Vol.008 安易なステロイド剤投与への警鐘

~副作用が予想される投薬の注意義務を怠った事例~

盛岡地裁 平成15年2月14日判決
平成11年(ワ)第235号 損害賠償請求事件(判例集未登載)
協力:「医療問題弁護団」澤藤 統一郎弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

ステロイド剤は、多方面で著効ありとされる。しかし、その副作用も頻発している。死にいたる副作用症例も少なくない。当然にステロイドの投与については、慎重な配慮が要求される。

本件判決は、患者のステロイド副作用死事故に関して、医療側の責任を認めたものである。ステロイド剤の使用方法に関して、臨床への重大な警鐘として紹介したい。

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事件内容

A(当時21歳)は、眼がかすむ・耳鳴りがするという症状を自覚して、X県立病院眼科を受診した。診断は「原田病」という自己免疫疾患で、通常、その治療にはステロイド剤の大量投与がなされる。

Aは入院してステロイド治療を受けることになった。平成8年9月22日から10日間のリンデロンの点滴・次いでプレドニンの内服投与が実施される。そして、プレドニゾロン換算で、最初は160mg/日から始まって漸減し、10月15日までの累計投与量は1740mgとなった。

10月6日には視力も、そうとう程度回復し退院も間近とされていたが、13日に異変が明らかとなる。まず腰痛が出現し、14日には激烈な腰背部痛となる。これに腹痛の症状が加わって医師が首を傾げる。15日には内科へ転科とされるが、格別の診療の進展は見られない。皮疹があって水痘が疑われたが、皮膚科医の診断で「ステロイドアクネ」との結論となった。

症状の改善ないままAは10月16日に亡くなった。

死亡原因

死亡診断書には、死因としてDICだけが記載されている。しかし、本件では解剖が実施され、その結果剖検診断は「全身性水痘」とされた。また、解剖記録には「免疫抑制状態高度」・「原田病にステロイドが投与された治療後の状態」とも付記されている。

つまり、本件は原田病への治療として行われたステロイド大量投与が患者に高度免疫抑制状態をもたらし、そのため水痘帯状疱疹ウィルス(VZV)との接触が内臓を侵蝕する重篤な全身性水痘症となって、死亡にいたったという症例である。

たまたま、Aは幼児期に水痘罹患を経験していない。成年者の水痘が重篤化することも、免疫抑制状態の水痘が重篤化することも(添付文書にはないが)臨床の常識であった。しかし、Aは、ステロイドの大量投与を行うに際して、水痘罹患歴の有無を確認されていない。

本件の特質と問題点

本件事故当時、我が国ではステロイド大量投与における水痘死亡事故の症例報告は法廷に提出された文献の限りで、昭和59年の1例のみであった。そして、全ステロイド剤の添付文書が次のとおりに改正されたのは、平成14年9月になってからのことである。 [重要な基本的注意] 特に、本剤投与中に水痘または麻疹に感染すると、致命的な経過をたどることがあるので、次の注意が必要である。

(1)本剤投与前に水痘または麻疹の既往や予防接種の有無を確認すること。
(2)水痘または麻疹の既往のない患者においては、水痘または麻疹への感染を極力防ぐよう常に十分な配慮と観察を行うこと。感染が疑われる場合や感染した場合には、ただちに受診するよう指導し、適切な処置を講ずること。

被告病院側は、本件はこの改訂前の時期における医療事故であって、これを根拠に医師の責任を問いえないとした。

また、被告病院は、本件水痘は腰痛や背部痛から発症している。この症状を水痘の前駆症状として把握することは、到底困難とも強調した。

「何が起こったのかを正確に知りたい」との要望から、遺族側は証拠保全手続きでカルテの写しを入手したうえ、弁護士立ち会いでのカルテの記載についての説明を求めた。しかし、「すでに遺族への説明は十分にしている」として、病院側からの説明会開催を拒絶されたため、県を相手に提訴に踏み切った。

判決

本件病院医師の責任を肯定


本件病院医師の責任の存否に関しての訴訟の争点は以下のとおり多岐にわたる。

(1)Aに本件治療の適応があったか否か
(2)本件治療で投与されたステロイド剤の量が不適切でなかったか否か
(3)水痘罹患歴確認義務違反の存否
(4)水痘感染防止義務違反の存否
(5)水痘罹患早期発見義務違反の存否
(6)本件病院の医師に説明義務違反があったか否か
(7)本件病院の義務違反とAの水痘罹患との因果関係の存否

