Vol.014 医療過誤をめぐり、不誠実とされる医師側の対応

~診療経過は隠さず、真摯・誠実な対応を~

協力:「医療問題弁護団」石川 順子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

医療過誤を起こした場合、(1)過失、(2)過失と結果(傷害、後遺障害、死亡)の因果関係があれば、病院側はそれによる損害を賠償しなければならない。損害額は、おおまかにいって(1)医療費・介護費等、(2)得られるはずであった利益(収入相当額)、(3)受けた精神的苦痛に対する慰謝料である。
今回は医療過誤をめぐる医師側の不誠実な対応が、独立した不法行為にあたるとして慰謝料が別途認められた事件を中心に、不誠実な対応が医療過誤の慰謝料算定で考慮された判決例をいくつか紹介する。

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事件内容

<東京地裁平成15年6月27日判決、平成13年(ワ)14200号損害賠償請求事件(判例集未搭載)>

糖尿病性腎症及び腎不全で、末梢神経障害のため両下肢に感覚障害があり、脳梗塞によって右下半身不随の状態の患者が、被告透析クリニックで人工透析中、職員が足元に置いた湯たんぽで低温熱傷を負わせられ、その後、転院先病院で死亡した。熱傷は右踵部から足底にかけて負っており、水疱を形成していた。被告クリニックでは熱傷の翌日から11日後まで通院で消毒処置、抗生剤(内服)・解熱剤の処方、皮膚切除などの熱傷治療を行ったが、血液検査は行わなかった。熱傷から1週間後、38度台の発熱、熱傷部から大量の滲出液が出始め、11日後、つづく弛張熱、滲出液、食欲なく歩行困難の状態で、「敗血症の合併または進展も疑われる」と診断されて、入院設備のある病院に転院した。転院先では敗血症と診断され加療されたが、多臓器不全にいたり、入院26日後に死亡した。
そこで患者の遺族は、被告クリニックが透析中に湯たんぽを置いた際、低温熱傷を負わせないよう注意すべき義務に違反した過失、熱傷に対する診療において検査義務・転院義務に違反した過失、熱傷に敗血症・多臓器不全を併発して死亡したとの因果関係を主張して損害賠償請求訴訟を提起した。被告は、過失と因果関係の両方を争った。
本事例の訴訟過程で特徴的なのは、第1に訴訟提起以前に被告クリニックが作成して医師会経由で遺族に回答した文書の中で、「患者から透析の間足が冷えるので湯たんぽがほしいとのことで足元に湯たんぽを置いた」旨記載していたにもかかわらず、訴訟提起後、被告クリニックでの湯たんぽ使用を否認したこと、第2に転院時すでに敗血症を強く疑うべき状態にあったことが転院先病院の診療経過から明らかであるのに、被告はこれをまったく無視し、「転院後4日間は全く正常で、その後転院先病院でカテーテル等を介してMRSA感染した」などと転院先病院に責任を転嫁する主張をしたこと、第3に訴訟において提出した準備書面において、患者に対しては「ミソもクソも一緒にする乱暴さはどの病院でも有名」と述べたり、客観的証拠を明示することなく「不潔」、「消毒、清潔に対する無知」等と述べ、遺族に対しては「金銭目的の悪質なクレーマーの典型」と述べるなど侮辱的言辞を用いたこと、であった。

判決

低温熱傷を負わせた過失と死亡の因果関係を認める


判決では、被告クリニックにおいて透析中に湯たんぽを用いて低温熱傷を負わせた過失、低温熱傷と死亡との因果関係を認め、患者本人の慰謝料として1600万円を認めた。遺族2名に対しては家族を亡くした精神的苦痛と被告の応訴態度(前述第1・第2の態度など)を考慮して各300万円を認めた。
さらに加えて、前述第3の侮辱的言辞については、「医療過誤による患者の死亡に対する慰謝料額の考慮において斟酌される被告としての対応や応訴態度の不当性を超えて、原告らに対する独立した不法行為にあたるものというべきである」として、遺族に各15万円の慰謝料が別途認められた。このように、独立した不法行為が認められた事例は非常に稀である。

