Vol.009 多発的外傷患者はMRSA感染防止のため、適切な時期に手術を実施すべき

~大腿骨骨折の手術時期を誤り、骨髄炎を発症させた責任を認められた事例~

東京地裁平成13年10月31日判決
平成8年(ワ)第25649号 損害賠償請求事件(判例集未掲載)
協力:「医療問題弁護団」山田 勝彦弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Xは、平成3年6月26日深夜、飲酒のうえ、自家用車を運転中、他の自動車と正面衝突をし、その際、ブレーキペダルに両足首を挟まれて動けなくなるという事故に遭い、救急車でY病院の救命救急センターに運ばれ入院をした。その際、Xは出血性ショックの状態で搬送されており、右大腿骨骨折(非開放性)・右下腿骨骨折(非開放性)・左下腿骨骨折(開放性)などの傷害を負う、重度の多発外傷患者であった。

当時、Y病院では6名程度の緊急医療チームであるNグループがXの治療を担当した。 翌6月27日、Xに対して左下腿骨と右下腿骨にかかとより鋼線を挿入して牽引、右大腿骨も同じく鋼線にて牽引が行われた。

7月2日、Y病院のZ医師はXの手術をする予定で朝に回診をしたが、その時点で左下腿骨開放性骨折に感染が認められ発熱があったことなどから、手術は7月4日に延期された。7月3日は、左下腿骨骨折部から膿の排出があり、発赤・腫脹・発熱が見られたうえCRP値が上昇し、炎症反応があることが判明した。翌4日には手術予定直前の午後4時ころ「左下肢熱発発赤あり」との診断がされており、左下肢に細菌が感染しているものとみられた。ところが、Y病院のZ医師は同日、左下腿骨骨折の手術は延期したものの右大腿骨は予定通りに手術を施行した。

その際の手術の施行方法は、骨折部の皮膚を展開し逆行性でキュンチャー釘を挿入する方法によった。また、左下腿骨開放骨折の手術を試みたが、炎症徴候があったため創外固定を諦めた。

Xは7月19日、右大腿部の本件手術創部より膿が排出され、同部に骨髄炎発症が認められた。その後、連日左下腿部・右大腿部に生理食塩水による洗浄が行われたが、同月23日・24日に右大腿部から膿が排出され、24日には右大腿部の創部に貼っていたガーゼからMRSAが検出された。7月25日は創部からの膿排出はあまり軽減せず、26日はキュンチャー上部のろう孔に交通が認められ、キュンチャー釘の感染が認められた。Y病院の医師は8月20日、キュンチャー釘を抜去し、創外固定とした。

この間、終始、Y病院救命救急センターのNグループがXの治療を担当していた。

Xは、平成5年9月27日、右膝関節機能全廃・右足関節機能全廃で東京都の身体障害者3級との認定を受けた。右足は、左足にくらべて約11cm短くなっており、松葉杖での歩行も困難であった。このため妻など近親者の付添介護を必要とするにいたった。

そもそもXの右大腿骨骨折は非開放性であったから、その部分が直接、細菌に感染する危険性はなかった。しかるに、わざわざ骨折部を展開して空気にさらし、キュンチャー釘といった異物を挿入させてMRSAに感染させやすくし、そこでキュンチャー釘が感染巣となり左足の開放性骨折の部分から感染したMRSAが、血液を通じて血行性で感染した可能性が大きいと考えられる。

そこで、Xは、一般に医師は骨折部位を固定するに際し、骨折の状況・感染症の危険性等を考慮したうえで適切な時期に適切な固定方法を選択する注意義務を負うとして、Y病院を訴えた。

これに対しY病院は、手術に際し、機材等は十分に消毒しており、機材にMRSAのような起炎菌が付着していたということはなく、また一般に骨髄炎の感染経路には、(1)血行性のもの、(2)周囲の組織の炎症が波及するもの、及び(3)外交性のものがあるとされており、XのMRSA感染経路を特定することはできない。暫定的にせよギプス固定を施行したため、右下肢の関節拘縮が発生。右大腿骨の骨髄炎と関係があるのは右膝関節全廃のみであると主張した。

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争点

本件の主な争点は、(1)本件手術とMRSAの感染及び後遺障害との間の因果関係の有無、(2)本件手術についてのY病院の医師の過失の有無として、手術時期の判断を誤ったか・固定法の判断を誤ったか・手術手技の判断を誤ったか、である。

