Vol.003 薬剤投与に関しては副作用を要チェック!

~薬剤の副作用を予見・回避すべき義務を負っているとみなされた事例~

最高裁判所平成14年11月08日判決
(平成12年(受)第1556号:破棄差戻し)
協力:「医療問題弁護団」武田 志穂弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X(昭和42年7月7日生)は、昭和61年1月末ころから心因性のもうろう状態に陥り、2月7日にY・Zらの開業するA病院を訪れた。診療にあたったYは、「もうろう状態」と診断し、Xに対しフェノバルビタール製剤(以下フェノバール)等を処方した。その後、Xは2月12日には「もうろう状態・病的心因性」の診断を受けA病院へ入院した。

3月半ばころ、Xの顔面に発赤・手足に発疹が生じるなどし、Zは投与中の薬剤のうち、テグレトールによる薬疹を疑いその投与の中止をした。しかし、翌日以降も全身に湿疹が見られるなどXの皮膚症状は改善しなかった。

その後、Xが突然大声をあげるなど不穏な症状が見られたことから、3月29日からYはフェノバールを2錠(60㎎)から4錠(120㎎)に増量して投与した。

そして、Xの精神症状が落ち着いたこともあって、Yは4月8日からフェノバールの投与を4錠(120㎎)から3錠(90㎎)に減量した。

ところが、Xは顔面の発赤・両手背部の皮膚がむけるなど皮膚粘膜症状が悪化し、同月13日からチアノーゼ様・悪寒の症状が加わり、同月15日には、38度を超える発熱があり、全身が紫斑様を呈し、全身に浮腫・顔面も浮腫様で落屑が認められた。

そこでY、Zは他の病院の3名の医師にXの診察を依頼したところ、3名とも薬疹の疑いがあると判断をしたため、Zは、4月18日に向精神薬について投与の全面中止を命じた。

その後、Xは4月21日B病院に転院し、薬物による副作用が疑われ、皮膚症状・高熱等に対する治療が中心的に行われたが、Xの高熱は依然持続した。同月23日には、下痢症状が現れ、皮膚症状も悪化し、口唇粘膜のびらん・眼充血・眼脂分泌増加等の眼症状も現れた。同月24日には、眼脂多量との臨床所見が認められた。

そして、Xは4月28日C病院に転院した。同病院入院時には、格別の精神症状はなかったが、ほぼ全身に発赤・落屑・皮膚の脆弱性が見られ、体温は39.5度あり、両眼に角膜潰瘍・混濁が認められた。C病院は薬剤の副作用を疑い、それに対応する治療がなされたが、5月1日右眼の角膜穿孔・左眼の角膜潰瘍が認められた。

そして同月13日、左眼にも角膜穿孔を起こし、その後、解熱傾向を示し、皮膚状態は寛解に向かったが、眼症状は角膜穿孔によりほぼ失明状態となった。

Xは、現在精神症状は回復したものの、右眼が光覚のみ、左眼の視力が0.01(矯正不能)という視覚障害が後遺症として残り、平成元年11月に眼障害による視覚害3級の身体障害者手帳の交付を受け、平成2年6月には等級が1級に更新された。  Xは、A病院の医師Y及びZから入院中に投与された向精神薬の副作用によってStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)を発症し失明した旨主張して、Y及びZに対し不法行為または債務不履行にもとづく損害賠償として、合計5000万円の支払を求めた。


<Xの本件症候群発症の時期・原因>


薬剤の副作用については、一般に原因薬剤を除去すれば症状が軽快することが多く、また、副作用が発生した時期の1~2週間前から投与された薬剤がその原因としてもっとも疑わしいとされる。本件において、テグレトールはXの全身症状が急激に悪化した4月13日ないし同月15日から2週間以上も前の3月20日に投与が中止されていること・これに対しフェノバールはXの全身症状急変のほぼ2週間前の同月29日から2倍に増量して投与されてきたことなどに照らし、Xの本件症候群の症状のひとつとしての眼症状は、フェノバールの副作用を原因として発症したものと推認された。


<フェノバールについて>


フェノバールは催眠・鎮静・抗けいれん剤であり、副作用としてまれにスティーブンス・ジョンソン症候群が現れることがある。

1986年3月当時のフェノバールの添付文書には、「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症、ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止すること。(2)皮膚まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)・LYell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行いこのような症状があらわれた場合には投与を中止すること。」と記載されていた。

