ポピュレーション・アプローチで地域をまるごと健康に
もともと地域医療に興味のあった廣瀬氏は、自治医科大学卒業後、地元の岐阜県で医師としてのキャリアをスタートさせた。県内のいくつかの病院・診療所で研鑽を積んだ後、義務年限(奨学金貸与期間の1.5倍の年数)を過ぎても和良診療所にとどまったのには理由がある。
今から50年以上前、和良診療所ができた時に初代所長として赴任した中野重男氏は、「予防を主とし、治療を従とする」というスローガンを立て、高血圧の管理、結核の追放、寄生虫の撲滅、家族計画の4つを柱に、地域の公衆衛生の向上に尽力した。以来、現在まで一貫して、地域ぐるみで健康づくりに取り組んできた土地柄に魅力を感じたのだ。
なぜ、一人ひとりの「患者」ではなく「地域」なのか。キーワードは「ポピュレーション・アプローチ」だ。
「脳卒中対策を例にとって考えてみましょう。高血圧の人は脳卒中になるリスクが高いことが知られていますので、脳卒中対策も高血圧の人に焦点を当てがちです。これは『ハイリスク・アプローチ』です。しかし、脳卒中になった人を集団として見た場合、実は高血圧の人より、高血圧ではない人の方が多い。なぜなら、地域全体で見れば、高血圧の人はごく一部で、高血圧ではない人の方が圧倒的に多いからです。ですから、高血圧ではない人も含めて地域全体で取り組まないと、脳卒中を減らすことはできません」
病院に来た人だけでなく、地域住民を相手にすることがポピュレーション・アプローチであり、地域の医療問題を根本的に解決する方法なのである。
和良町はポピュレーション・アプローチに適した規模だというのが廣瀬氏の持論。
「人口約40万人の岐阜市で同じことをやろうとしても、住民一人ひとりまできめ細かく把握するのは難しい。その点、2000人弱の和良町はちょうどいいサイズなのです」
外来診療を通じてほぼ全員の住民と顔見知りになれるし、学校医としての活動や地域の健康診断などで保健師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーなど医療・介護に携わるさまざまな職種の人たちとも顔の見える関係にある。
「和良町では長年の取り組みのおかげで住民の間に健康づくりが根付いており、これはもう文化といってもいいほどです。別の地域で明日からやろうと言ってもなかなかできません」