島の生活を楽しみながら地域住民に寄り添う診療を 有路 春香

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター附属 久高診療所

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/安藤梢 撮影/コスガ聡一

「いつか離島で働きたい」幼少期からの夢が実現

地域全体を見ることができる離島医療は、国際保健の分野にもつながる。

沖縄本島から高速船に乗り、約15分で到着する久高島。琉球の始祖アマミキヨが降り立ったという伝承から、「神の島」とも呼ばれている。その港から見えるのが、島で唯一の医療機関である久高診療所だ。

「小さな頃から沖縄の離島が好きで、いつかは島で働いてみたいと思っていました」

そう話すのは、久高診療所に赴任して1年になる有路 春香氏。消化器外科医の夫、登志紀氏と1歳になる息子の3人で久高島に暮らしている。医師として離島での勤務を希望したのは、有路氏の強い希望があったからだ。

きっかけになったのは、大学時代に当時、沖縄の離島で勤務していた長嶺 由衣子氏に出会ったこと。離島で生き生きと働く女性医師の存在を知り、「自分が求めているものはこれだ」と直感したという。

「もうビビッときてしまって(笑)。地域全体を見ることができる離島での医療は、私がもともと興味のあった国際保健の分野にもつながると思ったのです」

5年生になると沖縄県立中部病院へ見学に行き、初期臨床研修でプライマリ・ケアコースを選択。研修後、海外でのボランティア活動などを経て、2021年4月から久高島に赴任した。「いつか島で働きたい」という長年の夢をかなえたのである。

医療の枠を超えた連携でチャレンジができる環境

久高島での診療は朝8時半に始まる。多いときで1日15人ほどの外来診療を行い、月に1、2回は訪問診療をしている。約200人の島民を、夫婦2人で診る体制だ。島でも高齢化は進んでいるが、全国から小学6年生~中学3年生までの学生を受け入れる「久高島留学センター」があり、比較的子どもの割合が高いのが久高島の特徴である。有路氏に島の子どもたちの人数を聞くと、

「保育園児が5人、幼稚園児が6人、小学生が15人、中学生が12人います」

と迷いのない答えが返ってきた。診療所では、風邪や発熱、ケガなどの日常診療に加えて、学校健診や予防接種まで島の医療を支える役割を幅広く担う。有路氏は、住民に向けた医療情報の発信にも積極的だ。赴任した直後から「診療所便り」を作成し、市民健康講座を開催しているほか、小学生への仕事と生き方に関する講座、中学生への学習支援も行っている。

「市役所、保健所、学校との連携など、医療の枠を超えて小さなチャレンジが多くできるのが魅力で、やりがいを感じています」

地域に向けた取り組みとして、有路氏が力を入れているのが、高齢者への介護やリハビリテーション導入の呼び掛けである。

「介護サービスを受けられることを知らない人も多く、訪問リハビリもあまり浸透していなかったので、私が橋渡しをしています」

島での診療は、常に誰かに教えてもらえるような環境ではない。スキルアップのためにどんな努力をしているのだろうか。

「2カ月に1回は整形外科と眼科の先生が巡回診療に来てくださるので、直接手技を教えてもらっています。COVID-19でオンラインによるセミナーや勉強会が増えたのも、私にとってはプラスでした」

そうした学ぶ機会がある一方で、どうしても知識や技術のアップデートに関しては後れをとってしまうデメリットもある。だからこそ、数年ごとに人が入れ替わる沖縄の離島診療は、ベストな仕組みだと有路氏はいう。

島の文化や伝統を大切に 暮らしに寄り添う診療

取材中、くり返されたのが「この地域の文化を大切にしたい」という言葉。久高島には久高島ならではの文化や人間関係があり、その上に医療は成り立っている。

「例えばアルコール依存症の患者さんに対して、『お酒をやめましょう』と言うのは簡単ですが、お酒の付き合いでつながった島の人間関係を断ち切ることになってしまいます。治療のためだからと頭ごなしに否定はできません」

そこで心掛けたのが、患者の気持ちに寄り添うことだった。アルコール依存症の男性から「また仕事ができるようになりたい」という本音を引き出すと、「それを目標に頑張りましょう」と声を掛け続けた。すると、徐々にアルコール摂取量が減り、男性の症状は改善していったのである。

「島の人たちにとっては医療が全てではありません。私たち医療者が介入し過ぎるのではなく、何かあったときにサポートをするというスタンスを大事にしたいと思っています」

沖縄の離島医療では、親病院である沖縄県立南部医療センター・こども医療センターのバックアップ体制が、若い医師たちにとって大きな支えとなっている。2022年2月には久高島でもCOVID-19感染者が一気に増加。約200人の島民のうち30人以上が感染し、半数以上が濃厚接触者に。その際にも医師や看護師を派遣してもらうことで、島での診療を維持することができたのである。

久高島での経験を、また次の場所でも生かし続ける。

2022年4月からは順天堂大学大学院グローバルヘルスリサーチ教室に進み、オンラインで国際保健について学んでいる有路氏。今後の目標を聞いた。

「日本でも海外でも、医師が少なくて困っている地域に行き、そこで人々の健康や幸福に関わる仕事がしたい。久高島でチャレンジしてきた経験を、また次の場所でも生かしていきたいですね」

P R O F I L E
プロフィール写真

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター附属 久高診療所
有路 春香/ありじ・はるか

沖縄県立中部病院で初期研修修了後、海外でのボランティア活動やハワイ大学への留学を経て東京都内のクリニックに勤務。2021年より沖縄県久高島にある久高診療所に赴任。診療所では外来、緊急対応、予防接種、公衆衛生と幅広い役割を担っている。

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2022年7月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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