D医師に過失があると認める
<空気抜き口の閉鎖が行われた時刻について>
被告の主張に対して裁判所は、第1段階の空気抜き操作は適切に行われたが、第2段階の空気抜き操作は13時35分から長くても5分程度しか行われなかったと判断した。すなわち、第2段階の空気向き操作についてD医師は、13時35分ころに脈圧がでた後も30分程度は空気抜き操作を行った旨主張しているが、本件手術においては遅くとも13時40分までには大動脈基部の空気抜き操作は長くても5分程度しか行われなかったものと認めるのが相当であると判断した。
なぜなら30分程度の空気抜き操作を行ったと主張するD医師の証言内容はあいまいであり、証拠として採用できなかったからである。第1にD医師自身、冠動脈に空気が走ったのを認めたのは空気抜き口を閉鎖した直後である旨を証言しているところ、証拠中の麻酔記録によると瞳孔の異常が認められたのは13時35~40分の間であり、しかも冠動脈に空気が走ったのを認めたD医師が麻酔医に対して注意を促したところ、その後に麻酔医から瞳孔の異常を報告されたのは証拠上明らかであるから、遅くとも13時40分に麻酔医によって瞳孔の異常が報告された時点ではD医師が空気抜き口を閉鎖していた・第2に被告は、「手術記録は外科医が行う手技をまとめて書くものであって時間を追って書くものではない」旨主張するが、本件の手術記録は「この時点で」どのような処置を行ったというように時間的関係を意識した記載がなされているのであるから、被告の一般論としての主張は上記認定の妨げにはならいない・第3にD医師は左房圧モニターラインを設置した時間と空気抜き口を閉鎖した時間とは近似した時間であると証言しているところ、証拠中の看護婦が記載した手術経過記録によると左房圧モニターラインを設置した時刻は13時32分であることが認められるので、この時刻に近接した時間帯に空気抜き口が閉鎖されたと認めるのが自然であるとされる。
<空気抜き口からの空気抜き操作にかける時間が適切であったか否かについて>
操作時間の適切さについて裁判所は、第1段階の空気抜き操作が十分行われていたとしても、第2段階の空気抜き操作を十分に行わなくてはならないと判断を下した。
すなわち、鑑定書・証言によれば、本件手術のように左心系に切開口を有する心臓手術の場合、それ以外の心臓手術の場合とくらべて、空気栓塞が発生しやすいとされていることから空気抜き操作もより慎重かつ十分に行う必要があり、第2段階の空気抜き操作にかける時間としては、第1段階における空気抜き操作が十分行われていることを前提に30分は必要であると認めるのが相当である。そうであるとすると、本件手術の場合、脈圧が出始めたのが13時35分ころであるから少なくとも14時すぎころまでは大動脈基部の空気抜き口を開けたままにしておいて空気抜き操作をつづけるべきであったと言わざるをえない。それにもかかわらず、遅くとも13時40分ころまでには空気抜き口を閉鎖してしまったD医師には空気抜き口の閉鎖が早すぎた過失があるものを認めるのが相当であるとした。