヨタ・モビリティ基金から提供されたものだ。この上山地区が「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト※2」に選ばれたことで提供されている。

電気自動車だけではない、移住者がそれぞれ個性と持ち味を発揮して、知恵を出し必要なものを積極的に取り入れている。玉井氏も自分にできることを考えた末、診療所の開設を決めた。

「上山は外から人が集まってきて、何かを始めようというムーブメントがある場所。医師としてではなく、私自身が面白いと感じるからここにいるんです」

この土地の暮らしに溶け込み、楽しみながら今日も診療を続けている。

※2 上山集楽みんなのモビリティプロジェクト:「英田上山棚田団」と岡山県の中山間地域の集落を支援するNPO法人「みんなの集落研究所」が協働で取り組むプロジェクト。高齢化が進んだ交通の不便な地域で、理想的な移動を実現させることを目的にしている。

P R O F I L E
プロフィール写真

湯郷ファミリークリニック/上山診療所 医師
玉井 友里子/たまい・ゆりこ

2007年に大阪医科大学を卒業。名古屋市の協立総合病院で初期研修後、尼崎医療生協病院で家庭医療の後期研修を受ける。2013年から岡山家庭医療センターの湯郷ファミリークリニックに勤務。棚田再生活動を行う「英田上山棚田団」に参加したことをきっかけに上山地区に移住し、2014年に上山診療所を開設。日本プライマリ・ケア連合学会 家庭医療専門医・指導医。プライマリ・ケアの学会発表やセミナー講師も務める。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2018年10号から転載しています。経歴等は取材当時のものです。

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