玉井氏が開設した上山診療所。
それに加えて、岡山家庭医療センターが運営する3つのクリニックの親病院である日本原病院(津山市)で月2回の当直を担当し、週に1回開催される勉強会で他の医師たちと症例を共有するなど、常にスキルアップが図れる環境だ。クリニックでは地域医療研修のプログラムの一環として研修医を受け入れているため、その指導にもあたる。「一人で診療をすることでスキルが頭打ちにならないようにしたい」と話す玉井氏だが、都市部で勤務していたときよりも、幅広い疾患に対応できるようになった実感がある。
上山地区の人口は160人程度。そのうち約40人は棚田再生活動に魅せられて移り住んだ人たち。その多くは若い世代だ。地元住民と移住メンバーが一体となって棚田再生活動に取り組んでいる。それはまさに一つの大きな家族のようなものだという。
「草刈り一つとっても『医療には関係がない』と言ってしまえばそれまでですが、例えば田植えの話を通して患者さんとコミュニケーションが取れるようになる。農業をしているお年寄りにとっては、時として治療よりも田植えが優先されることがあります。その感覚が実感として分かるようになるのが、地域医療の面白さだと思います」
上山地区では小型で小回りの利く電気自動車(コムス)をよく見かける。玉井氏も地区内の移動に欠かせない。このコムスは、地区で購入したものではなく、トヨタ・モビリティ基金から提供されたものだ。この上山地区が「上山集楽みんなのモビリティプロジェクト※2」に選ばれたことで提供されている。
電気自動車だけではない、移住者がそれぞれ個性と持ち味を発揮して、知恵を出し必要なものを積極的に取り入れている。玉井氏も自分にできることを考えた末、診療所の開設を決めた。
「上山は外から人が集まってきて、何かを始めようというムーブメントがある場所。医師としてではなく、私自身が面白いと感じるからここにいるんです」
この土地の暮らしに溶け込み、楽しみながら今日も診療を続けている。
※2 上山集楽みんなのモビリティプロジェクト:「英田上山棚田団」と岡山県の中山間地域の集落を支援するNPO法人「みんなの集落研究所」が協働で取り組むプロジェクト。高齢化が進んだ交通の不便な地域で、理想的な移動を実現させることを目的にしている。