当事者の主張

<原告の主な主張>

(1)手術時期
本件手術の前日である平成3年7月3日、左下肢からの膿・同部の発赤・腫脹・発熱のほか、CRP値の上昇等炎症反応がみられ、翌4日には本件手術直前に「左下肢熱発発赤あり」との診断がされ、左下肢に細菌が感染していた。このようなときに右大腿部に観血的手術を施行すれば、血行性により、もしくは手術中に左下肢の細菌がキュンチャー釘や手術用具等に付着するなどして右大腿部に細菌が感染する危険性がきわめて高かった。さらに右大腿部は、すでに鋼線牽引がされており、この時期に手術をする必要はなかったが、Y病院のZ医師は漫然と予定された手術を施行した。

(2)固定法
仮に右大腿骨骨折について、この時期に固定をするなら、すでにきわめて高い感染があったのであるから、観血的な内固定術によるのではなくギプス固定等によるべきであった。

(3)手術手技
キュンチャー釘による内固定術を施行するのであれば、細菌感染の危険性がもっとも低い順行性打釘法によるべきであり、細菌感染の機会が高い逆行性打釘法によるべきではない。


<被告の主な主張>

(1)手術時期
Xは、出血性ショックの状態でY病院に搬入され、心筋挫傷や両下腿骨骨折・右大腿骨骨折を合併しており重度の多発外傷患者であった。そのため、初期治療としては、まず救命を目的とする大量輸液・呼吸管理等の治療を行い、次に、可能な限り早期に骨折による不安定をなくし、他の合併症の予防に努めることが必要だった。本件のXのCRP値は術前には減少傾向にあり、体温も低下傾向にあった。さらに7月2日に予定されていた手術を慎重を期して同月4日に延期している。よって、Y病院の医師の判断に誤りはない。

(2)固定法
大腿骨転子下骨折で転位の強い成人男子の場合、観血的な固定術がとられるのが通常であり、ギプス療法がとられることはない。

(3)手術手技について
本件のXにおいては両下肢骨を骨折していたため、牽引手術台に乗せて手術を施行することが困難であり、また牽引も難しく、やむなく逆行性打釘法が採られたのであり、手技選択の判断を誤ったということはない。

判決

手術時期の病院の過失を認定


裁判所は、(1)の因果関係について、本件手術が骨折部を切開して固定する術式であったこと・左下腿部に感染したMRSAが血行性で右大腿部に移行した可能性が高いことから、いずれにしても本件手術とMRSAの感染との間には因果関係があると認定した。また後遺障害については、右下肢機能全廃については認めなかったものの、右下肢11cmの短縮と右膝関節の著しい機能障害について因果関係を認めた。

(2)の過失については、本件手術の固定法、及び逆行性打釘法という手術手技がとられたことは、やむをえなかったものとし、その判断において誤っていることとはできないとして、この点の過失は認めなかった。

しかし、手術の時期については、以下のとおりY病院に過失を認めた。つまり本件当時、MRSAなど院内感染が大きな問題となっており、MRSAは特に免疫能が低下している重傷患者にとっては重篤な症状を引き起こす危険があり、しかも確かに増加傾向にあった。そのため、Y病院でも院内感染対策委員会においてMRSA感染対策マニュアルを作成するという事態にいたっていたこと・これに加えてY病院は、救命救命センターとして周辺地域から多数の重症患者が救急車で搬送されるという状態だった。これらの状況から、同院は本件右大腿骨骨折の治療にあたるについて、XがMRSA等の細菌に感染し骨髄炎に罹患することを未然に防止すべく、手術を実施すべき時期等の判断において細心の注意を払って治療にあたるべき注意義務があったところ、MRSA感染の危険性がきわめて高く術野または血行性の骨髄炎を起こす可能性がある時期に手術を施行したことが、かかる注意義務に違反したとしてY病院の過失を認めた。損害の認容金額は、60,959,180円であった。

判例に学ぶ

高度救命救急センターにおける多発外傷患者については、一般的に言えば可能な限り早期に固定を行い、肺合併症の回避・看護の困難性、及び牽引からの苦痛をなくすことが必要とされます。しかし、患者の容態が安定し、もはや多発的外傷の危機的状況を抜けた場合には、細菌感染や骨髄炎への罹患防止などを考慮して適切な時期に手術を実施すべきです。

本件では、患者の様態が安定した後も、引きつづき救命救急センターの医療チームによる骨折治療が行われていました。しかし、むしろ患者が危機的状況を抜け様態が安定した場合には、即座に専門医に引き渡し、当該疾患の専門的な治療を委ねるべきでしょう。