訪問診療クリニックで地域住民の終末期医療を支える 草野 超夫

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

天王山草野クリニック 院長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

家庭医のスキルを生かして在宅医療の道へ

「地域で困っている人を助けたい」という強い思いでクリニックを開設。

京都駅から電車で15分、大阪の高槻駅からは電車で10分とかからないところに位置する京都府乙訓群大山崎町(おとくにぐんおおやまざきちょう)。サントリーの山崎蒸溜所があることでも知られるこの地に、2021年4月に開設されたのが天王山草野クリニックだ。家庭医の草野 超夫氏が、「地域で困っている人を助けたい」という強い思いで始めた。町内を案内してもらうと、「ここはいつも子どもと来ている」「ここはよく鉄道ファンが集まる」と、この場所で生まれ育った草野氏の地元愛が伝わってくる。大山崎町は医療機関が極めて少なく、約1万6,000人の人口に対して、内科のクリニックは同院を含めわずか5軒。訪問診療を行う医師もほとんどいなかったため、「最期は京都か高槻にある病院に入院する」というのが、住民たちの前提になっていた。

「ここに訪問診療の医師がいれば、というニーズは肌で感じていました。ならば、私が身に付けてきた家庭医としてのスキルが役立つと思ったのです」

「何でも診る」診療で患者と家族の力になりたい

訪問診療では8km圏内を対象に、2人の常勤医師で60~70人の患者を担当している。草野氏のモットーは、家庭医として「何でも診る」こと。末期がんや認知症など在宅では受け入れが難しいとされている疾患にも対応し、腹水穿刺、留置カテーテルの管理、褥瘡処置、緩和ケアまで行う。患者の自宅である程度まで治療ができるように、持ち運びができるX線、エコー、心電図検査用の機器を用意している。開設からの1年で、すでに予想以上の手応えを感じていると草野氏は話す。

「全国のデータでは、訪問診療クリニックにおける看取り件数は年間平均3件といわれています。ここでは年間10件くらいはあるだろうと考えていたのですが、昨年は42人をご自宅で看取りました」

草野氏が「何でも診る」ことを大事にしているのは、自身の経験が影響している。高校3年生からの8年間、自宅で父親の介護をしていたのだ。脳梗塞とパーキンソン病を患っていた父に対して、思わず声を荒らげてしまったこともある、と振り返る。

「今の私が困っている患者さんやご家族の力になりたいと思うのは、その頃のつらかった体験があるからです」

草野氏の診療の基礎になっているのは、家庭医療学。患者一人一人が抱える背景や生活環境、希望を聞き出したうえで診療のゴールを設定する。それができないと、患者や家族が本当は何に困っているのかを見落としてしまうからだ。

「患者さんのご自宅から段ボール2箱分の薬が出てきたことがあります。『こんなん分からへんわ』と。そうした背景を知らずに、症状が良くならないからと、さらに薬を追加してしまっては、適切な治療はできませんよね」

そのような患者に対して、どうしても必要なもの以外をカットしたところ、症状が改善したケースもある。「何でも診る」ことで、複数の疾患を総合的に診断できるのだ。

医療の質を高める地域連携 医師が疲弊しない仕組みを

患者ごとのゴール設定に加えて、草野氏が大切にしているのが、提供する医療の質だ。天王山草野クリニックでは、ケアマネジャーや訪問看護師は雇用せず、地域の訪問看護ステーションや訪問リハビリテーション、介護スタッフと連携をとる体制だ。馴れ合いにならずに、お互いに意見を言い合える関係を築くことで、医療の質が上がると草野氏は考えている。

地域の中での連携体制には、もう一つメリットがある。例えば、がん末期の患者への麻酔薬の舌下投与、誤嚥性肺炎の患者への抗生剤の点滴などは、地域の訪問看護師に対応を依頼している。そのために必要な医療器具一式は、あらかじめ患者宅に置いておく。迅速な処置で患者の負担を減らせるだけでなく、医師の緊急呼び出しの件数も減らすことに成功している。普段から訪問看護師と緊密に連携をとっているからこそ、実現したシステムである。

「全てを自分たちでやろうとすると、医師も看護師も疲弊してしまいます。システムで工夫できるものは積極的に取り入れていく。長く続けていくための仕組みづくりが必要だと思います」

同院では在宅で看取りをした患者の家族に対して、グリーフケアをしているのも特徴だ。四十九日を過ぎてから遺族と話すことで、自身の診療について振り返る機会を設けている。遺族にうつが出やすい時期でもあり、精神状態をチェックする目的もある。

開設からわずか1年とは思えないほどの和気藹々とした雰囲気。
チームワークの良さが伝わってくる。

「でも、一番の理由は、遺されたご家族を放っておけないという私のおせっかいです」と笑顔で話す。地域に根ざした医療を実践している草野氏にとって、その魅力は何だろうか。

「患者さんやご家族と話し合ったゴールにうまくたどり着けたときに、達成感ややりがいを感じます。若い先生たちには、ぜひ『この地域の皆さんのために』という志を持って飛び込んできてほしいですね」

P R O F I L E
プロフィール写真

天王山草野クリニック 院長
草野 超夫/くさの・たつお

「本当に困っている人の力になりたい」と家庭医療専門医となり、在宅と外来を手掛けるクリニックを地元である京都府乙訓郡大山崎町に開業。緩和ケアや小児医療の研鑽を積み、グリーフケアにも着目。在宅医療に加え、週3回は外来を行っている。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2022年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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