医師の過失と本件患者の死亡の因果関係を否定
本件患者は、被上告人の診療を受け始めた当時、肝細胞ガンの発生する危険性が高い状態にあったのであるから、当時の開業医の医療水準として、被上告人は自らこれを行うか、または本件患者に対して他の医療機関で受診するよう指示するなどして、少なくとも6ヵ月に一度はAFP検査及び腹部超音波検査を実施し、その結果肝細胞ガンが発生したとの疑いが生じた場合には、さらにCT検査等を行って、早期にその確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていた。それにもかかわらず、被上告人は、診療終了直前にAFP検査を一度実施した以外は、本件患者について肝細胞ガンの発生を想定した検査を一度も実施していないから、被上告人は注意義務に違反したというべきである。当時の検査装置の性能において検出可能とされる腫瘍の直径が最小1.5cmとされていたことや、本件患者について肝細胞ガンが発見された当時の腫瘍の状態、肝細胞ガンの成長速度に関する知見を考慮すると、被上告人が右注意義務を尽くしていれば、遅くとも診療開始後2年数ヵ月後までには、被上告人は本件患者につき肝細胞ガンを発見し得る高度の蓋然性があったと認められる。
仮に遅くとも診療開始後2年数ヵ月後までに本件患者について肝細胞ガンが発見されたとした場合、実際の発見時における肝細胞ガンの状況及び当時の本件患者の肝臓の機能が比較的保たれていたことなどからみて、外科的切除術も適切な治療法として実施可能であったと認められる。そして、外科的切除術による治癒または延命の効果は、腫瘍の直径に応じて大きく異なるが、仮に本件患者につきこれが2cm未満の状態で発見されていたとすると、治癒するか長期にわたる延命につながる可能性が高かった。
しかしながら、右のように本件患者について延命の可能性が認められるとしても、いつの時点でどのようなガンを発見することができたかという点などの本件の不確定要素に照らすと、どの程度の延命が期待できたかは確認できないから、被上告人の前記注意義務違反と本件患者の死亡との間に相当の因果関係を認めることはできない。
もっとも、本件患者は、被上告人の前記注意義務違反により、肝細胞ガンに対するある程度の延命が期待できる適切な治療を受ける機会を奪われ、延命の可能性を奪われたものであり、これにより精神的苦痛を受けたと認められる。本件の事情を総合考慮すると、本件患者の右精神的苦痛に対する慰謝料については、300万円をもって相当と認め、他に弁護士費用として60万円をもって相当と認めた。