病院と診療所の2つの視点から地域全体の医療を見る 天野 雅之

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

南奈良総合医療センター 総合診療科医長/教育研修センター 副センター長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/太田未来子

米国の総合診療医への憧れ 目指したのは地域医療の道

日本で総合診療医が求められ、活躍できる場は『地域』だった。

豊かな山々に囲まれた奈良県吉野郡。京都から電車でおよそ2時間弱の場所に南奈良総合医療センターはある。話を伺った天野 雅之氏は、地域の基幹病院に勤務しながら、へき地にある村の診療所の所長を兼務していた経験を持つ。天野氏が地域医療に興味を持ったのは、総合診療医になりたいと思ったことがきっかけだった。大学6年生でニューヨークに短期留学したときに出会った、桑間 雄一郎氏の働き方に衝撃を受けたという。

「午前中はご自身のクリニックで診療をして、午後からは病院のホスピタリストとして病棟の患者さんを診る。その姿がとても格好良かったんです。病院と診療所の両方で診療できる働き方があるのだと知りました」

診療所と病院を行き来しながら患者に寄り添う桑間氏は、天野氏にとって理想の医師像だった。

「日本で総合診療医がより求められていて、活躍できる場はどこだろう。それを考えた先に見つけたのが『地域』だったのです」

データをもとに「見える化」 真の医療ニーズに応える

医師になって3年目で赴任したのが、地域の「かかりつけ病院」として機能していた五條病院(現・南奈良総合医療センター)。

「高齢の患者さんをたくさん診るうちに、病気の治療だけでは解決できない問題が多くあると分かりました」

そのヒントになるのではと、北海道にある市中病院で家庭医療を実践していた佐藤 健太氏のもとへ見学に行った。家庭医療では、疾患だけでなく患者の家庭環境や社会的背景、趣味や生き方まで、全体像を捉えてアプローチをしていく。「これは面白い」と思った天野氏は、そこから独学で家庭医療学を学び、家庭医療専門医を取得した。

「五條病院にはへき地の診療所の所長を歴任された先生が何人もいました。地域医療の現場で必要な知恵や医師としての姿勢を教わったことで、自分の診療スタイルをつくっていきました」

さらに、自身もへき地にある野迫川村診療所の所長になると、地域医療の縦のつながりがはっきりと見えてきたという。野迫川村の人口は約360人で、村内の高齢者のほぼ全員が診療所を受診している。「患者さんの多くは80歳以上で、ほとんどが独居。ご近所さんにサポートをしてもらうなど、地域の中での支え合いが欠かせません」

急病や、病状悪化の際は南奈良総合医療センターへ搬送される。退院して自宅に帰るには、地域事情をよく知った医師が入院中から関わるほうがスムーズだと考えた。

そこで、天野氏が取り組んだのが、診療所運営の改革だ。週4日勤務を3日に減らし、その分を病院勤務に充てたのである。

「診療所を予約制にして、医師が必要な日数を『見える化』したところ、週3日で対応できることが分かりました。減らした1日を南奈良総合医療センターでの勤務に回すことで、野迫川村からの救急搬送や入院している患者さんをケアする時間を増やしたのです」

診療所の稼働日数が減ることに対して、地域住民からの反対はなかったのだろうか。

「村役場の方たちと何度も話し合いを重ねました。週3日になっても医療の質は下がらないこと、緊急時は救急搬送で対応できることを、データを示しながら説明しました」

医師がいない日は訪問看護を導入し、それにより地域の在宅医療が充実した。また結果的に、診療所の運営が黒字に転換するうれしい効果もあった。天野氏が取り組んだ「業務内容の見える化」は勉強会等で共有され、他のへき地診療所でも導入が検討され始めている。

地域で活躍できる医師を 人材育成に尽力

現在、天野氏が力を入れているのが、地域医療を支える医師たちの育成である。

「へき地の診療所は医師が一人で勤務しています。そのため個人の力量によって、地域の医療レベルが決まってしまう。ここでの教育が、南和地域の住民が受けられる医療の質に直結しているのです」

臨床研修医や専攻医の教育で特に重視しているのが「振り返り」。一人での診察にも耐えられる能力と現場ニーズに対する自己学習力を身に付けられるよう、一対一で丁寧に実施している。総合診療専門研修では、前半を同センターで、後半を診療所や小病院などより地域に密着した施設で経験を積むプログラムを組んでいる。

「当院は地域に唯一の急性期病院なので、患者さんが一手に集まってきます。自分が行った診療の結果がダイレクトに見えることが、やりがいにつながるのではないでしょうか」

また、初学者向けに総合診療について体系立ててまとめることにも力を入れている。その手段として、ビジネススクールに通ってMBAの学位を取得した。

「私は独学で学んできましたが、後輩たちに同じ苦労をさせたくはありません。誰でも学びやすいように総合診療・家庭医療の暗黙知を『見える化』して、近道をつくっていきたい」

経営学×家庭医療学の視点で、勉強会やセミナーの講師としても活躍中。

最後に、地域医療に携わる魅力を聞いた。

「とにかく楽しいです。今は総合診療について学べる環境があり、教えられる医師も増えています。共に学ぶ仲間もいますし、そうした人材が求められる地域の現場もたくさんある。若い人たちは安心して地域医療の道を目指してほしいと思います」

P R O F I L E
プロフィール写真

南奈良総合医療センター 総合診療科医長/教育研修センター 副センター長
天野 雅之/あまの・まさゆき

南奈良総合医療センターの総合診療科で勤務。「経営学×家庭医療学」の視点から「日常診療における価値共創」を目指し、病状説明や医療文書、コンサルテーションなどのデザインを手掛けている。2020年に『病状説明:ケースで学ぶハートとスキル』を上梓。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2022年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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