そのほかの事例

医療過誤における慰謝料は、死亡や傷害による精神的苦痛に加えて、医療機関の対応に不誠実なものがあればこれを考慮のうえ算定される。過去の事例としては次のようなものがある。

1. 事実解明を妨害する行為:事故を記録しなかったり、カルテ改ざんや証拠保全に協力しないなど、証拠を隠す行為

(1)極小未熟児に対する光凝固法治療を前提とする説明義務・転院義務の有無が争われた事件

<名古屋高裁昭和61年12月26日判決、昭和56年(ネ)第291号慰藉料等請求控訴事件(判時1234号P.45)>
この事案での説明義務・転院義務は否定されたが、未熟児網膜症を白内障と誤診して適切な指示をせず、カルテを改ざんするなどして粗雑、ずさん、不誠実な医療をしたことの責任として、病院側に対し本人300万円、両親各150万円の慰謝料の支払いが命じられた。カルテ改ざんの内容は、実際は半年後の来院を指示してカルテに「半年後に来る」と記録したのに、その前に「1m、数m~」(筆者注:「m」は、「ヵ月」の意)と書き加えたというもので、被告医師は1ヵ月後の来院を指示したと強弁していた。判決は、「医療契約の内容には、医療水準の如何に関わらず緻密で真摯かつ誠実な医療を尽くすべき約が内包されている。医師は不誠実な医療対応自体につき、精神的苦痛の慰藉に任ずる責がある」と判示している。

(2)未熟児網膜症で失明した極小未熟児に対する酸素管理義務違反が争われた事件

<仙台高裁平成2年8月13日判決、昭和63年(ネ)第74号損害賠償請求控訴事件(判タ745号P.206)>
酸素管理自体については、失明との間に因果関係があるとはいえないとして責任が否定されたが、看護師任せの酸素管理、カルテの書き換え・抹消につき、誠実義務違反として慰謝料300万円が認められた。カルテの書き換え・末梢が指摘されたのは保育器内の酸素濃度の記録であり、前の記載が判読不能な程度にまで抹消し、新たに濃度を書き加えたり、抹消したままにしておき、その時期及び理由について被告からは首肯するに足りる合理的な説明がなかった。このような末梢・変更は、診療録の記載について定めた医師法24条1項の規定の趣旨に反するもので、患者の医師に対する信頼を著しく損なわせる行為だと判決は述べている。

以上、(1)と(2)はいずれも医療過誤責任はなくても、不誠実な医療自体に慰謝料支払いが命じられたというものである。

(3)PTCA(経皮的冠動脈形成術)施行時、バルーンカバーをはずし忘れたままカテーテルを冠動脈内に挿入したためPTCAが不成功となり、その後CABG(冠動脈バイパス手術)の施行を受けた患者が陳旧性心筋梗塞による身体障害者等級3級の後遺障害を負った事件

<青森地裁平成14年7月17日判決、平成10年(ワ)第90号損害賠償請求事件(最高裁ホームページ下級裁主要判決情報)>
判決は後遺障害が労働能力喪失率56%であること、これに加えて被告が事実を秘し、患者に具体的な経過についての説明をしなかったこと、訴訟に至ってもバルーンカバーを取り忘れた医師を明らかにしないなど、きわめて不誠実ともいうべき対応に終始したなどの事情も考慮して、本人慰謝料として1200万円を認めた。

