本件では、いくつかの争点があったが、結論に影響するものとして、ここでは(1)平成6年11月の受診時におけるB医師の説明義務違反の有無、(2)第3子の出生と説明義務違反との因果関係について述べることとする。
<PM病についての医学的知見>
まず前提として、判決はPM病に関する医学的知見を述べている。すなわちPM病は、脳内の白質中の髄鞘(神経繊維を被う膜)の成分を構成する主なタンパク質のひとつであるプロテオリピッド蛋白(以下「PLP」)がうまくつくられないため、髄鞘が形成不全ないし脱髄を示すというきわめて稀な中枢神経系の疾患であり、多くは進行性である。特徴としては、出生後早期から眼振が目立つこと、運動障害がつづき、知的発達障害もともないやすい。
平成6年11月当時のPM病についての知見として、もっとも大きな原因は伴性劣性遺伝とされており、PLP遺伝子の異常が見つかる症例は約20%存在した。また、遺伝子の重複が関係していることもあるらしいとわかっていたが、検査方法や意味づけは確立されていなかった。他方で、典型的な伴性劣性遺伝の場合と比較して男子の発症例が少なく、女性の発症例や弧発例が多いとの報告もあったが、その理由は不明であり、また突然変異による症例もあった、と認定している。
これらの知見にもとづけば、原告らの第2子以降にPM病が発症する危険は、出生児が男子であれば相当程度存在すると結論づけた。
(1)説明義務違反の有無
説明義務違反として、Yは不法行為責任を負う
B医師らの説明義務違反について、判決は次のように認定した。
まず、患児Aの両親である原告らは、患者ではなく診療契約の当事者ではない。また、被告において、本件の説明を行ったことについて診療報酬を取得してもいなかったことから両親に対して、契約上の説明義務はないと認定した。
その上で、Yセンターは在宅の心身障害児等に対する相談を事業内容のひとつとしており、B医師自身も患児やその家族に対するカウンセリングや出生相談を行うことも同センターの医師の役割と認識していたこと、現にYセンターでは両親からの出生相談については、患児の担当医師が患児の診察の際に対応していたこと、他方、すでに障害を持った長男を持ち、介護・養育において重い負担を負っている両親が、さらに子どもをもうけようとする際、第2子以降が健常児として出生するか否かは、両親にとって切実かつ重大な関心事であったこと、両親らの質問は生まれてくる子どものPM病罹患の有無という点において、長男の診療行為と密接に関係していたことなど、種々の事情を詳細に認定したうえで、「B医師は、両親の質問に応じて説明を行う以上、信義則上、当時の医学的知見や自己の経験を踏まえて、PM病に罹患した子どもの出生の危険性について適切な説明を行うべき法的義務を負っていたというべきであり、原告らに対し、不適切な説明を行って誤った認識を与えた場合には、説明義務違反として不法行為責任を負う」と認定した。
(2)因果関係と損害
三男の出生と説明義務違反の因果関係を否定
本件では、原告である両親は自己決定権を侵害されたことについての慰謝料のみならず、三男の介護費用、家屋の改造費等の積極損害についても損害賠償請求をした。結論において、判決は両親についてそれぞれ800万円、合計1600万円の慰謝料のみを認めた。判決は、「夫婦が、どのような家族計画を立て、何人の子供をもうけるかは、まさにその夫婦の人生の在り方を決する重大事であって、本来的に夫婦が、種々の事項を考慮した上で自らの権利と責任において決定すべき事柄であり、何人もこれを尊重すべきものであって、この決定に容喙できるものではない。これは、長男のようなPM病に罹患した障害児を持ち、次の子供をもうけることを考えていた原告らにおいても同様に妥当する事柄であり、原告らは、B医師によって三男を産むことを強いられたわけでもなく、最終的に自ら決断して三男をもうけたものということができる。PM病発症の可能性は、かかる決断をするに当たって極めて重要な要素ではあるが、子をもうけるか否かは、その一点のみをもって決まる問題ではなく、原告らの子を望む思いの程度や人生に対する考え方、態度にも深く関わるものであって第三者たるB医師の説明のみによって左右されるとも考えがたい」として、三男の出生と説明義務違反の因果関係は否定した。
ちなみに、本判決は控訴されている。