自治体の垣根を超えた医療連携の仕組みづくりに貢献し「やぶ医者大賞」を受賞 地域ぐるみの健康づくりに挑戦する 廣瀬 英生

県北西部地域医療センター
国保和良診療所 所長
[Challenger]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/北澤京子 撮影/太田未来子

臨床医の仕事は、診察室で出会った患者に医療を提供するだけではない。地域で生活する人々がいつまでも健やかに暮らせるよう働きかけることも大切な仕事の一つである。
岐阜県県北西部地域医療センター国保和良(わら)診療所で所長を務める廣瀬英生氏は、医療・介護関係者や、行政と連携しながら地域住民の健康づくりに取り組み、成果を上げている。人口が2000人にも満たない小さな町で住民のほぼ全員と顔見知りであるからこそできる、住民本位の支援だ。

廣瀬英生氏が所長を務める国保和良診療所は、岐阜県のほぼ中央に位置する郡上市の東端、和良町にある。人口は約1700人、高齢化率は44%に達する、典型的な過疎の町だ。若者は進学や就職で都会に出ていき、残った高齢者も亡くなっていくため、年間約50人ずつ人口が減少しているという。

廣瀬氏が赴任した11年前は、高齢者の介護は同居する嫁が担い、亡くなったら自宅で葬式を執り行うのが普通だった。だが今は、そもそも子供夫婦が親と同居することが少なくなり、高齢の夫の介護を高齢の妻が担う、いわゆる「老老介護」がほとんど。夫が亡くなった場合、お葬式は遠方の葬祭場を利用することが多くなり、町の火葬場はほとんど使われなくなった。夫に先立たれた妻の多くは独り暮らしになり、老人保健施設に入所する人も増えている。

そんな和良町にある唯一の診療所で廣瀬氏が力を入れているのは、地域ぐるみの健康づくりだ。

ポピュレーション・アプローチで地域をまるごと健康に

もともと地域医療に興味のあった廣瀬氏は、自治医科大学卒業後、地元の岐阜県で医師としてのキャリアをスタートさせた。県内のいくつかの病院・診療所で研鑽を積んだ後、義務年限(奨学金貸与期間の1.5倍の年数)を過ぎても和良診療所にとどまったのには理由がある。

今から50年以上前、和良診療所ができた時に初代所長として赴任した中野重男氏は、「予防を主とし、治療を従とする」というスローガンを立て、高血圧の管理、結核の追放、寄生虫の撲滅、家族計画の4つを柱に、地域の公衆衛生の向上に尽力した。以来、現在まで一貫して、地域ぐるみで健康づくりに取り組んできた土地柄に魅力を感じたのだ。

なぜ、一人ひとりの「患者」ではなく「地域」なのか。キーワードは「ポピュレーション・アプローチ」だ。

「脳卒中対策を例にとって考えてみましょう。高血圧の人は脳卒中になるリスクが高いことが知られていますので、脳卒中対策も高血圧の人に焦点を当てがちです。これは『ハイリスク・アプローチ』です。しかし、脳卒中になった人を集団として見た場合、実は高血圧の人より、高血圧ではない人の方が多い。なぜなら、地域全体で見れば、高血圧の人はごく一部で、高血圧ではない人の方が圧倒的に多いからです。ですから、高血圧ではない人も含めて地域全体で取り組まないと、脳卒中を減らすことはできません」

病院に来た人だけでなく、地域住民を相手にすることがポピュレーション・アプローチであり、地域の医療問題を根本的に解決する方法なのである。

和良町はポピュレーション・アプローチに適した規模だというのが廣瀬氏の持論。

「人口約40万人の岐阜市で同じことをやろうとしても、住民一人ひとりまできめ細かく把握するのは難しい。その点、2000人弱の和良町はちょうどいいサイズなのです」

外来診療を通じてほぼ全員の住民と顔見知りになれるし、学校医としての活動や地域の健康診断などで保健師、看護師、薬剤師、ケアマネジャーなど医療・介護に携わるさまざまな職種の人たちとも顔の見える関係にある。

「和良町では長年の取り組みのおかげで住民の間に健康づくりが根付いており、これはもう文化といってもいいほどです。別の地域で明日からやろうと言ってもなかなかできません」

住民主体で作成・運用する「まめなかな和良21プラン」

和良町では2004年度に健康福祉総合計画「まめなかな和良21プラン」を策定し、10年計画で健康づくりを進めてきた。2014年度からは「まめなかな和良21プラン」第二次計画に引き継がれている。その結果、日常的にウオーキングをする人が増える、喫煙者が減る、健康に関する意識・知識が高い人が増える――といった、目に見える成果を上げることができた。ちなみに「まめなかな」とは、この地域の方言で「お元気ですか」という意味だ。

「まめなかな和良21プラン」の特徴は、アンケート調査やグループインタビューを通じて地域住民の声を直接取り入れている点。また、医療従事者ではなく住民自らが主体となって活動を展開している点だ。医師や保健師は転勤などで入れ替わることがあるが、住民は変わらない。そのため地域のことは住民自身が主体的に関わって決めた方が、継続性、一貫性のある活動ができるという考えからだ。

力を入れている活動の一つが、「まめなかな高齢者サポーター」の養成だ。和良町内の15地区の母子成人保健推進委員を対象に、高齢者をサポートする上で必要な知識・技術を6回にわたって学んでもらい、一定の研修を経た人をサポーターとして認定する。研修の内容は、高齢者に適した食事や運動、血圧測定の方法、介護保険の知識、認知症への対応などさまざま。サポーターは自分が学ぶのはもちろん、学んだ内容を家族や近所の人にも伝える役割を担う。そうすることにより、健康づくりに関する正しい知識を持った住民の輪が次第に広がることが狙いだ。