(4)胃ガン手術後、腹腔内膿瘍による敗血症で死亡した事件

<東京地裁平成15年3月12日判決、平成8年(ワ)第6899号損害賠償請求事件(判例集未搭載)>
細菌性腹膜炎が発症しているのに、医師の過失により適切な治療を受ける機会を奪われて死亡するに至ったことに加え、診療録の不備や証拠保全手続きにおける被告の不誠実な対応が事実関係の究明を妨げ、原告らの精神的な苦痛を強める結果になったことは否定できないとして、慰謝料としては2500万円が認められた。本件での診療録の不備としては、入院翌日のカルテには腹膜炎を疑わせる腹部理学所見(圧痛、筋性防御、ブルンベルグ徴候等)が記載されているのに、その所見に関するその後の日を追った記載がないこと、腹腔内貯留液の肉眼的所見、自覚症状の詳細、全身的所見、超音波検査・レントゲン検査等の諸検査の結果に関する判断など、診断に必要な記載が欠落しており、医師が患者の症状の原因をどのように捉え、どのように診療計画を立てたのかがまったく示されていない、以前の胃ガン手術時の診療録は比較的克明に記載されているにもかかわらず、再入院時の本件診療録の記載はずさんで、患者がショック状態に陥った以降は自動血圧計と酸素飽和度モニター記録の転写と注射指示に終始するものであること、診療録・看護記録・診療報酬明細書で投薬量の記載が相違していること、数十ヵ所にわたり、修正液で消去し加筆した部分があること、証拠保全の際にはレントゲン写真等の画像は35枚で全部であると説明して裁判所に提示しているが、診療報酬明細書の記載によると、他にレントゲン写真71枚、CT写真5枚が撮影されていたと認められること、被告病院から転送先の紹介状に記載された診療経過と本件診療録の記載との間に整合性がないことなど、詳細にわたって不備を示す具体的事実が指摘され、診療録が相当程度改ざん、もしくは抜粋されたものである疑いが強いとされた。

2. 過誤後の不誠実な態度:明白な過誤の責任を否定したり、患者・家族らに対する侮辱的態度

看護婦が患者・家族からAB型であると聴取したのみで軽信し、被告医師が血液検査をせずにAB型の血液輸血を指示し、B型の患者が死亡した事例

<岡山地裁昭和63年3月22日判決、昭和47年(ワ)第698号損害賠償請求事件、昭和63年(ワ)第130号損害賠償等独立当事者参加事件(判時1293号P.157)>
不適合輸血と死亡との因果関係は否定されたが、不適合輸血による症状で与えられた苦痛と、医師の不誠実な態度に対して患者への400万円の慰謝料が認められた。被告医師の不誠実な態度とは、転院先病院の診療録や鑑定によって不適合輸血の可能性がきわめて大きいことが明らかになってからさえ過誤を否定したこと、手術直前に急遽大学病院に麻酔医の派遣を要請し、当該麻酔医には簡単な説明をしただけで全身麻酔と輸血の実施を依頼し(麻酔医はAB型と判定されていると誤診したが、無理からぬものがあったと判示されている)、輸血用血液は被告医師自らが看護婦に指示して取り寄せたにもかかわらず、不適合輸血を麻酔医の全面過失にしようとしたこと、慰藉の努力を敢えてせず、岡山医師会からの慰藉勧告にも応じていないなどの態度であり、これが斟酌されて前述の慰謝料が算定された。

判例に学ぶ

・診療経過を隠さない

過誤があった場合でも診療経過を隠してはなりません。隠すことによって、医療機関に対する不信が増大し、あらぬ誤解まで招かないとも限りません。また、現在、厚生労働省によって事故を報告する制度がつくられようとしています。患者、家族、報告先にきちんと経過説明ができるよう、むしろ記録を詳細に残しておくべきです。

・過誤には真摯な謝罪・反省を

過ちはあってはなりませんが、人間は過ちを犯してしまうものでもあります。その過ちに対する真摯な謝罪と反省から、被害者の癒しと再発防止への歩みが始まります。

・訴訟上の防御活動においても良識を

患者側と意見が違ったり、誤解を受けたりすることがあったとしても、医師側からの反論は、専門家としての合理的な根拠にもとづいた説明によるべきです。患者側を誹謗・中傷することは有害無益であり、医師自らを傷つける行為でもあって、絶対にしてはなりません。医師賠償責任保険は、被保険者の故意による事故は支払の対象としていません。医療事故とは別の独立した不法行為と認定されると、支払われないことがあり得ます。