Vol.012 SASに対する外科手術の術後管理責任が認められた事例

~呼吸管理に困難が予測される患者の術後管理の重要性~

-仙台高裁 平成14年4月11日判決 (判例集未掲載)-
協力:「医療問題弁護団」安東 宏三弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

稲作経営を行う患者A(男性、当時44歳)は、平成4年2月以降、被告病院呼吸器内科(「いびき外来」を開設)のM医師を受診しており、睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断されたため、当初は減量と睡眠時に経鼻的持続陽圧呼吸(nCPAP)を行う内科的治療を受けた。nCPAPの効果はただちに現れ、装着直後から、たとえば無呼吸指数は58.8から1.8へ、最長無呼吸時間も119秒から16秒へと改善した。さらに、その後の継続的な使用により、Aは無呼吸指数0.4、最長無呼吸時間15秒にまで軽快していた。

他方で、Aは被告病院耳鼻科のY医師から、口蓋垂口蓋咽頭形成術(UPPP)の適応ありとの判断のもと、手術療法を勧められていた。A自身も就寝時に常に機器(nCPAP)を使用しなければならない煩雑さが解消できるメリットがあるとの説明を受けたため、「安全性に問題がないのであれば」と手術を受けることを最終的には承諾し、入院期間が2週間とのY医師の説明により農閑期を選んで被告病院に入院した。平成5年1月19日、AはY医師らの執刀によりUPPP手術を受けた(以下本件手術)。

術前所見では、Aは身長173cm、体重85kg、完全右脚ブロックがあり、扁桃や口蓋垂が肥大しており、舌が大きかった。

本件手術は、同日14時38分から17時15分までの間に行われたが、麻酔導入時に舌根沈下があり、マスクによる気道保持は困難であり、また術中Aの胸部はかなり固かった。

術後、Aは回復室に移されたが、回復室における17時52分の動脈血ガス分析の結果によれば、炭酸ガス分圧が73.2mmHgという高炭酸ガス血症の所見が認められた。ph7.24。ドプラム投与。18時25分にAが帰室した際には、血圧170/100、体温37.5度、脈拍110、酸素3Lだった。 以後、医師により4時間ごとの血圧測定が指示されていたが、看護記録上バイタルの記載が残っているのは20時20分(血圧150/90、体温37.7度、脈拍96)のみである。0時に酸素投与は中止されたが、1時30分頃から、次第にAの呼吸が荒くなった。

1月20日午前2時すぎ頃、付き添っていたAの妻から「Aが息をしていないようだ」と、ナースセンターに連絡が入った。その後、医師らにより救命蘇生措置が実施されるも、結局3時30分にAの死亡が確認された。

そこでAの遺族が診療契約の不履行ないし不法行為を理由として、損害賠償を請求するため提訴したところ、第1審裁判所、被告側控訴を受けた控訴審裁判所も、遺族の訴えを認め、総額9458万円の支払いを被告病院に命じた(ただし、判決理由は原審と控訴審で後記のとおり一部異なる)。

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当事者の主張

<原告の主張>
1. 死亡原因
(1)窒息説
Aは肥満体であり、本件手術後、麻酔侵襲により心肺機能が低下していた。また、Aは手術侵襲により気道に浮腫を生じ仰臥位で睡眠中に舌根沈下を起こし、あるいはSASの無呼吸発作を原因として、20日午前2時頃、窒息による仮死状態に陥っていた。ところが、その後、被告病院が行った蘇生術の際に食道が穿孔され、縦隔に大量の空気が送り込まれた結果、気胸・無気肺を起こして窒息した。

(2)致死性不整脈説
仮にそうでないとしても、Aは術後から換気不全が持続しており、交感神経系が優位になっていたところ、これに酸素投与の中止にともなう低酸素血症が合併し、多尿による血清カリウムの不足、術前からの虚血性心疾患の合併も加わって致死性不整脈(心室頻拍等)により死亡したものである。

2. 手術適応の誤り
UPPPの適応は閉塞型SASのうち、閉塞部位が中咽頭部にある場合に限られる。
本件では閉塞型との確定診断を行うこともなく、また閉塞部位の特定も行われないまま手術に踏み切っており、適応がない。

3. 説明義務違反
被告病院は、現在の症状とその原因、本件手術採用の理由、本件手術を行った場合の改善の見込み及び程度、本件手術の危険性、他の治療方法及びその場合の予後等につき、十分な説明をしていない。

