ITの力を借りて患者との対話を重視。長崎・五島で父の診療所を継ぎ、持続可能な医療を展開する消化器内科医 宮崎 岳大

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

山内診療所 院長

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/佐藤恵 撮影/松村琢磨

AI読影システムを活用し一人で高精度の診断が可能に

“AIは相棒でありライバル”と語る。

九州の最西端に位置し、129もの島を有する五島列島の中で、最も広大な面積を持つ福江島。キリシタン文化が色濃く残る島のほぼ中央、周囲を山に囲まれた盆地に立ち、24時間365日島の人々の健康を守っているのが山内診療所だ。

診療所のある五島市岐宿町は人口3,100人余り、高齢化率は約43%。一日の患者数は多い日で120~130人、取材時も高齢の患者を乗せた車が次から次へとやってきた。

山内診療所の院長である宮崎 岳大氏は、五島の医療をより良いものにするために、日本有数の消化器内科・総合内科を有するさまざまな病院で学び、内視鏡専門医・消化器病専門医を取得。2019年に呼吸器内科の専門医である父親から診療所を継いだ。まず取り組んだのは、胸部X線検査の読影をサポートするAIシステム「EIRL Chestnodule」の導入だった。

「レントゲンで肺がんがないと言い切るのには、かなりの経験と自信が必要。私の専門は消化器内科ですし、不安はありました。病院ではダブルチェックですが、クリニックではシングルチェックなので、とにかく見落としをなくしたかった」

ある日、患者が打撲による左胸の痛みを訴えた。レントゲンとエコーで左の肋骨骨折の所見を認め、患者に説明しようとしたその時、レントゲン写真の一部分が光っているのに気付いた。AIが、右胸の影を指摘していたのだ。呼吸器内科につなぎ、非結核性抗酸菌(NTM)症とわかって治療は事なきを得たが、AIに助けられた形となった。

「人間は左が痛いと言われたら、左を見てしまうんです。1分か30秒ほどの読影で『異常なし』と判断するのはかなりのリスクです。でも、AIのクオリティは常に一定。導入は正解でした」

レントゲンの読影については確実に力がついたと語る宮崎氏。現在はAIシステム「CADEYE」を搭載した胃カメラ・大腸カメラによる検査も年に800件ほど行っており、“AIは相棒でありライバル”と語る。

「一瞬しか映らない大腸のひだの裏も、AIはチェックしてくれます。ただ、色調変化のないポリープを見るのは苦手。私が発見した後に『ピン』とAIの警告音がして光ると、『勝った』と」

高感度に設定されているAIは、医師が使いこなしてこそ。指摘されるまま全てに対応していたら、過剰医療に至る恐れがある。

「AIの特性を知ったうえで読影のトレーニングをし、実際のがんの所見をインプットしていないと、適切な診断ができない。日々の勉強は欠かせません」

同院では、コロナ前からオンライン診療や電子カルテも導入している。当初、スタッフはIT化に否定的で、前院長である父は「パソコンは苦手だ」と一蹴。そこで、音声認識システム「AmiVoice」の導入を決めた。

「父は、しゃべってカルテに入力できる便利さを実感して変わりました。AIの読影も『俺より上かも、すごいな』なんて(笑)」

人を見て、人に寄り添う 心から親身になれる医療

父親から引き継いだ信条は「人を見る(診る)こと」。しかし、ITによる効率化や利便性の向上は時に“人間不在”を引き起こす。都会で患者に背を向けてキーボードを叩く医師を多く見てきたからこそ、宮崎氏はITの適材適所を強調する。

「カルテの記入や紹介状の作成など、作業的なところはITを使って効率化する。その分、目を合わせて話を聞いたり、聴診器を当てたり、患部に触れたりすることに時間を使っています。家庭医療ではそれが一番大事なので」

診察中、泣き始めた高齢患者がいた。理由を聞くと、「初めて目を見てくれたから」。がんを患い大きな病院に通ったが、医師はまったく顔を見ず、思い切って質問したら怒られたと言う。

「ここは医療だけじゃない。それは当院に研修に来てくださる先生たちにも言っています。患者さんの満足度を上げるには、心を通わせたコミュニケーションが必要。だからITの力を借りるんです」

患者とは一期一会で、専門性の高い都会型医療と異なり、地域医療は生活文化や人間関係といった“日常”と共にある。腰痛の原因が斜面になった農場での草刈りであることや、熱中症の原因が炎天下での農薬散布であることは十分に想像できる。だから、宮崎氏の第一声は「そんなことやめなさい」ではなく、「そうだよね、あれは大変だよね」なのだ。

「やるなって言うのは簡単。でも、生活がかかっていることを知っている。そして私も農業をやっているからこそ、共感して親身になれる。それが地域医療の良さであり楽しさです」

しかし、着任したばかりの研修医は、患者たちの“日常”がなかなか理解できない。そこで宮崎氏は、研修医とともに農作業を行った。すると、それまでは農業で腰を痛めた患者に「そんなことしてたら動けなくなりますよ、やめてくださいね」と言っていた研修医が、「ああ、あれは腰痛くなるよね」と言うのが隣の診察室から聞こえてきた。

