生まれ育った秋田で総合診療医となる道を切り開く。日本一高齢化率の高い地で患者や家族との関係性を重視した医療を追究する若きリーダー 髙橋 琴乃

医師のキャリアコラム[地域に根ざした医療に奮闘する医師たち]

秋田大学 総合診療· 検査診断学講座 医員

聞き手/ドクターズマガジン編集部 文/佐藤恵 撮影/緒方一貴

待っているだけでは学べない 研修は手探りの連続だった

自分なりに調べて勉強しても、分からないこともある。
だから、常にできることを全てやる。

秋田で生まれ育ち、秋田で学び、秋田で医師になった髙橋 琴乃氏は、純度100%の秋田の総合診療医だ。高齢化率が全国1位であり医師不足にも悩む同県では総合診療医に期待が寄せられているが、実状は厳しい。2018年からの新専門医制度により19番目の基本領域として総合診療が加わったものの、総合診療医の育成についてはいまだ各自治体で試行錯誤が続いており、秋田も例外ではない。髙橋氏が秋田大学アカデミック総合診療医育成プログラムの専攻医として研修をスタートしたのは2019年。当時の秋田では4施設で研修プログラムを実施していたが、2022年までの5年間で研修に参加したのは髙橋氏を含め三人。「研修は手探りの連続でした」と振り返る。

「指導のノウハウも土台もなく、ゼロから作り上げてきたので、専門医取得のために何が必要なのか、何をどう学ぶべきかを自分で情報収集し、考えていく必要がありました。専攻医の同期や先輩が近くにいないのは思っていた以上に大変でした」

総合診療では、疾患や治療といった医学的な領域以外に、患者中心の医療、家族志向ケアの知識も必要。だが、教科書や論文を読んで身に付くものではない。

「ある程度一般化されたアプローチはありますが、適用については患者さんによって違います。どんなふうに患者さんから話を聞き、どうやって治療を組み立て、どう多職種連携していくかを学ぶのに、何から調べればいいのか悩みました」

医師となった今でも、分からなくてつまずくことはしばしば。総合診療医は患者のさまざまな訴えを聞いて診断をつけ、自分が対応すべきか専門医に紹介すべきかを判断し治療を進めていくが、場合によっては診断自体がつけられないこともある。

「患者さんが何度診察に来られても、状況を変えられない時はへこみます。自分なりに突き詰めて調べて勉強しても、分からないこともある。だから、常にできることを全てやる。それしかありません」

研修医時代から、進んで知識や情報をつかんできた。迷っても、壁にぶつかっても、自分で立ち上がらなければ何も変わらないことは骨身に染みている。しなやかで朗らかな表情の裏には、故郷の患者を救いたいという強い思いと、自ら道を切り開くパイオニア精神が息づいている。

患者の選択肢を増やすべく多職種連携で取り組む医療

総合診療医は一般内科医の一人として捉えられることもあるが、髙橋氏は内科医との違いをこう語る。

「総合診療医は、疾患だけを診るのではありません。患者さんの個性や生活背景を踏まえて、患者さんと家族にとって最善な治療方針をつくり上げて実践する。私たちは、そういう患者中心の医療を体系的に学んでいます」

髙橋氏は、秋田大学アカデミック総合診療医育成プログラムにて、新専門医制度下初の修了生として総合診療専門医となった。患者に「ウチでは診られません」と言わなくていいのが総合診療医の強みだと言うが、“総合”の“専門”という矛盾を孕む言葉に戸惑いはある。医師としてのアイデンティティを模索しながらも、患者の人生に寄り添うこの仕事にプライドとやりがいを感じている。

「患者さんの人生に寄り添おうとするなら、その人を好きになって、強く関心を持って関わることが大事だと思います。患者さんとの関係性は、総合診療医の財産。小児から高齢者まで、あらゆる患者さんを診るので、人生のどんなフェーズにも関われるのが醍醐味です」

