Vol.015 使用する医療器具の基本的特徴を理解して事前安全点検を!

~医療器具の接続不具合事故における医療機関の責任~

-東京地裁平成15年3月20日判決-(判タ1133号97頁)-
協力:「医療問題弁護団」松井 菜採弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

本件事案は、平成13年5月に医薬品・医療用具等安全性情報166号「ジャクソンリース小児用麻酔回路と小児・新生児用気管切開チューブの組み合わせについて」が出される契機となった医療事故である。
本件では、医療用具の製造・輸入販売企業2社と医療機関の責任が問われたが、本稿では医療機関の責任を中心に解説していく。

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事件内容

本件患児Xは平成12年12月に1645gで出生したが、呼吸障害があったため、Y病院(開設者は被告東京都)に入院した。Xはしばらく気管内挿管による人工呼吸療法を受けた後、声門・声門下狭窄と気道狭窄が診られたため、平成13年3月に気管切開術を受けた。
Xの気管切開部には、被告T社が輸入販売した小児・新生児用気管切開チューブ(以下、本件気切チューブ)が装着された。術後、Y病院の担当医(以下、本件医師)は、Xを病棟に帰室させるため、本件気切チューブに被告A社が製造販売したジャクソンリース小児用麻酔回路(以下、本件JR)を接続して用手人工換気を行おうとした。
ところが、本件JRは新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かってTピースの内部で長く突出したタイプであり、他方、本件気切チューブは呼吸回路との接続部の内径が狭い構造になっていた。そのため両器具を接続したときに、新鮮ガス供給パイプの先端が本件気切チューブの接続部内径にはまり込んで密着し、回路が閉塞した。
これによって、Xは換気不全に陥り気胸を発症し、これを原因とする全身の低酸素症、中枢神経障害に陥った。その結果、気管切開術から11日後に消化管出血、脳出血、心筋脱落・繊維化、気管支肺炎等の多臓器不全により死亡した。
そこでXの両親は、A社とT社に対しては製造物責任ないし不法行為、東京都に対しては債務不履行ないし不法行為にもとづき、損害賠償を求めて提訴した。
なお、本件JRはTピースが無色透明のプラスチックでできており、Tピース内部に設置された新鮮ガス供給パイプの先端(本件気切チューブとの接続部)を目視することが可能であった。
また、ジャクソンリース回路の新鮮ガス供給パイプが、呼吸補助用具(小児用人工鼻、小児用呼気ガスサンプリングアダプターなど)の接続部内径にはまり込んで密着し、回路が閉塞するという本件と同じメカニズムによる換気不全事故は、本件事故以前にも国内で数件発生していた。これらの同種事故については、「臨床麻酔」などの医学雑誌や日本臨床麻酔学会などで紹介や注意喚起がなされていた。

判決

A社、T社、東京都の損害賠償責任を認める

1. A社とT社の製造物責任

本件JRと本件気切チューブには、いずれも「指示・警告上の欠陥」がある。
本件JRの注意書き(その文面は「注意 人工鼻等と併用する場合は、当社取扱製品をご使用ください。他社製人工鼻等には、まれに十分な換気をおこなえないものがあります。接続に不具合が生じるものがあります」というもの)には、換気不全が起こりうる組み合わせにつき、「概括的な記載がなされているのみでそこに本件気切チューブが含まれているのか判然としないうえ、換気不全のメカニズムについての記載がないために医療従事者が個々の呼吸補助用具ごとに回路閉塞のおそれを判断することも困難」であり、「組み合わせ使用時の回路閉塞の危険を告知する指示・警告としては不充分である」とした。
また、本件気切チューブについては、「当時医療現場において使用されていた本件JRと接続した場合に回路に閉塞を起こす危険があったにもかかわらず、そのような組み合わせ使用をしないよう指示・警告しなかった」とした。


