Vol.010 ひとつの手技に固執せず、最善の方法を選択せよ

~急速遂娩の方法・選択に関し、医師の責任が認められた事例~

名古屋高裁平成14年2月14日判決
平11(ネ)八七九号損害賠償請求控訴事件(判例時報1813号91頁)

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

出産事故に関する訴訟は多い。その理由として、妊婦及びその家族は「無事に出産して当然」と思っているところに、児の死亡・障害といった重大な結果が生じること、医療機関側の分娩監視体制や緊急時の対応に不備が見受けられること、分娩誘発法や急速遂娩術などを適応と要約を十分に吟味することなく実施し、重大な結果を招いていることなどが挙げられる。今回は、急速遂娩術の選択に関する判例を紹介する。

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事件内容

本件は、「X1が医師Yの経営する医院(以下Y医院)において、Aを出産しようとしたところ、その出産がCPD(児頭骨盤不適合)を原因とする遷延分娩であったのに、YがCPDではないと誤診をし、分娩監視装置を使用しなかった結果、胎児仮死を予見できず、適切な時期に急速遂娩術を実施することを怠ったため、Aは仮死状態で出生し、胎便吸引症候群により死亡した」として、Aの両親であるX1及びX2が、Yに対して債務不履行または不法行為にもとづく損害賠償請求をした事案である。原審(岐阜地裁平成11年9月16日判決)はYの過失を認めず、請求を棄却したため、X1らが控訴した。

本件出産の経過

平成5年9月4日、X1はY医院を受診し、妊娠第8週と診察された。その後の経過は順調であった(平成6年4月21日当時のX1の身長は149cm、体重40kg、子宮底長38cm)。平成6年4月23日午後8時20分ごろ、X1は陣痛を訴えて、Y医院に入院。同月24日午前3時ごろに分娩室に入り、午前3時45分ごろに破水した。午前5時30分には子宮口が9~10cm開大、午前6時30分にはほぼ全開大の状態となった。同日午前9時30分ごろ、YはX1に対して吸引分娩を実施したが、胎児を娩出させることができなかった。

児は、啼泣なく、心拍数100以下、呼吸運動なし、筋緊張弛緩、反射運動顔をしかめる、皮膚色身体はピンク、四肢はチアノーゼであり、アプガースコアは3点であったほか、全身に胎便の付着が認められ、気管内洗浄、胎便の吸引、持続エアー吸引措置の治療が実施されたが、同日午後4時8分、胎便吸引症候群により死亡した。

なお、YはX1の分娩に際し、トラウベ聴診器やドップラー胎児心拍検出装置により胎児心音の間欠的聴取、胎児心拍数の間欠的観察をしていたが、本件分娩当時、Y医院には分娩監視装置が設置されていなかったため、これによる分娩監視はできなかった。

控訴人の主張

(1)分娩第2期(注:娩出期・子宮口全開大から胎児娩出までの期間、初産婦の場合の平均所要時間は1~2時間)は遷延しているが、その原因としてCPDの存在が指摘でき、Yにはこれを見落とした過失がある。

(2)Yは吸引分娩を試行しているが、これは児頭の高さを誤って判断したためであり、妥当でなく、児頭の下降度によって帝王切開もしくは鉗子分娩すべき症例であった。また、最初の吸引分娩試行段階で吸引分娩試行の禁忌とされる頭血腫が認められたにもかかわらず、短くとも約50分間で多数回にわたり吸引を反復するという吸引分娩施行上の過失がある。

その他、分娩監視装置の不使用それ自体の過失、上位医療機関との連携義務違反、提供できる医療についての説明義務違反などを主張した。

被控訴人の主張

CPDは存在せず、児頭はすでに骨盤と恥骨結合を通過し、出口部からも吸引分娩適応の位置まで下降していたものであり、当然に吸引分娩を実施すべき状況にあった。

また、X1には(平成6年)4月24日午前3時ごろに陣痛発作があり、分娩室に入室させたが、このときが分娩第1期(注:開口期・分娩開始<陣痛周期が約10分あるいは陣痛頻度が1時間に6回となった時点>から子宮口全開大<約10cm開大>までの期間、初産婦の場合は平均所要時間は10~12時間)の開始時期であり、児は同日午後0時31分に娩出されている。遷延分娩とは、分娩開始後初産婦においては30時間経過しても娩出にいたらないものを言うが、本件出産は遷延分娩ではない。