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原審判決

医師の過失を否定


広島高等裁判所は、以下の4点から総合考慮し、医師の裁量の範囲を越えないものと判示した。

1. 精神薬を全面的に中止すれば、精神症状が急激に悪化する危険性があった。

2. 精神科薬物療法においては、副作用の出現を認めた場合、使用薬剤の全面中止をすることは稀であって、副作用を起こす可能性のもっとも高い薬剤を中止して経過を観察する方法が取られるのが一般的である。

3. 一般の精神科医が有する知識・経験等によっては、Xの本件症候群の発症を予測することはできなかった。

4. 薬疹の頻度の高いテグレトールの投与を中止して、薬疹の経過の観察を始めた。本件薬剤を投与することによりXの不穏な行動等を抑制する効果を期待することには合理性が認められる。3月29日に本件薬剤を2倍に増量したことは、テグレトールの投与を中止したことにともない、向精神薬の処方を変更していたところ、Xが突然大声をあげるなど不穏な症状が見られたことに対処したものと認められる。フェノバールを減量した時点で、Xの精神状態を見れば結果的に安定していたとしても、当該時点でそういう判断が可能であったと即断することはできない。向精神薬の投与を中止するためには、精神症状の推移に当該薬剤の果たしている効果や投与を中止する反作用として患者に生じ得る症状の変化等に対する慎重な配慮が必要であり、精神症状の安定には本件薬剤の増量が寄与している可能性も考慮に入れる必要がある。同様の理由により、本件薬剤の投与を継続した医師の判断にも、裁量の範囲を逸脱があるとすることはできない。

しかし、最高裁の判決は、原審の判断は是認することができないとした。

最高裁判決

原審に差し戻し


1. 薬剤投与に際しての医師の義務について
精神科医は、向精神薬(この場合はフェバノール)を治療に用いる場合、当該薬剤の副作用については、常にこれを念頭において治療にあたるべきであり、向精神薬の副作用についての医療上の知見については、その最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照するなど、当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があると言うべきである。

2. Y・Zの具体的予見義務等について
本件においては、3月20日に当該薬剤の副作用と疑われる発疹等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから、テグレトールによる薬疹のみならずフェノバールによる副作用も疑い、その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても、当時の医学的知見において、過敏症状が本件添付文書に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば、本件医師らは、過敏症の発生を認めたのであるから、十分な経過観察を行い過敏症状または皮膚症状の軽快が認められないときは、フェノバールの投与を中止して経過を観察するなど、本件症候群の発生を予見・回避すべき義務を負っていたものと言わなければならない。

3. フェノバールの投与による失明について本件医師らの過失の有無
当時の医療上の知見にもとづき、フェノバールにより過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無・程度・移行を具体的に予見すべき時期・移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し、これらを基礎として、本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。
原審は以上の点をなんら確定することなく本件医師らに本件症候群の発症を回避するためのフェノバールの投与中止義務違反等はないものと判断し本件医師らの過失を否定しているので、原判決には、フェノバールの投与についての本件医師らの過失に関する法令の解釈適用を誤った結果、審理不尽の違法があるとした。

<参考判例:ペルカミンSショック事件 最高裁平成8年1月23日判決>


事故の起きた1974年当時の医療慣行にもとづいた麻酔管理を行い、結果的に当時7歳になる児童が脳機能低下症に陥って重篤な後遺症を残した事件である。当時のペルカミンS(麻酔剤)の添付文書には「注入後10~15分までは2分間隔に血圧を測定する」との記載があったが、実際には医師は看護婦に5分間隔の血圧測定を指示していた。

この事件において最高裁は、「医師が医薬品を使用するに当たって医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」としたうえで、「仮に当時の一般の開業医がこれに記載された注意事項を守らず、血圧の測定は5分間隔で行うのを常識としそのように実践していたとしても、それは平均的医師が現に行っていた当時の医療慣行であるというに過ぎず、これに従った医療行為を行ったというだけでは医療機関に要求される医療水準に基づいた注意義務を尽くしたものということはできない」と判示した。

判例に学ぶ

最高裁は、薬剤投与における副作用の注意義務を厳しく認定しています。また、参考判例から見てもわかるように、ほかの医師が普通にやっていること(医療慣行)を行っていれば大丈夫ということはありません。少なくとも添付文書はまめにチェックし、それに記載されていることはきちんと実践しないと過失が認定されてしまう可能性はかなり高いと言えるでしょう。