医師Yの転送義務違反を認める
以下の理由により、裁判所は本件病院医師Yの責任を肯定した。
1. 初診から5日目の10月3日午後4時ごろ以降の診察を開始する時点で、それまでの自らの診断及びそれにもとづく治療が適切なものでなかったとの認識が可能であったにもかかわらず、午前と同様の点滴を、常時その容態を監視できない2階の処置室で実施した。その点滴中にもXの嘔吐は治まらず、またXに軽度の意識障害等を疑わせる言動に不安を覚えた母親がYに診察を求めるなどをしたことからすると、Yとしてはその時点でXの病名は特定できないまでも、本件医院では検査及び治療の面で適切に対処できない、急性脳症等を含むなんらかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことをも認識できたとし、この時点で急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処しえる高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関への転送義務を肯定した。
2. 適時に適切な医療機関へXを転送し、同医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受けさせていたならば、Xに重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは、YはXが前記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償する不法行為責任を負う。そして、前記相当程度の可能性の存否についての審理が不十分であるとして、本件を原審に差し戻した。
なお、本判決は前記の「重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性」の存否について、本来、転送すべき時点におけるXの具体的症状に即して、「転院先での適切な検査、治療を受けた場合の可能性の程度を検討すべきものであり、原判決の引用する統計によれば、急性脳症は生存者中63%に中枢神経後遺症が残ったが、残りの37%(死亡者を含めた全体の約23%)には中枢神経後遺症が残らなかったこと、完全回復をした者が全体の22.2%であり、残りの77.7%の数値の中には、Xのような重大な後遺症が残らなかった軽症の者も含まれていると考えられることからすると、これらの統計数値は、『相当程度の可能性』が存在することをうかがわせる事情というべきである」としている。