高裁判決を破棄し原審に差し戻し
重い外傷の治療を行う医師としては、創の細菌感染から重篤な細菌感染症にいたる可能性を考慮に入れつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症にいたることを予防すべき注意義務を負うものと言わなければならない。
(1)受傷時のAの創は著しく汚染された状態であり、D病院の医師が8月17日に行われた緊急手術の終了時点で細菌感染の懸念を有しており、(2)翌18日に右手に多量の黄色のしん出液が認められ、(3)抗生剤が投与されている状態の下で、緊急手術後1週間経過してもなお37度を超える発熱が継続する等細菌感染を疑わせる症状が出現しているにもかかわらず、緊急手術後13日目にあたる同月30日になって初めて創部の細菌検査を実施したというのであり、さらに同月27日のAの看護記録には、細菌感染を懸念する趣旨の記載があることがうかがわれることにもかんがみれば、D病院の医師には、細菌検査を行った同月30日より前の時点において創の細菌感染を疑い、細菌感染の有無・感染細菌の特定及び抗生剤の感受性判定のための検査をし、その結果を踏まえて、感染細菌に対する感受性の強い適切な抗生物質の投与等の細菌感染症に対する予防措置を講ずべき注意義務があったものと言うべきである。
そして、9月6日以降23日までに緑のう菌感染による症状が消失や発現を繰り返しているが、Aの敗血症の原因となった緑のう菌感染は、8月に既に感染していた緑のう菌が耐性を持って再び活動し始めた可能性があり、9月26日の有茎植皮術において生じたとは考えにくいと第一審判決との違いを示した。とすれば、D病院の医師が同月30日より前の時点において、創の細菌感染を疑い細菌感染症による重篤な結果を回避すべく、前記の措置を講じていれば、Aが本件死亡時点においてなお生存していた蓋然性をただちに否定することはできないと言うべきである。
そこで、原判決を破棄し、D病院の医師においてAの細菌感染を予見し得るべきであった時期及びその予見にもとづき重篤な細菌感染症を免れるために講ずべき予防措置並びにびにその予防措置が講じられていたならば、Aが死亡時点においてなお生存していた蓋然性の有無・程度等につき、さらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。