<第一審>(神戸地裁平成6年8月26日判決)
<第二審>(大阪高裁平成7年12月1日判決)
原告らの主張を棄却
原告らは、本件手術は長時間におよび、出血量も多かったが、その手術と時間的に近接して脳内血腫が発生したこと、血腫が生じた位置が手術部位と近接していること、本件手術の硬膜内操作に長時間を要しているうえ、出血が器具の操作中と解される時間内に記録されていることなどを指摘したうえ、(1)本件手術は、小脳橋角部の顔面神経の起始部を露出して行うが、起始部を小脳片葉が覆っているため、片葉に脳ベラをかけてこれを牽引して右部分を露出する必要があるところ、被告医師は脳ベラで小脳を強く圧迫する等の操作の誤りにより小脳に出血を生じさせた過失、(2)本件手術中に、前下小脳動脈を剥離する作業中に誤ってこれを損傷し、その結果として出血させ、その止血が不十分であったため、手術直後から出血を生じさせた過失、(3)本件手術特有の危険性についてAやその家族に説明を怠った義務違反がある、などを被告らの主な過失として主張した。
これに対し、一、二審は、ともに原告らの請求を棄却した。鑑定結果等をもとに、手術部位と血腫の位置がただちに近接しているとは言い難く、手術部位から出血したことを認めるに足りる証拠もなく、予期せぬ高血圧性の脳出血が血腫の原因になったと推測することも不自然でなく、血腫の位置から想定する限り、脳ベラ操作の誤りがあったことを認めるに足りる証拠はなく、手術器具による血管損傷があったと推認することも相当ではないとした。
これらの判決に対し、原告らは、脳ベラによる過剰牽引や器具による血管損傷により脳内血腫等が生じた高度の蓋然性が認められるのに、きわめて小さい蓋然性しか認められない手術直後の高血圧性脳内出血や動脈硬化による血管破綻がかなりの高確率で発生するかのような推論を行って因果関係を否定したのは、経験則違反である等を理由に上告した。
<最高裁>(平成11年3月23日第三小法廷判決。判例時報1677号P54、判例タイムス1003号P158掲載)
審理をさらに尽くす必要があるとして高等裁判所へ差し戻し
本件手術と血腫発生の時間的・場所的近接性や、Aは高血圧症ではないと以前から診断されており、偶然、本件手術中ないし直後に、しかも手術部位に近接した場所に高血圧性脳内出血等が発症する確率はわずかにすぎないこと、神経減圧手術中の操作によっては小脳内血腫が生ずる危険性が指摘されていることなどを総合すれば、本件の脳内出血等は、「本件手術中に何らかの操作上の誤りに起因するのではないかとの疑いを強く抱かせるものであると考えられる」とし、原審はこれらの疑わしい諸事実を前提にしながら、高血圧性脳内出血や動脈硬化による血管破綻が血腫の原因となっていると推測しても不自然ではなく、その可能性が否定できないなどとして、突発的な原因によることが具体的に立証されているわけでもなく、偶然手術中にこれらが起こる可能性などきわめて低いと言わざるをえないのに、この可能性が否定できないとしたのは血腫の原因の認定にあたって前記の諸事実の評価を誤ったものであると判示した。
<差し戻し審>(大阪高裁平成13年7月26日判決。判例タイムス1095号P206掲載)
「手術操作に過誤があったとは認められない」とし手技ミスの主張については、被告の過失を否定
最高裁判決が示していた再鑑定等が実施され、再鑑定等では双方の主張に沿う、相反する内容の専門家の意見が出された。
そして、本件手術操作と脳内血腫との間の因果関係の有無について詳細な検討を加え、相反する内容の鑑定等についてもその判断過程、他の証拠との整合性等を精査し、他原因による出血の可能性を排斥したうえで、Aの死因となった脳内血腫は本件手術中に後下小脳動脈を移動した際、あるいは脳ベラで小脳及び後下小脳動脈本幹を圧排した際に、壁在血管が遊離した可能性がもっとも高いと言えるが、硬化性病変を有する動脈を転位したり、ある程度圧迫したりすれば、壁在血管が遊離し、末梢動脈の塞栓症を生じる危険性は常に存在するのであるから、ただちに不正な操作がなされたと推定することはできないとし、本件手術における脳ベラの具体的操作内容は判定できないが、いずれにせよこれがAの心身状態に悪影響を与えたことは考えられないとして、被告らの過失を否定した。
しかし、原告らが別個の過失として主張していた、家族らの同意を得たうえで小脳半球切除術を実施すべき義務があったのにこれを怠った過失があるとして、その限度で損害賠償責任(1700万円)を認めた。