高齢化が進む一方のこの国では、病院や介護施設の受け入れが限界を超えつつある。加えて、秋田には医療へのアクセスが困難な地域も多い。病院や施設ではなく、自宅で最期を迎えたいと願う人たちのためにできることは何か――。その問題意識の原点には、髙橋氏が初めて在宅看取りを行った患者の存在がある。患者は中心静脈カテーテルや胆管ドレナージなど医療的な処置も多かったが、本人と長男夫婦の意向により最期まで自宅で過ごした。髙橋氏は主治医として訪問看護や包括ケアのスタッフと連携し、初診から看取りまでを初めて一人で担当した。

「ご家族がとても献身的で、訪問診療はいつも温かい雰囲気でした。最期まで家で看るという強い覚悟を持っていらっしゃるご家族はなかなかいないので、貴重な経験でした」

一方、訪問診療を提案しても、施設や病院での治療を希望する家族も少なくない。訪問診療の情報がなく、イメージがわかないこともあるが、どんなにサポートを受けたとしても家族の負担が大きいことに変わりはないからだ。しかし、本当は家で過ごしたくてもできない人がたくさんいるに違いない。

「患者さんや家族が本当はどうしたいのか、それが選べるようにしたい。患者さんが選択肢を持てることが大切です」

訪問診療を学べる環境をつくり 後進の育成にも貢献したい

今後の夢は、訪問診療の施設を造ること。もちろん、患者や患者家族のためでもあるが、後進の育成も視野に入れている。

「秋田の研修プログラムには、訪問診療をメインに研修できる施設がありません。また、診療所の研修先も1か所しかない。こういった患者さんとの距離が近い小規模施設の研修先を増やせたらいいなと思います。私自身、訪問診療が好きなので、より多く関わりたい思いもあります」

2020年には、秋田で総合診療専門医研修を統一した「GPNET(東北日本海側総合診療医絆ネットワーク)」が立ち上がった。県として総合診療医の育成に本腰を入れたことで、髙橋氏を追うように後輩たちが増えてきた。

「現在は後輩が3人、2024年度にはまた1人増える予定です。2年連続で専攻医が入るのは秋田ではすごいこと」

中学3年で医師を志し、当時は総合診療医という言葉さえ知らなかったが「なんでも診られる医師」になろうと決意した髙橋氏。臓器別の専門医としてキャリアを積んでから総合診療医になる道もあるが、はじめから総合診療医を目指した理由を聞くと、快活な答えが返ってきた。

「常に幅広く新しい知識をインプットする必要があるので、若いうちに学んだ方が良いと思いました。あとは、医師としての診療スタイルが固まる前に、総合診療医や家庭医の“疾患ベースではなく人間ベース”の診療スタイルを身に付けたかった」

現在の勤務先の市立大森病院にて。

総合診療医は絶対数が少ないため、セミナーや家庭医の集まりなどに積極的に参加し、同じ志の仲間とできるだけ情報交換するようにしているという。また、毎週秋田大学で指導医とのミーティングを行っており、難しい症例などについてアドバイスをもらっている。

“受け身”だったことは一度もない。「教えてもらえない」と愚痴を言ったこともない。「その都度調べて勉強して、次回の診療に生かすことの繰り返し」が当たり前だから。この先もずっと秋田の地に腰を据え、総合診療をけん引しようとする若きリーダーは、とことん気骨のある人だ。

P R O F I L E
プロフィール写真

秋田大学 総合診療· 検査診断学講座 医員
髙橋 琴乃/たかはし・ことの

2017 秋田大学医学部 卒業/秋田赤十字病院 初期研修
2019 秋田大学医学部附属病院 専門医研修
2020 秋田赤十字病院
2021 男鹿みなと市民病院
2022 市立大森病院

資格

日本専門医機構認定 総合診療専門医

※こちらの記事は、ドクターズマガジン2024年5月号から転載しています。
経歴等は取材当時のものです。

新たなキャリアの可能性を広げましょう

「チャレンジをしたい」「こういった働き方をしたい」を民間医局がサポートします。
求人を単にご紹介するだけでなく、「先生にとって最適な選択肢」を一緒に考えます。

ご相談はこちらから