地域医療の醍醐味は人生の最期に寄り添えること

もう一つは「地域医療懇話会」。町内の医師、看護師、薬剤師、理学療法士など複数の医療従事者が交代で地域の各地区に出向き、住民と直接話し合う場を設けている。医療や介護に関する情報を伝えるだけでなく、診療所に対する住民の率直な意見・希望を聞く機会にもなっている。加えて、小学校の校長やPTA会長など町の各団体の長と意見交換をする機会もある。こうして、健康づくりをキーワードに、住民同士がコミュニケーションを深める機会が頻繁に設けられている。

廣瀬氏自身も、診察時には患者とのコミュニケーションを大切にしている。一人の患者を何年にもわたって継続的に診療する中で、患者の仕事のこと、家族のこと、医療に対する考え方も次第に分かってくる。それは逆にいえば、自分のことを患者に知ってもらうことでもある。

「僕がここに赴任した時は子供がまだ3歳で、近所の人には子育てでずいぶんお世話になりました。医師と患者という付き合いだけでなく、近所付き合いもあるからこそ、患者さんのホンネが聞けるし、それを患者さんの医療やケアに活かすことができると思います」

話題にはしにくいが、実は皆が気にしているのが、自分が亡くなる時のことだ。和良町の住民アンケートの結果、最期は自宅で過ごしたいと希望する人が8割に上った。それもあって、廣瀬氏は、高齢の患者にはまだ元気なうちに、最期をどこで迎えたいか、それとなく尋ねている。ある時、和良診療所へ来た研修医から「大病院では急性期の治療が終わるとすぐ退院するので、看取った経験がない」と言われ、衝撃を受けたという。その時、改めて患者の看取りまで寄り添うことができる、地域医療の醍醐味に気付かされた。

「ご家族から『先生に看取ってもらえてよかった、ありがとう』と言われる仕事であることを誇りに思います」

つらく孤独なイメージを払拭 地域医療の面白さを伝えたい

2018年、廣瀬氏は、兵庫県養父(やぶ)市が主催する「やぶ医者大賞」を受賞した。「やぶ医者」は「養父の名医」を語源としているという説があり、これにちなんで地域医療に貢献している医師を顕彰するために創設された賞である。廣瀬氏は地域ぐるみで健康づくりに取り組んできた活動が評価され受賞した。

ただ残念ながら、廣瀬氏のように、地域医療の現場に飛び込んでくる若手医師はそれほど多くない。廣瀬氏自身、「まだまだ、地域医療、家庭医療の魅力を発信しきれていない」と感じている。診療所に見学に来る医学生の中には、地域医療に関心があると言ってくれる学生もいるが、卒業後、初期研修の2年間でいろいろな診療科を経験するうちに、特定の診療科の専門医を目指したいと考えるようになってしまうという。新専門医制度では基本領域の一つとして「総合診療専門医」ができたが、岐阜県では応募がまだ数人程度と、極めて少ないのが現状だ。

「地域で働く医師としては、これからも積極的に地域医療の面白さややりがいを発信していく責任がある」

地域医療、特にへき地の診療所で働く医師は、たった1人で、24時間365日休みなく働いているイメージがあり、それが地域医療を敬遠する理由の一つとなっている。しかし実態は必ずしもそうではなく、和良診療所も医師は2人体制だ。

「地域住民と長く付き合っていくためにも、医師が無理をしてはいけないんです。頑張り過ぎると続かない。住民にとっては継続できないことが一番困ることなので」

休日に突然呼ばれるということもなく、県内で待機しなければならないということもない。こうしてオンとオフを明確に分けることは、若手医師が地域で働くことを負担に感じないようにするという意味でも大切だという。

複数の医師が協働できる組織 患者・医師の双方に好影響

郡上市、高山市、白川村の診療所が連携して県北西部地域医療センターという組織にしたのも、各地区の医師が協働できる体制をつくるのが一番の目的だ。

「私も現在は和良町に単身赴任しているので、週末には代わりの医師に来てもらって自分は家に帰ります。逆に、私も週1回は和良町以外の病院で診療をしています。複数の医師が交代する体制にしたおかげで、きっちり休めますし、大病院で働く医師より子供の行事に参加できると思います」

また、他方面でも好影響が出ているという。

「自分一人だけでなく、別の医師の目が入ることは、診療面でも良い影響があります。また、女性医師の場合、出産や子育てなどで一時的に仕事を離れたとしても、復帰して再び活躍できるのも、地域医療を担う医師のメリットといえると思います」

昔なら、地域住民のために休みも取らずに身を粉にして頑張る"赤ひげ先生"タイプの医師が求められたのかもしれないが、それでは後の世代が続かない。地域医療の継続性のためにも、分業化、システム化が必要とされている。その真っただ中で、廣瀬氏は地域医療の理想の姿を追い求め挑戦し続けている。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2019年3月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

ひろせ・ひでお
岐阜市出身。2001年自治医科大学卒。岐阜県立多治見病院で初期研修。下呂市立小坂診療所、岐阜県立下呂温泉病院、高山市国保久々野診療所勤務を経て、2007年より郡上市国保和良病院(現・県北西部地域医療センター国保和良診療所)勤務。2018年、兵庫県養父市が主催する「やぶ医者大賞」を受賞。

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