骨を傷つけずに固定する世界初の脊椎インプラントを開発 菅原 卓

地方独立法人 秋田県立病院機構 秋田県立循環器・脳脊髄センター
脊髄脊椎外科 部長
[Challenger]

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/小山英樹

国内で年間8万人が受けている脊椎固定術。難易度が高く、合併症などのリスクも伴うため、新たな治療法の開発が望まれていた。従来法とは全く異なる発想で骨を固定させる方法を思いついたのが、秋田県立循環器・脳脊髄センターの菅原卓氏である。
従来法の全ての課題を解決する、骨を傷つけずに固定できる「脊椎インプラント」を開発。3Dプリンターを使って患者一人ひとりの骨の形に合わせたカバーを作成し、はめ込むだけで骨を固定することができる画期的な方法だ。7月から臨床に導入され、安全で低侵襲の手術ができるようになった。

ネジによる脊椎固定術 新米ドクターは4割が誤刺入

国内に400万人はいると言われている、変形性脊椎症や後縦靱帯骨化症などの脊椎変性疾患の患者。脊椎の変形によって、歩行が困難になり日常生活に支障を来すこともある。その変形や不安定性を治すための治療としてこれまで選択されてきたのが、ネジを使った脊椎固定術だが、問題も多くあった。

「他に手がない時には選択するしかありませんでしたが、脊椎固定術をベストな治療法と考えていた医師はいないはずです」

そう話すのは、秋田県立循環器・脳脊髄センター脊髄脊椎外科部長の菅原卓氏。年間250例以上の脊椎手術を手がけており、早い段階から従来のネジでの固定術の危険性を認識していた。従来の脊椎固定術は、背面と背骨間の非常に狭い部分にネジを差し込むため、少しでもずれると神経や動脈を損傷してしまう可能性がある。もし椎骨動脈を損傷すれば、脳梗塞を引き起こしかねない。

「屍体を使った研究では、約2割の確率で正確な挿入位置からずれてしまうことが分かっています。特に難しい首の手術では、経験の浅い医師だと約4割が誤刺入してしまう。経験を積んだ医師が行う臨床例でも、合併症が起こるケースが多い」

誰でも正確に刺入できるガイドプレートを発明

そこで菅原氏が考案したのが、正確な位置にネジを挿入するためのガイドプレートである。患者のCT画像をコンピュータに取り込み、まず画面上で安全な角度を計測してラインを引く。それを鋳型にして3Dプリンターで、半透明の筒が付いたカバーを作成。カバーの中心に穴を開けて、そこからネジを通すことで、正確な位置に挿入することができるのだ。

「ガイドプレートを使用したケースでは98%が成功し、残りの2%もわずかにずれた程度。ガイドプレートを使い始めてからこれまで、脊椎固定術を数百例実施して神経・血管損傷はゼロです」

経験の浅い医師でも正確にネジが挿入できるため、手術の成功率は飛躍的に上昇した。ガイドプレートは、菅原氏が2010年に考案してから現在まで、国内10施設で使用されている。高い成果を上げているにもかかわらず、まだ全国的に広まっていないのは、費用の面で課題があるからだ。プレート作成には材料費と専門のデザイナーによる加工費がかかるが、現状では診療報酬として認められているのは1例2万円までで、それ以上は病院負担となる。現在、菅原氏は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の協力のもと、そうした費用面の改善を図るべく薬事申請の手続きを進めている。

はめ込み式のカバーで3次元で骨を固定する

ガイドプレートは画期的な開発だが、それだけで全ての問題が解決するわけではない。ネジでの脊椎固定術では手術の難易度の高さに加えて、挿入後にも問題が発生しているからだ。ネジが正確に挿入できたとしても、ネジが骨と癒合しないため抜ける可能性がある。また、椎間が癒合する前は、板と板をネジで留めて毎日動かしているような状態になり、負荷に耐えきれずに外れてしまう。さらに、完全に骨癒合が得られたとしても、次に起こるのが隣接椎間病変。ネジで固定した箇所の上下の骨に、それまで以上の圧力がかかり変形を引き起こす。上下にどんどん変形が広がる患者も少なくない。

「脊椎固定術は、ネジが外国製なので大きすぎて使えないなど、日本人の体型に合っていない問題もあるほか、例えば骨粗鬆症の患者さんの場合だと、骨が弱く引っかかりがないので、手術が終わる前に抜けてしまうケースもあります。これらの問題を解決するのが、今回開発した脊椎インプラントなのです」


脊椎インプラントについて

脊椎固定術が2次元での固定だったのに対して、菅原氏が開発した脊椎インプラントは3次元で骨に固定するもの。患者の脊椎データをもとに設計し、3Dプリンターでチタン製のカバーを作成。一人ひとりの骨の形に合わせたテーラーメイドなので、しっかり固定される。棘突起から椎弓にかけてカバーするため接触面が大きく、ネジでは固定できなかった軟らかい骨にも対応できるのが特徴だ。3次元で固定することで、振動を受けても上下左右にずれないため、500万回実施した力学試験でも抜けなかった。

現在はAの固定具での臨床使用が始まっているが、Bより可動域の広いバネタイプの制動具の薬事申請が通り次第、交換していくことも可能である。バネで調整ができるようになれば、隣接椎間病変も起きにくくなると菅原氏は考えている。手術時間は30分程度、切開範囲が狭いため入院期間も短くなる。脊椎インプラントについての菅原氏の論文発表を受けて、国内外からは「待ってました!」の声が挙がった。