「同じことを経験すると、いかに大変かがわかる。共感ってそこから始まるんです」

病気に関しては医師と患者。しかし、農業の話になると患者は大先輩。診察中、宮崎氏が米作りや野菜作り、畜産の相談をすることもあるという。そばにいた看護師が、「先生の話が長くなりすぎて心配になることもあるんですよ」と笑う。

「糖尿病の指導をして『薬を増やそうか』と言った後で、『子牛が生まれたんだけど、いつから飼料あげればいい?』と聞いたりして。相手は筋金入りの専門家ですから、丁寧に教えてくれる。心強いですよ」

医師と患者である前に、人と人。そんな、シンプルで当たり前の交流がここにある。

スタッフの働きやすさのために「改革」ではなく「継続」が重要

院長は医師であると同時に経営者でもあり、財務とスタッフマネジメントも宮崎氏の仕事。父親の代からの信用もあり、経営面での問題はほとんどなかった。思案の種は、スタッフマネジメント。父親と共に働いてきた人たちが高齢化し、院長交代とスタッフの代替わりが重なった。マニュアル化できない業務の引き継ぎ、患者対応の意識合わせ、スタッフの関係づくりなど課題は山積。定着するまで1年ほど要したという。

「とにかくスタッフの話を聞くように心がけました。今では、看護師さんがこういう声かけをしてくれたからここに来ていると言ってくれる患者さんもいて、いい形になっています」

長く働いてもらうためには、働きやすくすること。今年1月からは診療時間を変更し、早く帰れる体制を整えた。宮崎氏の口から「働き方改革」という言葉が出ないのは、働きやすさの工夫は「改革」というドラスティックなものではなく、「継続」して取り組み続ける課題であり、終わりはないからだ。「ずっと考えている」という宮崎氏の言葉に誠意が見える。

「スタッフ個々の事情はだいたい把握しているので、お子さんがいる人が早く帰れるようにとか、親の介護をしている人の負担を軽くできないかとか、みんなが楽になることを意識しています。あそこで働きたいと言われるクリニックにしたい。そのために何をしたらいいかを考えてきましたし、今も考え続けています」

内閣府の「高齢化の推移と将来推計」によると、2025年には全国的な高齢化率が約30%に達する。高齢者は複数の疾患を抱え、複数の病院に通うことで、ポリファーマシーも起こりやすい。だからこそ、これからの医師はジェネラリストであることが求められると宮崎氏は言う。

「大学病院などではスペシャリストが必要。でも、地域の病院やクリニックでは広くカバーできる医師が診て、必要に応じて専門医につなぐという形にすれば、患者さんの負担も軽減できるし医療費削減にもつながります」

宮崎氏によると、医師が在宅医療に二の足を踏む理由の一つに夜中の死亡確認があるという。確かに、昼夜を問わずリアルタイムで行っていたら、医師の体がもたず医療に支障をきたしかねない。宮崎氏は施設の職員と話し合い、施設で夜中に亡くなった場合は職員が硬直予防などの対応をし、死亡確認は夜が明けてから行うことで合意した。自宅で亡くなった場合は夜中でも駆け付けるが、それほど頻繁ではない。

「夜中に行かないからといって、ご家族からクレームを受けたことはありません。死亡確認は夜が明けてからにする、それを社会全体が受け入れることが大事。多死社会に向けて持続可能な医療を考える時期に来ていると思います」

長期的視野を持って医療に取り組む宮崎氏に、影響を与えた人物が二人いる。一人は、飯塚病院の特任副院長であり、総合診療科の立役者でもある井村 洋氏だ。「総合診療科の医師なら緩和ケアの知識・技術は必須」という井村氏の下で学んだ宮崎氏は、島に戻った時にその意味を痛感した。

「消化器内科医として多くのがん患者を治療してきましたが、緩和ケアに必要な技術は別物。プライマリ・ケアには終末期の対応が欠かせません。20年以上前から緩和ケアに言及されていた井村先生を尊敬しています」

もう一人は、父親の宮崎 昭行氏だ。昭行氏は、食糧問題や伝統技術の継承など、人間社会の未来を見据えた問題意識を強く持つ人である。その影響を受けて、長男の岳大氏は医師に、次男と三男はそれぞれ木桶職人、鍛冶職人になった。

五島の豊かな自然の中で、家族と共に米作りや季節の野菜・果実の
栽培を行うことがリフレッシュに。

「この地に必要な医療をどう残すか。先々を見据えた視点を持つことの大切さは、身に染みています」

IT化をはじめとする新しい取り組みに意欲的な宮崎氏のモットーは、「やってダメならやめればいい」。それが、先の時間がたくさんある若い医師の強みだ。

こうした島の地域医療に興味を持つ多くの研修医がここに学びに来る。そんな環境は、宮崎氏にとっても大きな刺激となり、学びを継続する励みになっているという。

「学生や研修医たちと、教えたり教えられたりしながら共に成長し、患者さんにいい医療を提供したい。地域医療はその実践に最適な場です」

P R O F I L E
プロフィール写真

山内診療所 院長
宮崎 岳大/みやざき・たけひろ

2009 東北大学医学部 卒業/飯塚病院 総合診療科
2015 東京ベイ・浦安市川医療センター
2018 長崎県五島中央病院
2019 山内診療所・五島中央病院 非常勤

資格

日本内科学会 専門医
日本内視鏡学会 専門医
日本消化器病学会 専門医

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2024年5月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

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