本件病院医師の責任を肯定
本件病院医師の責任の存否に関しての訴訟の争点は以下のとおり多岐にわたる。
(1)Aに本件治療の適応があったか否か
(2)本件治療で投与されたステロイド剤の量が不適切でなかったか否か
(3)水痘罹患歴確認義務違反の存否
(4)水痘感染防止義務違反の存否
(5)水痘罹患早期発見義務違反の存否
(6)本件病院の医師に説明義務違反があったか否か
(7)本件病院の義務違反とAの水痘罹患との因果関係の存否
判決はこのうち、(1)・(2)・(6)を否定し、(4)・(7)を肯定した。なお、その他の(3)・(5)については必要がないとして判断を回避した。
判決は、まず「ステロイド剤大量投与による副作用の危険性」を吟味する。
リンデロンやプレドニンの能書には、当時から「誘発感染症等の重篤な副作用があらわれることがあるので、……投与中は副作用の出現に対し、常に十分な配慮と観察を行う」よう記載されていた。多数の文献に、「重症の副作用のひとつに感染症の誘発があり、致命的な結果をもたらしうるので、投与前に既往歴に注意し、副作用の発現を予防する義務がある」・「感染症の誘発・増悪は、メジャー・サイドイフェクトの中で最も高頻度に見られるもので、1975年の統計によれば、ステロイド使用患者のうち約25%に見られたという。しかも、重篤化して死に直結する可能性の高い副作用である」・「ステロイドの大量投与による免疫機能の低下により、通常はほとんど病原性を持たない種々の微生物による日和見感染がしばしば見られる」・「水痘・ヘルペスウィルスに対して抗体を保有しない患者では、時に全身への蔓延によって重篤化することもあり得る」などと記載されていたことを指摘し、これを根拠として次のとおり注意義務を定式化した。
「医療機関としては、一般的に、入院患者が感染症に感染することがないように必要な予防策を講じる義務があることはもとよりであるが、前記のような免疫抑制効果を有し、感染症の誘発・悪化の危険性を有するステロイド剤を大量に投与する場合には、その投与を受けた患者の易感染性にも配慮した上、代表的な病原体の特徴的な感染経路に照らして通常とり得る適切な予防措置を講じて、その患者への感染自体を防止すべき注意義務があるものというべきである」。
この原則を水痘感染予防に当てはめて、判決は「水痘は空気感染をするものの、水痘感染を防ぐためには、患者を無菌室などに収容するまでの必要はなく、個室に収容した上で外出禁止・面会謝絶の措置をとれば足りこと・家族などと面会の必要がある場合には、水痘ワクチンの接種によって対処すべきであること・その程度の予防策によって水痘罹患を防ぐことができる可能性が高いこと・このような措置をとるのに特別に高度の知識や技術が要求されるものではないことが認められる」とした。結局、「個室への収容」・「外出禁止」・「面会謝絶」・「病室の出入りに際しての消毒措置の指示」などの措置をとらなかったことを医師の具体的な過失として認定したのである。