留学先の米国での経験が開発に尽力するきっかけに

ネジでの脊椎固定術は30年以上にわたって行われており、これまで目立った進化のなかった分野。今回開発された脊椎インプラントは、劇的な変化をもたらすものである。菅原氏はどのようにして発想したのだろうか。

「私の中では飛躍した発想ではなくて、2次元で留めているものを3次元で留めたらどうか、という自然な考えでした。ただ、医療器具の開発に積極的に取り組むようになったのは、米国での経験が影響しているでしょうね」

米国には二度留学している。一度目は、ペンシルバニア医科大学の神経生物学講座に2年間。胎仔神経組織移植による脊髄損傷治療の基礎研究に力を入れ、途中、ウクライナにあるキエフ脳神経外科病院でヒト同種中枢神経移植にも携わった。二度目はスタンフォード大学の脳神経外科学講座に3年間留学し、脳虚血と脊髄損傷の研究に取り組んだ。当時住んでいたシリコンバレーで、ベンチャー企業を経営する友人と出会ったことが開発に向かうきっかけとなった。

「友人はPCR装置というDNAを増幅させる機器を改良し、それまで1時間かかっていた解析を5分でできるようにしたのです。生物化学兵器によるテロや感染対策のためには短時間で解析する技術が必要とされていました。彼のラボを見にいったり、手伝ったりするうちに、自分の手で新しいものを作り出すフロンティア・スピリットに感銘を受けました」

もう一つ、米国で印象に残ったのが、医師の手技によって治療に大きな差が出ること。

「医師によってやり方が違えば、成績も違う。なぜ良い治療法を全ての病院でやらないのか、疑問を感じました。いかに医療技術が進んでも、最終的には医師の手技で決まってしまう。治療を標準化しなければならないと思うようになったのは、そのころからです」

専門分野外にも目を向け常にヒントを探す

帰国後、開発の道に足を踏み入れた菅原氏が今でも大切にしているのは、"全てに疑問を持つ"こと。

「今やっている方法が本当に良いものなのか。そこから考え始めます。実際に脊椎固定術は、"これが本当にベストな方法なのか?"と疑問のあるものでした」

疑問を解決するためには「なるべく多くのものを見るようにしている」と菅原氏は言う。

「例えば、医療機器の展示会では自分の専門分野だけでなく、心臓や消化器の機器も見る。他業種の工業製品についてもアンテナを張るなど、さまざまな技術の最新情報を集めます。それまで自分の頭の中で考えていたものが、どんな技術があれば実現可能なのか。常に考えておくことが大切です」

菅原氏が脊椎インプラントを考案した当初は、職人に頼んで1組ずつ削り出していたため、作るのに一ヶ月かかり、コストも100万円を超えていた。一旦は諦めかけたが、チタンを加工できる3Dプリンターの存在を知ったことで、開発は大きく前進。加工はわずか1日でできるようになり、コストも大幅に圧縮された。

「開発の核となる技術は自分で考え、実証実験を繰り返してからメーカーに持ち込みます。インプラントカバーは数社に持ち込んで、次々に断られました。最後に残った1社だけが実用化に向け力を貸してくれました」

新規医療機器の開発に積極的だったアムテックが製造・販売を引き受け、2011年の構想から8年の月日をかけて実用化にこぎつけた。

安全な標準治療を目指してより侵襲を抑える研究を

2019年7月に臨床での使用が始まった脊椎インプラント。今後、症例を積み重ねていくことでブレークスルーが起こるだろう。国内にいる脊椎変性疾患の患者400万人のうち、脊椎固定術の対象となる患者だけでも10万人は見込まれる。

「はじめは使い方について教育が必要だと思いますが、特殊な技術や機器が必要なく汎用性が非常に高いので、いずれは標準治療として広まるでしょう」

"全てに疑問を持つ"姿勢で、リスクの高かった治療法に新たな突破口を見いだした菅原氏。次なる取り組みもスタートしている。

「切開範囲をどこまで小さくできるかを追求し、より低侵襲な手術ができるよう改良を加えていくつもりです。私が医師になったばかりのころは、脳の急性期治療では開頭術が当たり前の時代でしたが、今では血管内治療が主流に。一つのやり方に固執せずに、バランス感覚を持って研究・開発を進めることが大事ではないでしょうか。医療は理想的で倫理的、理論的に正しい方向に進むはずです」

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2019年10月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

P R O F I L E

すがわら・たく
1989年 秋田大学医学部 卒業、秋田大学医学部 脳神経外科 入局
1992年 秋田大学医学部 脳神経外科 助手、米国ペンシルバニア医科大学 神経生物学講座 留学
1995年 医学博士号
1996年 日本脳神経外科学会 専門医
1998年 米国スタンフォード大学 脳神経外科学講座 留学
2003年 秋田大学医学部 脳神経外科 講師
2014年 秋田県立脳血管研究センター 脊髄脊椎外科 部長
2015年 秋田県立脳血管研究センター 医工学研究部長(兼任)
2019年 秋田県立循環器・脳脊髄センター、脊髄脊椎外科 部長、医工学研究センター長、副病院長