Vol.005 細菌感染の徴候を見きわめ、早期に適切な措置を

~研修医であることは医師の過失を免責する理由とはならない~

最高裁第二小法廷 平成13年6月8日判決
平成9年(オ)第968号 損害賠償請求事件(判例タイムズ1073号145頁)
協力:「医療問題弁護団」木下 正一郎弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A(当時20歳)は、平成2年8月17日午後0時10分ころ、高熱の金属プレス機ローラー部分に両手を挟まれて両手圧挫創の傷害を負い救急車でD病院に搬送された。Aの両手は、高度のはく脱挫滅をきたし、受傷時に着用していた手袋の繊維やローラーの機械油などにより著しく汚染された状態であった。D病院にて両手に付着していた手袋繊維の除去・消毒などの措置をとり抗生剤テストのうえ、抗生剤の投与と創洗浄を行った。

D病院整形外科の研修医B医師が主治医となり、同日午後2時45分ころから、緊急手術が開始された。医師らは、Aの右手の圧挫創を、洗浄・消毒したうえ、壊死組織・挫滅組織を切除するなど、約2時間を費やして術前の創傷清拭(デブリードマン)を行った。その後、同医師らは、午後4時55分ころから右手の有茎植皮術等の手術を施行し、左手についても、洗浄・汚染された挫滅組織の除去の後、縫合による創閉鎖が行われた。さらに、術後の感染予防を目的として、パニマイシン等の抗生剤が投与された。手術終了時点で、右手について感染が、左手について手指の壊死が懸念されたが、D病院の医師らは、できるだけAの手指の機能を保存・再建する方向で治療にあたることにした。

翌18日に右手に多量の黄色のしん出液・左手に多量の出血・38度を超える発熱が認められ、同月23日にはたん白・潜血をともなう尿混濁が認められた。CRP検査の値(正常値0.4未満)が最高13.2であった。24日には、パニマイシンによる腎機能障害が疑われたことから、他の抗生剤に変更された。

同月27日のAの看護記録の欄には、「何の熱か、感染?」との細菌感染を懸念する趣旨の記載があった。

同月30日、Aの右手に刺激臭をともなう黄緑色のしん出液が多量に認められ、B医師は、担当教授から感染に対する処置を的確にとるよう指示された。同日、Aの創部に緑のう菌に有効とされる軟膏が塗布され、うみの細菌学的検査が行われた。

9月1日、抗生剤がモダシンに変更され、パニマイシンの創部への散布が行われた。

同月3日、呼吸困難が認められ、翌4日には、8月30日の細菌検査の結果が判明し、緑のう菌及び腸球菌が検出された。そこで、9月6日からペントシリンが投与され、Aの発熱は徐々に減退し、同月4日以降、おおむね37度未満の平熱に落ち着くようになり、右手のしん出液及び刺激臭も減少し、6日には消失した。

しかし、両手各部に壊死が進行したため、同月10日、消毒・壊死部の除去が行われ、右手の皮弁切離術及び左手小指の小指断端形成術がそれぞれ施行された。翌11日のCRP値は依然高く、同日から再び壊死が認められた。

同月21日、Aの右手に緑黄色のしん出液が認められ、感染の可能性が疑われたので、右手の壊死部の切除が行われ、同日及び翌22日には、ペントシリンの創部への散布が行われた。この結果、同月23日には、右手の緑黄色のしん出液は消失した。

同月26日、両手各部に顕著な壊死が認められたため、B医師は、右母指の再建のための処置を施行した後、両手の有茎植皮術を施行した。

9月27日以降、高熱がつづき、10月1日夜には、悪寒・戦りつ・吐き気・けん怠感も著明となった。

10月2日午前、頻呼吸が認められ、頭痛及び胸部不快の強い訴えがあったため、同日午後、D病院のC内科医師の診察したところ、敗血症によるエンドトキシンショックが疑われた。同日夜Aは、呼吸停止及び心停止状態となり死亡した。

Aの両親は、D病院の医師には、細菌感染症に対する適切な予防措置を講ずべきであったのにこれを怠り、細菌検査を長期間行わず、感染していた緑のう菌に有効な抗生剤を投与しなかったこと等の注意義務違反があり、そのためAが死亡するにいたったと主張した。

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第1審判決

-岐阜地裁 平成7年10月12日判決-
平成4年(ワ)第297号損害賠償請求事件(判例タイムズ907号 229頁)

