Vol.021 救急患者を受け入れた病院は、その医療スタッフで迅速かつ十分な検査・診断・治療を行わなければならない

~救急医療においても、担当する医師の専門によって注意義務の内容と程度は異なるものではない~

-大阪高裁平成15年10月24日判決(損害賠償請求控訴事件)-
協力:「医療問題弁護団」竹内 英一郎弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

本件は、交通事故による負傷で運ばれた患者の外傷性急性心タンポナーデによる死亡について、2次救急医療機関の医師に注意義務違反が認められるとして、病院側の診療契約上の債務不履行を認めた事例である。

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事件概要

平成5年10月8日、A(女性)は乗用車を運転して道路を走行中、民家のブロック塀に衝突する事故を起こした。事故により乗用車の前部は大破。Aはシートベルトをしておらず、乗用車にはエアバッグ装置もついていなかった。
まもなく救急隊が到着したが、隊員の判断によるとAの意識状態は3-3-9度方式でIII-2であり、気道を確保されて救急車でN県設置の2次救急病院に指定されているB病院に搬送された(搬送時の意識状態はII-3)。B病院の脳神経外科部長Yは、Aに対して、まず頭部の視診、触診をして頸部硬直の有無、眼位、瞳孔等の確認をし、振り子状の眼振を認めた。次に胸部の所見をとり、頬から顎にかけて及び左鎖骨部から肋部にかけて打撲の痕を認めた。呼吸様式・胸部聴診に問題はなかった。腹部の聴診と視診では、明らかな腹部膨満や筋性防御の所見はなく、腸雑音の消失、亢進はなかった。また、四肢の胴体に異常な点は認めなかった。このころのAのバイタルサインは、血圧が158/26mmHg周辺で推移していた。さらにY医師は、Aが頭部を受傷しており意識障害があることから、頭部CT検査を他医師に依頼して実施し、同時に採血も行われた。
Y医師は、引きつづき頭部、胸部、腹部の単純X線撮影を実施することにし、X線撮影が行われた。
Y医師が確認したところ、Aの頭部CT及び各X線写真に異常な所見はなく、末梢血液検査結果では貧血を認めず、血尿の所見もなかった。もっとも血液生化学検査の結果によればCPKの値は197mU/mlとかなり高かった。
Y医師は、これらの検査結果から、特に緊急な措置を要する異常はないものと認め、Aを入院させたうえ経過観察相当と判断し、看護師に病名を頭部II型、バイタルサイン4時間を指示した。しかし、それから約1時間後、Aの容体は急変して呼吸停止となり、Y医師において胸骨圧迫式心マッサージ・気管内挿管等の蘇生術を施行したが効果がなく、またポータブルX線検査をしたが明らかな異常は認められなかった。さらに、外傷性急性心タンポナーデであれば心嚢穿刺によって状態を改善できると考え、超音波ガイドを使用せずに左胸骨弓の剣状突起の起始部から6cmまで穿刺する方法を試みたが、うまくいかず、心嚢で液体を得ることはできなかった。
Aは急変から約1時間後に死亡した。
そこで、Aの遺族であるXらは、YにおいてAに対し、十分な検査をしなかったために心嚢内の血液の貯留を見落とし、適切な措置を講じなかった過失、または注意義務違反があるとして、債務不履行または不法行為にもとづき、YとN県に対して総額約7900万円の損害賠償を求めた。
第一審では、Yの過失または注意義務違反を否定して本訴請求を棄却したので、Xらは一審判決を不服として控訴した。

