X(昭和42年7月7日生)は、昭和61年1月末ころから心因性のもうろう状態に陥り、2月7日にY・Zらの開業するA病院を訪れた。診療にあたったYは、「もうろう状態」と診断し、Xに対しフェノバルビタール製剤(以下フェノバール)等を処方した。その後、Xは2月12日には「もうろう状態・病的心因性」の診断を受けA病院へ入院した。
3月半ばころ、Xの顔面に発赤・手足に発疹が生じるなどし、Zは投与中の薬剤のうち、テグレトールによる薬疹を疑いその投与の中止をした。しかし、翌日以降も全身に湿疹が見られるなどXの皮膚症状は改善しなかった。
その後、Xが突然大声をあげるなど不穏な症状が見られたことから、3月29日からYはフェノバールを2錠(60㎎)から4錠(120㎎)に増量して投与した。
そして、Xの精神症状が落ち着いたこともあって、Yは4月8日からフェノバールの投与を4錠(120㎎)から3錠(90㎎)に減量した。
ところが、Xは顔面の発赤・両手背部の皮膚がむけるなど皮膚粘膜症状が悪化し、同月13日からチアノーゼ様・悪寒の症状が加わり、同月15日には、38度を超える発熱があり、全身が紫斑様を呈し、全身に浮腫・顔面も浮腫様で落屑が認められた。
そこでY、Zは他の病院の3名の医師にXの診察を依頼したところ、3名とも薬疹の疑いがあると判断をしたため、Zは、4月18日に向精神薬について投与の全面中止を命じた。
その後、Xは4月21日B病院に転院し、薬物による副作用が疑われ、皮膚症状・高熱等に対する治療が中心的に行われたが、Xの高熱は依然持続した。同月23日には、下痢症状が現れ、皮膚症状も悪化し、口唇粘膜のびらん・眼充血・眼脂分泌増加等の眼症状も現れた。同月24日には、眼脂多量との臨床所見が認められた。
そして、Xは4月28日C病院に転院した。同病院入院時には、格別の精神症状はなかったが、ほぼ全身に発赤・落屑・皮膚の脆弱性が見られ、体温は39.5度あり、両眼に角膜潰瘍・混濁が認められた。C病院は薬剤の副作用を疑い、それに対応する治療がなされたが、5月1日右眼の角膜穿孔・左眼の角膜潰瘍が認められた。
そして同月13日、左眼にも角膜穿孔を起こし、その後、解熱傾向を示し、皮膚状態は寛解に向かったが、眼症状は角膜穿孔によりほぼ失明状態となった。
Xは、現在精神症状は回復したものの、右眼が光覚のみ、左眼の視力が0.01(矯正不能)という視覚障害が後遺症として残り、平成元年11月に眼障害による視覚害3級の身体障害者手帳の交付を受け、平成2年6月には等級が1級に更新された。 Xは、A病院の医師Y及びZから入院中に投与された向精神薬の副作用によってStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)を発症し失明した旨主張して、Y及びZに対し不法行為または債務不履行にもとづく損害賠償として、合計5000万円の支払を求めた。
<Xの本件症候群発症の時期・原因>
薬剤の副作用については、一般に原因薬剤を除去すれば症状が軽快することが多く、また、副作用が発生した時期の1~2週間前から投与された薬剤がその原因としてもっとも疑わしいとされる。本件において、テグレトールはXの全身症状が急激に悪化した4月13日ないし同月15日から2週間以上も前の3月20日に投与が中止されていること・これに対しフェノバールはXの全身症状急変のほぼ2週間前の同月29日から2倍に増量して投与されてきたことなどに照らし、Xの本件症候群の症状のひとつとしての眼症状は、フェノバールの副作用を原因として発症したものと推認された。
<フェノバールについて>
フェノバールは催眠・鎮静・抗けいれん剤であり、副作用としてまれにスティーブンス・ジョンソン症候群が現れることがある。
1986年3月当時のフェノバールの添付文書には、「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症、ときに猩紅熱様・麻疹様・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には投与を中止すること。(2)皮膚まれにStevens-Johnson症候群(皮膚粘膜眼症候群)・LYell症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行いこのような症状があらわれた場合には投与を中止すること。」と記載されていた。