その他、分娩監視義務違反などを否定した。

判決

本件出産におけるYの過失を肯定

(名古屋高裁平成14年2月14日判決)

原判決を取り消し、Yに、X1らに対して合計3,604万5,986円の支払いを命じた。本判決ではAの死因である胎便吸引症候群の原因は、Aの胎児仮死(子宮内における低酸素状態)とその進行にともなって発症した重症代謝性アチドージスに起因するものであるとしたうえで、「吸引分娩開始から県立病院における鉗子分娩における娩出までの約3時間に、胎児の低酸素状態が持続したために代謝性アチドージスが進行し、胎便で混濁した羊水を吸引したものと推測するのが妥当であるが、それ以上に胎児仮死の発症時期を特定することは困難である」旨を述べた。そして、Yの施行した吸引分娩について、適応(X1の分娩第2期遷延)なく施行したとは考え難いとしたうえで、

(1)吸引分娩による牽引については、1回の牽引は2分までとし、3回程度の牽引で娩出させるように努め、時間は15分以内、最大30分以内とされており、また、この吸引分娩により娩出できなければ、ただちにそれに代わる他の急速遂娩術である鉗子分娩、あるいは帝王切開により可及的速やかに胎児を娩出させる必要があるとされている

(2)しかるに、(平成6年4月)24日午前9時30分に吸引分娩を開始し、午前10時20分までこれを反復したが児頭の位置は変わらずに下降せず、最初の吸引分娩の試行段階で頭血腫(吸引分娩の副作用とされるもの)が生じたと認められる

(3)このように吸引分娩により娩出できなかった原因について、カルテに記載のように24日午前7時に児頭の骨盤出口部下降があり、ステーションプラス2~3の位置にあるとした場合、午前9時30分から開始された吸引分娩を30分間以上、多数回にわたって実施しても娩出しないということはありえないことに照らすと、骨盤腔内にある児頭の高さはYが診断した骨盤出口部ではなく、もっと高いところにあったものと推測され、Yのこの点に関する診断は誤った可能性が強い。なお、県立病院では鉗子分娩で娩出されているが、吸引分娩開始後約3時間が経過して児頭が鉗子をかけ得る位置にまで下降した可能性が高い

などと述べ、Yによる吸引分娩実施及び他の急速遂娩不実施の間(約3時間)に胎児仮死を発症させたことを認めた。そして、次のとおり判示し、Yの過失及びAの死亡との間の因果関係を肯定した。

「Yには、X1の分娩第2期が遷延分娩の状態にあったのであるから、最大30分間に3回程度の吸引分娩の施行により娩出できなかった場合には、可及的速やかに鉗子分娩あるいは帝王切開という他の急速遂娩術を取るべき注意義務があり、かつY医院には帝王切開を実施するだけの人的設備はあったというにもかかわらず、これを怠り、吸引分娩に固執して漫然と約50分の間、多数回にわたりこれを反復したまま、鉗子分娩あるいは帝王切開という急速遂娩術をとらなかった過失により胎児仮死を発症させたものと認められる。そして、Yの前記過失がなければ、Aの胎児仮死とその進行にともなって発症した重症代謝性アチドージスに起因する胎便吸引症候群を原因とする死亡という事態は避けられたものと認められる」

*なお、鑑定人は、鉗子分娩で児を娩出していることから、CPDの存在については医学的に疑問であると述べている(参考文献後掲)。

判例に学ぶ

吸引分娩については、頭血腫、帽状腱膜下出血、頭蓋内出血など重大な副作用があることから、児頭の位置について十分下降していることを確認し(ステーションプラス2~3)、最高3回程度、時間15分以内、最大30分以内で娩出するようにしなければならないとされています。適応と要約を吟味して実施することは当然ですが、いったんとりかかった手技に固執せず、施行上の注意を忘れないようにすることは肝要です。


*参考文献
我妻堯著『鑑定からみた産科医療訴訟』(日本評論社)391~400ページ

本件訴訟で鑑定した著者が「鑑定書」を掲載している。本著は、産科医療事故の鑑定を通して、産科の医療関係者が何を注意すれば良いかを明らかにしており、事故防止のうえで、たいへん参考になる。