判決はこのうち、(1)・(2)・(6)を否定し、(4)・(7)を肯定した。なお、その他の(3)・(5)については必要がないとして判断を回避した。

判決は、まず「ステロイド剤大量投与による副作用の危険性」を吟味する。

リンデロンやプレドニンの能書には、当時から「誘発感染症等の重篤な副作用があらわれることがあるので、……投与中は副作用の出現に対し、常に十分な配慮と観察を行う」よう記載されていた。多数の文献に、「重症の副作用のひとつに感染症の誘発があり、致命的な結果をもたらしうるので、投与前に既往歴に注意し、副作用の発現を予防する義務がある」・「感染症の誘発・増悪は、メジャー・サイドイフェクトの中で最も高頻度に見られるもので、1975年の統計によれば、ステロイド使用患者のうち約25%に見られたという。しかも、重篤化して死に直結する可能性の高い副作用である」・「ステロイドの大量投与による免疫機能の低下により、通常はほとんど病原性を持たない種々の微生物による日和見感染がしばしば見られる」・「水痘・ヘルペスウィルスに対して抗体を保有しない患者では、時に全身への蔓延によって重篤化することもあり得る」などと記載されていたことを指摘し、これを根拠として次のとおり注意義務を定式化した。

「医療機関としては、一般的に、入院患者が感染症に感染することがないように必要な予防策を講じる義務があることはもとよりであるが、前記のような免疫抑制効果を有し、感染症の誘発・悪化の危険性を有するステロイド剤を大量に投与する場合には、その投与を受けた患者の易感染性にも配慮した上、代表的な病原体の特徴的な感染経路に照らして通常とり得る適切な予防措置を講じて、その患者への感染自体を防止すべき注意義務があるものというべきである」。

この原則を水痘感染予防に当てはめて、判決は「水痘は空気感染をするものの、水痘感染を防ぐためには、患者を無菌室などに収容するまでの必要はなく、個室に収容した上で外出禁止・面会謝絶の措置をとれば足りこと・家族などと面会の必要がある場合には、水痘ワクチンの接種によって対処すべきであること・その程度の予防策によって水痘罹患を防ぐことができる可能性が高いこと・このような措置をとるのに特別に高度の知識や技術が要求されるものではないことが認められる」とした。結局、「個室への収容」・「外出禁止」・「面会謝絶」・「病室の出入りに際しての消毒措置の指示」などの措置をとらなかったことを医師の具体的な過失として認定したのである。

判例に学ぶ

判決が、「水痘感染防止義務違反」を認めたことの意味は小さくありません。

認めた根拠は、ステロイド剤投与が水痘罹患を引き起こし、重症化する危険性が、とうてい無視しえないというところにあります。しかも、今回のケースではステロイド投与に先立って問診や抗体価検査の実施による水痘罹患歴の確認もなされていません。原田病の予後が生命にかかわることはなく、失明にいたることも考えられず、本件はステロイド剤の大量投与という治療さえなければ、患者の死亡という結末にはならなかったはずです。この事情のもとにおいて判決は、「医療機関としては、ステロイド剤の大量投与を受けている患者に水痘が発症してから事後的に治療を施すことだけでは十分ではなく、それ以前にその患者に水痘が感染すること自体を極力防止することが治療の一貫として必要になる」・「たとえ、当時能書に個々の感染症に対する具体的な予防策について記載がなされていなかったとしても、それらの薬剤を使用する医師としては、感染力が強い感染症である水痘の誘発とそれに伴う危険性を予見した上、必要と考えられる適切な予防策を講じるべき注意義務があったものというべきである」と明快に言う。

ここには、医師の注意義務の客観化という立場が強く意識されています。医療現場の慣行に従ってさえいれば良しということにはならないのです。患者の人命や健康被害をなくすために、その時代の医学の知見で何をなすべきか、が出発点となるべきでしょう。

ステロイド剤の大量投与による免疫抑制状態が生ずれば、いったん水痘に罹患すると、きわめて危険な事態となりえます。早期発見・早期治療に期待することはできません。だから、水痘に罹患しないよう感染防止の注意をしなさい、ということです。

この判決には被告である県が控訴して、現在、高裁で控訴審継続中ですが、控訴審の成り行き如何にかかわらず、この判決は安易なステロイド投与への警鐘となるものであり、さらに副作用が予想される投薬一般における医師の注意義務のあり方についても、その射程に置くものでしょう。