A社、T社、東京都の損害賠償責任を認める
1. A社とT社の製造物責任
本件JRと本件気切チューブには、いずれも「指示・警告上の欠陥」がある。
本件JRの注意書き(その文面は「注意 人工鼻等と併用する場合は、当社取扱製品をご使用ください。他社製人工鼻等には、まれに十分な換気をおこなえないものがあります。接続に不具合が生じるものがあります」というもの)には、換気不全が起こりうる組み合わせにつき、「概括的な記載がなされているのみでそこに本件気切チューブが含まれているのか判然としないうえ、換気不全のメカニズムについての記載がないために医療従事者が個々の呼吸補助用具ごとに回路閉塞のおそれを判断することも困難」であり、「組み合わせ使用時の回路閉塞の危険を告知する指示・警告としては不充分である」とした。
また、本件気切チューブについては、「当時医療現場において使用されていた本件JRと接続した場合に回路に閉塞を起こす危険があったにもかかわらず、そのような組み合わせ使用をしないよう指示・警告しなかった」とした。
2. 東京都の不法行為責任
本件医師には、事前安全確認義務を怠った過失がある。
(1)事前安全確認義務と予見可能性
「ジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を組み合わせて使用する医師としては、少なくとも各器具の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解したうえで呼吸回路を構成する各器具を選択し、相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負う」。
本件JRと本件気切チューブはいずれもJIS規格適合品であり、厚生省の承認を得て販売された製品であったが、「JIS規格の接続部規定は単に相互接続性を確保するという限度で規格を定めているにすぎず、接続時の安全性までも保障する趣旨のものではない」し、「厚生省の承認は個々の医療器具に対し個別にその機能を評価して行うものであって、必ずしも組み合わせ使用時の安全性を念頭においてなされるものとは限らない」。したがって、規格適合品であることや厚生省の承認により、「接続時の安全性が推定されるとか、接続不具合による事故発生を予見する可能性がなくなるというものではない。また、たとえ医師が本件事故発生前に被告企業2社と厚生省から本件と類似の接続不具合事故に関する安全情報を受けていなかったからといって」、「直ちに本件事故を予見できないということにはならない」とした。
本件の場合、本件医師が「死腔を減らすために接続部内径が狭くなっているという本件気切チューブの構造上の基本的特徴及び死腔を減らすために新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びているという本件JRの構造上の基本的特徴を理解し認識していれば、両器具を接続した場合に、上記新鮮ガス供給パイプの先端が上記接続部の内壁にはまり込んで呼吸回路の閉塞をきたし本件事故が発生することを予見できた」。
(2)事前確認方法と結果回避可能性
医学専門書に接続不具合の点検方法について記載がないとしても、事前に「本件JRと本件気切チューブとを接続させ、回路を通じて自分で呼吸し異常な吸気、呼気の抵抗がないことを確かめるという方法により、その接続時の機能の安全性を確認しておくことは可能」であり、「そのような安全点検を行えば回路の閉塞を察知し、本件JRと本件気切チューブとの組み合わせ使用を中止することにより本件事故を回避することができた」。
(3)結論
「人工換気に使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり、Y病院内に3種類のジャクソンリース回路が存在するのにその中から構造、機能等を比較検討して本件気切チューブとの組み合わせ使用に適合するものを選択するという過程を経ずに、本件患児を管理していた病棟には本件JRしかなかったという理由でそれを手術室に持参し、接続部における回路閉塞の有無について安全点検をしないまま漫然と両器具を接続して使用したために換気不全を引き起こした」のであり、本件医師には過失がある。
これらの理由により、本判決は、A社、T社、東京都の責任をいずれも認め、3名が連帯して5062万余円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払義務があると判断した。