本件出産におけるYの過失を肯定
(名古屋高裁平成14年2月14日判決)
原判決を取り消し、Yに、X1らに対して合計3,604万5,986円の支払いを命じた。本判決ではAの死因である胎便吸引症候群の原因は、Aの胎児仮死(子宮内における低酸素状態)とその進行にともなって発症した重症代謝性アチドージスに起因するものであるとしたうえで、「吸引分娩開始から県立病院における鉗子分娩における娩出までの約3時間に、胎児の低酸素状態が持続したために代謝性アチドージスが進行し、胎便で混濁した羊水を吸引したものと推測するのが妥当であるが、それ以上に胎児仮死の発症時期を特定することは困難である」旨を述べた。そして、Yの施行した吸引分娩について、適応(X1の分娩第2期遷延)なく施行したとは考え難いとしたうえで、
(1)吸引分娩による牽引については、1回の牽引は2分までとし、3回程度の牽引で娩出させるように努め、時間は15分以内、最大30分以内とされており、また、この吸引分娩により娩出できなければ、ただちにそれに代わる他の急速遂娩術である鉗子分娩、あるいは帝王切開により可及的速やかに胎児を娩出させる必要があるとされている
(2)しかるに、(平成6年4月)24日午前9時30分に吸引分娩を開始し、午前10時20分までこれを反復したが児頭の位置は変わらずに下降せず、最初の吸引分娩の試行段階で頭血腫(吸引分娩の副作用とされるもの)が生じたと認められる
(3)このように吸引分娩により娩出できなかった原因について、カルテに記載のように24日午前7時に児頭の骨盤出口部下降があり、ステーションプラス2~3の位置にあるとした場合、午前9時30分から開始された吸引分娩を30分間以上、多数回にわたって実施しても娩出しないということはありえないことに照らすと、骨盤腔内にある児頭の高さはYが診断した骨盤出口部ではなく、もっと高いところにあったものと推測され、Yのこの点に関する診断は誤った可能性が強い。なお、県立病院では鉗子分娩で娩出されているが、吸引分娩開始後約3時間が経過して児頭が鉗子をかけ得る位置にまで下降した可能性が高い
などと述べ、Yによる吸引分娩実施及び他の急速遂娩不実施の間(約3時間)に胎児仮死を発症させたことを認めた。そして、次のとおり判示し、Yの過失及びAの死亡との間の因果関係を肯定した。
「Yには、X1の分娩第2期が遷延分娩の状態にあったのであるから、最大30分間に3回程度の吸引分娩の施行により娩出できなかった場合には、可及的速やかに鉗子分娩あるいは帝王切開という他の急速遂娩術を取るべき注意義務があり、かつY医院には帝王切開を実施するだけの人的設備はあったというにもかかわらず、これを怠り、吸引分娩に固執して漫然と約50分の間、多数回にわたりこれを反復したまま、鉗子分娩あるいは帝王切開という急速遂娩術をとらなかった過失により胎児仮死を発症させたものと認められる。そして、Yの前記過失がなければ、Aの胎児仮死とその進行にともなって発症した重症代謝性アチドージスに起因する胎便吸引症候群を原因とする死亡という事態は避けられたものと認められる」
*なお、鑑定人は、鉗子分娩で児を娩出していることから、CPDの存在については医学的に疑問であると述べている(参考文献後掲)。