4. 術後管理の過失
致死性不整脈説を前提としたとしても、致死性不整脈を引き起こす要因である高炭酸ガス血症及び呼吸性アシドーシスは、経鼻エアウエイの予防的挿入、酸素投与の継続のほか、バイタルサインの測定、定期的な動脈血ガスの測定、パルスオキシメーターによる監視等、適切な術後管理が行われていれば十分に防止ないし除去することができた。
窒息説を前提にしたとしても、同記のような一連の術後管理を行っていれば窒息による仮死を防止できた。

5. 蘇生術の失敗
(窒息説を前提に)食道穿孔により大量に縦隔に空気を送り込み、無気肺に陥らせなければ、確定的な死亡には至らなかった。

<被告の反論>
1. 死亡原因
病理解剖所見によれば、Aは心肥大や冠動脈の硬化狭窄のほか、心室中隔上部に限局した心筋層の繊維化の所見や、右冠動脈に高度の狭窄及び強いリンパ球浸潤巣等の所見があり、形態学的に致死性不整脈に合致する。そして、致死性不整脈は予見も回避も不能であった。

2. 手術適応はあった

3. 十分な説明を尽くした

4. 術後管理について
UPPPの術後管理は扁摘に準じればよいが、そのレベルでの必要な注意は尽くしている。

第1審判決

被告病院による術後管理上の過失及び蘇生術実施上の過失を認める


第1審では、原告側鑑定意見書(病理専門医作成)が窒息説をとり、被告側鑑定意見書(病理専門医作成)が致死性不整脈(回避不能)説をとったため、両証人の対質尋問が実施された結果、裁判所は「被告が主張している全身状態の観察なるものは、単に外見的な異常ないし急変が発生すれば対応策をとるという一般的注意に過ぎず、それ以上にAの呼吸管理に焦点を当てたものではなく、本件において払うべき注意としては不十分なものである」、さらに「医師らは、Aに対し、救急蘇生術の際、気管内チューブを確実に気管内に入れられずに食道壁を穿孔した上、それに気づかないまま縦隔に大量の空気を送り込んで、皮下気腫、気胸を起こさせ、その結果、Aを無気肺により窒息死させたものであるから、被告病院が安全確実に蘇生術を行うべき注意義務に違反していることは明らか(中略)」であると窒息説を採用し、「Aは被告による術後管理上の過失及び蘇生術実施上の過失という複合的原因によって死亡したものであるから、被告はAの死亡につき不法行為に基づく責任を免れないと認められる」とした。

控訴審判決

被告病院による術後管理上の過失及び蘇生術実施上の過失を認める


控訴審では、原告側申請の麻酔専門医の尋問、並びに裁判所選任の耳鼻科専門医の鑑定及び鑑定人尋問等が実施された。控訴審裁判所は、「死亡原因については窒息の可能性は残すものの疑問の余地もある」として窒息説は採用せず、「致死性不整脈による心臓性突然死と認定するのが相当」だとした。しかし、致死性不整脈であったとしても「Aの本件手術後の呼吸管理は極めて不十分なものであり、担当医師らには術後管理上の過失があったというべきである。(中略)Aに対して適切な術後管理が行われていれば、その死亡の結果を回避することができた可能性が高いと推認される。控訴人は、Aの死亡を予見し回避することは不可能であったと主張するが(不可抗力をいう趣旨と解される)、本件全資料を検討しても、本件手術の場合に、仮に適切な術後管理が行われたとしても、Aの死亡の結果を回避することができなかったと認めるに足りる証拠はない」と、原告の主張する術後管理責任を尽くしていれば本件死亡は回避できたとして、原告側の請求を認めた。

判例に学ぶ

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、近時社会的に急速に注目を浴びつつある症候群ですが、その外科的療法の治療責任が問われた訴訟としては本件が我が国最初の事例です。
UPPPは手技そのものは決して難しい術式ではないため、現在ではかなり広く行われているようですが、術後の呼吸管理に困難な問題が予測される患者の場合に、どこまできちんとした術後管理がされているかについてはやや疑問であるとの指摘もあります。本判決はこの点に警鐘を鳴らしたものだと言えましょう。

なお、この裁判では、裁判所が死亡原因論との関係で術後管理の過失ないし蘇生術の過失についてのみ判断したため、手術適応の問題や説明義務違反の点については判示がありませんでした。将来は、これらの点も含めた医療機関の責任がさらに議論されていくものと思われます。