高いモチベーションの理由は患者に誓った手紙から
久村氏は、非常時における精神科医としてあるべき姿についてこう語る。
「被災した直後は、躁的防衛とでも言えるような気持ちの動きで、うつ状態にならず乗り切ることもある。精神科医の支援が必要とされるのは、むしろその後。私は、被災した直後には、あえて精神科医は傍観者でいる方がいいと思っています。勇気は要ります。ただそうしないと、被災者が直面している悩みや、心の問題が見えなくなってしまいます」
精神科の治療が分かりにくい理由はこうした部分にもある。
震災直後の気仙沼では、ふがいない経験もしている。身体には異常がないのに意思の疎通ができない男性が、昏迷状態で自衛隊のヘリコプターで搬送されてきた時のことだ。薬を投与して、数時間後には昏迷が解けたのだが、現場から「ヘリで運んできたのに空振りだ」という声を耳にした。
「確かにそう言える部分はあります。ただこの時の個人的な感想としては、精神科の患者は理解されていない感じがしましたね」
自分は一体、何をしているのか。そう感じる場面は、救急科でもたびたび経験した。それでもなお、久村氏がモチベーションを維持できているのは、患者との間で立てた、ある"誓い"があるからだ。
摂食障害の患者だった。いつ亡くなってもおかしくないひどい栄養状態で運ばれてきたが、容体が落ち着くと、久村氏の外来に長く通ってきた。不慣れな手つきで処置を行うこともあったが、嫌がるそぶりを見せたことは一度もなかった。
「その患者さんは、最終的には低血糖で亡くなられました。『二度と患者さんをこんなふうに亡くしたりはしない』。そう書いた手紙を、私はお葬式で親族の方に手渡しました。その約束があるから、私は頑張らないといけないんです」
摂食障害になると、低栄養や月経停止で認知能力が落ち、正しい判断ができなくなる。例えば「万引き」が摂食障害でしばしばみられるのも、これが関係していることがある。
「患者さんの行為だけを見ていては、本当の問題には気付けません。きちんとした医学の知識に基づいて診断しなければ、結果として苦しむのは患者さんですから」