2. 東京都の不法行為責任

本件医師には、事前安全確認義務を怠った過失がある。

(1)事前安全確認義務と予見可能性
「ジャクソンリース回路と気管切開チューブ等の呼吸補助用具を組み合わせて使用する医師としては、少なくとも各器具の構造上の特徴、機能、使用上の注意等の基本的部分を理解したうえで呼吸回路を構成する各器具を選択し、相互に接続された状態でその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負う」。
本件JRと本件気切チューブはいずれもJIS規格適合品であり、厚生省の承認を得て販売された製品であったが、「JIS規格の接続部規定は単に相互接続性を確保するという限度で規格を定めているにすぎず、接続時の安全性までも保障する趣旨のものではない」し、「厚生省の承認は個々の医療器具に対し個別にその機能を評価して行うものであって、必ずしも組み合わせ使用時の安全性を念頭においてなされるものとは限らない」。したがって、規格適合品であることや厚生省の承認により、「接続時の安全性が推定されるとか、接続不具合による事故発生を予見する可能性がなくなるというものではない。また、たとえ医師が本件事故発生前に被告企業2社と厚生省から本件と類似の接続不具合事故に関する安全情報を受けていなかったからといって」、「直ちに本件事故を予見できないということにはならない」とした。
本件の場合、本件医師が「死腔を減らすために接続部内径が狭くなっているという本件気切チューブの構造上の基本的特徴及び死腔を減らすために新鮮ガス供給パイプが患者側接続部に向かって長く伸びているという本件JRの構造上の基本的特徴を理解し認識していれば、両器具を接続した場合に、上記新鮮ガス供給パイプの先端が上記接続部の内壁にはまり込んで呼吸回路の閉塞をきたし本件事故が発生することを予見できた」。

(2)事前確認方法と結果回避可能性
医学専門書に接続不具合の点検方法について記載がないとしても、事前に「本件JRと本件気切チューブとを接続させ、回路を通じて自分で呼吸し異常な吸気、呼気の抵抗がないことを確かめるという方法により、その接続時の機能の安全性を確認しておくことは可能」であり、「そのような安全点検を行えば回路の閉塞を察知し、本件JRと本件気切チューブとの組み合わせ使用を中止することにより本件事故を回避することができた」。

(3)結論
「人工換気に使用するジャクソンリース回路を選択するに当たり、Y病院内に3種類のジャクソンリース回路が存在するのにその中から構造、機能等を比較検討して本件気切チューブとの組み合わせ使用に適合するものを選択するという過程を経ずに、本件患児を管理していた病棟には本件JRしかなかったという理由でそれを手術室に持参し、接続部における回路閉塞の有無について安全点検をしないまま漫然と両器具を接続して使用したために換気不全を引き起こした」のであり、本件医師には過失がある。


これらの理由により、本判決は、A社、T社、東京都の責任をいずれも認め、3名が連帯して5062万余円の損害賠償とこれに対する遅延損害金の支払義務があると判断した。

判例に学ぶ

医師は、医療器具がその本来の目的に沿って安全に機能するかどうかを事前に点検すべき注意義務を負うことは言うまでもありません。それでは、医師にはどの程度の事前安全点検義務が課されているのか、市販されている医療器具の安全性をどこまで信頼することが許されているのか、これが本判決では問題となりました。
本判決は、医師は医療器具の構造上の特徴・機能や使用上の注意等の基本的部分を理解する必要があり、複数の器具を組み合わせて使用するときには、各器具の構造上の特徴等の基本的部分を理解したうえで各器具を選択し、相互に接続された状態で安全点検する必要があるとしました。
そして、器具の「構造上の基本的特徴」を理解し認識していれば、不具合を発見できたとき、または確実に不具合があることまでは確認できなくても、その「安全性に相当程度の疑問を抱くことができたとき」には、責任を負うと判断しました。
医師は、規格適合品や行政の承認を受けた医療器具だからといって、無条件に安全性を信頼することは許されず、使用する医療器具については事前に、その「構造上の基本的特徴」を理解したうえで、その使用法に沿って安全点検をしなければなりません。
事故発生前に、類似・同種事故に関する企業や行政からの安全性情報や医学専門書の記載がないときでも、安全点検を免れるわけではありません。このことは、東京高裁平成14年2月7日判決(判時1789号78頁、人工心肺装置の送血ポンプのチューブに亀裂が生じたことによる医療事故)も判示しています。
医療器具の安全性確保のためには、医療用具を最前線で使用している医療現場による安全性確認と情報発信が不可欠です。医療器具の安全性確保について、企業・行政任せにすることなく、医療現場も一定の役割を果すべきことを、本判決は求めたものと言えるでしょう。
なお、本判決に対し、被告らは3名とも控訴しましたが、平成16年2月、控訴審において和解により解決しました。和解内容は、総額5300万円(遅延損害金を含む)を、東京都・A社・T社が4:3:3の負担割合で支払うというものです。