判決

Y医師の過失・注意義務違反を認める


本判決は、Aの死因は外傷性急性心タンポナーデによるものと認めたうえで、Y医師の過失または注意義務違反に関して次のように述べている。
受傷機転から高エネルギー外傷が疑われる場合には、まず最初に血圧・脈拍数の測定(不整脈の有無も確認)、呼吸数と呼吸にともなう胸壁運動(上気道狭窄、フレイル運動)の確認、呼吸音の左右差(気胸、血胸、気管支内異物)や心雑音(心損傷)の有無、冷汗(ショック準備状態)やチアノーゼ(肺酸素化障害)、頸動脈怒張(緊急の処置を必要とする緊急性気胸や急性心タンポナーデで見られる)の有無、意識レベル、腹部所見(腹腔内出血、管腔臓器の損傷による腹膜炎症状、圧痛部位)、四肢(変形、運動、知覚、血流)の状態を調べなければならない。
その後、心嚢液の貯留、胸腔内出血、腹腔内出血に焦点を絞って、胸腹部の超音波検査をする。そのほかに、動脈血ガス分析、血液検査、血液生化学検査を実施。その後胸部と腹部の仰臥位単純X線撮影、頸椎の正・側面撮影を行う。
これらの診察及び検査は、高エネルギー外傷患者については症状がない場合でも必須である。
以上の診察及び検査により、なんらかの異常所見が得られた場合にはそれぞれに応じて必要な処置及び診断を確定するための精査(CT検査はここに含まれる)を行う。ただし、呼吸や重患動態が不安定なときにはそれらに対する処置を最優先し、CT検査などはあとまわしにする。診察及び検査により特別な異常がないと認められる場合でも、高エネルギー外傷患者は入院経過観察が必要である。このときは、バイタルサインを連続モニタするか、頻回に測定する。また初回の検査で異常がなくても、胸腹部の超音波検査をはじめは1~2時間間隔で繰り返し行う。
これらの認定事実に照らせば、Y医師がAに対して、胸腹部の超音波検査、動脈血ガス分析を行う必要があったというべきところ、胸腹部の単純X線撮影、頭部CT検査を除けば、高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ、緊張性気胸、腹腔内出血、頸椎損傷等)に対する十分な評価が入院前にできていなかったのにもかかわらず、看護師に対してバイタルサイン4時間等の一般的な注意をしただけで、具体的な経過観察の方法を示さなかったことは適切とは言えない。高エネルギー外傷患者の経過観察としては超音波検査をはじめ、呼吸循環動態、理学的所見を繰り返し調べるべきであった。そして、心破裂による外傷性急性心タンポナーデは出血速度が速いため、現場即死あるいは受傷後短時間で発症するが、Aのように受傷後2時間半ごろに症状が出る原因として心破裂はきわめて稀であり、ほとんどの原因は心挫傷であること、心挫傷の場合は心嚢穿刺または心嚢を切開して貯留した血液の一部を出すことで症状を改善できること、血液を吸引除去あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開または開窓術)していれば救命できた可能性がきわめて高いこと、Aは受傷から容体が急変するまでの約2時間半は循環動態も安定していたので、この間に重度外傷患者の診療に精通している施設に搬送していればほぼ確実に救命できたことが認められる。
Y医師としては、遅くとも経過観察を講じた時点ですみやかに胸部超音波検査を実施する必要があり、それをしていれば心嚢内の出血に気づき、ただちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し、あるいは手術的に心嚢を開放し、仮に本件病院で心嚢開放ができないのであれば、3次救急病院に搬送することによって救命ができたと言うことができ、Y医師の過失・注意義務違反を認めることができる。
さらに本判決は、B病院が2次救急医療機関であり、Y医師の施行した医療内容は2次救急医療機関として期待される医療水準を満たしているとの病院側からの主張に関しては以下のように述べている。
救急医療機関は「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ、その要件を満たす医療機関を救急病院として都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項)、またその医師は「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」(昭和62年1月14日厚生省通知)が求められているのであるから、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なると解するのは相当ではなく、本件においては2次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うべきであると解すべきである。
そうすると、2次救急医療機関における医師としては、本件においては、Aに対し胸部超音波検査を実施し、心嚢内出血との診断をしたうえで、必要な措置を講じるべきであったということができ、自ら必要な検査や措置ができない場合には、ただちにそれが実施可能な医師に連絡をとって援助を求める、あるいは3次救急病院への転送が必要であった。

判例に学ぶ

本判決は、高エネルギー外傷患者に対する具体的診療内容を挙げ、行うべき検査等を行わなかった医師の不作為について診療契約上の注意義務違反が認められること、及び救急専門医のいない2次救急医療機関における当該疾病と診療科目を異にする医師についての医療水準について判断がなされています。
特に、後者の「医療水準」について本判決は、我が国では年間数千万人単位の救急患者が全国の病院を受診するのに対し、日本救急医学会によって認定された救急認定医はわずか数千人程度にすぎず、救急認定医がすべての救急患者を診察することは現実に不可能であること、救急専門医は首都圏や阪神圏の大都市部、それも救命救急センターを中心とする3次救急医療施設に偏在しているのが実情であること、したがって大都市圏以外の地方の救急医療は救急専門医でない診療科医師の手によって支えられているのが現実であることなどを踏まえながらも、2次救急医療機関の医師について、その具体的専門科目によって注意義務の内容、程度が異なるものではないことを明確に判示しています(この点同様の判例として福岡地裁小倉支部昭和60年3月29日判決があります)。
そもそも救急医療は、救急要請を受けた消防署等が救急車の出動を指令し、救急病院に患者受け入れの可否を問い合わせ、受け入れ可能な病院に搬送することから始まるものであり、患者側は担当する医師を選択できません。このような救急患者に対しては、受け入れた病院側において、その医療スタッフがその患者につき迅速に検査・診断・治療を行わなければならないことは言うまでもありません。
そして、医療における注意義務は、診療当時の臨床医学の実践における「医療水準」だと言われていますが(最高裁第三小法廷昭和57年3月30日判決)、救急医療においてもこの水準によるのが原則であり、担当医師の専攻科目によって注意義務の内容と程度は異なるものではないと解されるべきでありましょう。したがって、救急医療機関が、医療水準を満たすだけの経験・技術を持ち合わせていない医師に診療を任せているような場合には、それ自体病院側の診療契約上の不履行(不完全履行)となるものと考えられます(京都地裁昭和52年8月5日判決参照)。