医師の注意義務違反を認める


Aは、D病院の担当医らのゴールデンアワー内(受傷後6時間内)あるいはその後の洗浄・消毒・デブリードマンの各処置を十分に行わなかった注意義務違反(過失)により、9月26日有茎植皮術の施行によって敗血症性の重篤な細菌感染症に罹患し、呼吸障害ないしは呼吸機能の低下をきたしたこと(第1審判決では、前記事件内容に摘示していない医療行為についても過失が認められているが、本稿では触れない)を要因とする呼吸不全により、呼吸停止及び心停止状態となり死亡したものと認められた。

第2審判決

-名古屋高裁 平成9年2月26日判決-
平成7年(ネ)第873号 損害賠償請求事件

両親の請求を全面棄却


D病院の医師に細菌感染症に対する予防措置についての注意義務違反はなかったとして、Aの両親の請求を全面棄却した。

もっとも適切な抗生剤はある程度の試行錯誤を経て発見されるのが通例であるところ、同月24日の抗生剤の変更は、同月23日に行った尿検査の結果、パニマイシンによる腎機能障害が疑われたことによるもので、その時点における判断としてはやむを得ないものであったと考えられ、さらに、同月30日まで創部の細菌検査が実施されなかったことについては、できる限り早期の検査実施が望ましいとはいうものの細菌感染を疑わせるうみ状のものや刺激臭が現れていなかった以上、不適切な措置とまでは言えない。9月4日に細菌検査の結果が出され、Aの創部から緑のう菌及び腸球菌を検出するや、ただちに感受性の認められたペントリシンの投与に切り替えられ、その結果、Aの創部の刺激臭及びしん出液はほぼ消失するにいたっていることを考慮すると、有茎植皮術が行われた同月26日までの治療期間中におけるD病院の医師による抗生剤投与は適切であったと認められ、D病院の医師の注意義務違反を認めることはできないとした。

最高裁判決

高裁判決を破棄し原審に差し戻し


重い外傷の治療を行う医師としては、創の細菌感染から重篤な細菌感染症にいたる可能性を考慮に入れつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症にいたることを予防すべき注意義務を負うものと言わなければならない。

(1)受傷時のAの創は著しく汚染された状態であり、D病院の医師が8月17日に行われた緊急手術の終了時点で細菌感染の懸念を有しており、(2)翌18日に右手に多量の黄色のしん出液が認められ、(3)抗生剤が投与されている状態の下で、緊急手術後1週間経過してもなお37度を超える発熱が継続する等細菌感染を疑わせる症状が出現しているにもかかわらず、緊急手術後13日目にあたる同月30日になって初めて創部の細菌検査を実施したというのであり、さらに同月27日のAの看護記録には、細菌感染を懸念する趣旨の記載があることがうかがわれることにもかんがみれば、D病院の医師には、細菌検査を行った同月30日より前の時点において創の細菌感染を疑い、細菌感染の有無・感染細菌の特定及び抗生剤の感受性判定のための検査をし、その結果を踏まえて、感染細菌に対する感受性の強い適切な抗生物質の投与等の細菌感染症に対する予防措置を講ずべき注意義務があったものと言うべきである。

そして、9月6日以降23日までに緑のう菌感染による症状が消失や発現を繰り返しているが、Aの敗血症の原因となった緑のう菌感染は、8月に既に感染していた緑のう菌が耐性を持って再び活動し始めた可能性があり、9月26日の有茎植皮術において生じたとは考えにくいと第一審判決との違いを示した。とすれば、D病院の医師が同月30日より前の時点において、創の細菌感染を疑い細菌感染症による重篤な結果を回避すべく、前記の措置を講じていれば、Aが本件死亡時点においてなお生存していた蓋然性をただちに否定することはできないと言うべきである。

そこで、原判決を破棄し、D病院の医師においてAの細菌感染を予見し得るべきであった時期及びその予見にもとづき重篤な細菌感染症を免れるために講ずべき予防措置並びにびにその予防措置が講じられていたならば、Aが死亡時点においてなお生存していた蓋然性の有無・程度等につき、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

判例に学ぶ

医療機関は、そもそも細菌感染しないようにすべき注意義務と、患者が細菌感染に罹患してしまった場合により重篤となることを防止するため、検査等により細菌感染の有無を確認し起炎菌を同定し、これを原因とする感染症に対する適切な措置を講ずる注意義務を負うと考えられる。患者が重い外傷を負い、細菌感染が懸念される事案では、細菌感染を起こしてしまうことはあるとしても、その後の経過において感染症を発症したときに対応できるようにして、細菌感染の徴候が現れた場合には速やかに適切な措置をとらなければならない。

また、研修医であることは医師の過失を免責する理由とはならないことも知っておきたい事です。