Y医師の過失・注意義務違反を認める
本判決は、Aの死因は外傷性急性心タンポナーデによるものと認めたうえで、Y医師の過失または注意義務違反に関して次のように述べている。
受傷機転から高エネルギー外傷が疑われる場合には、まず最初に血圧・脈拍数の測定(不整脈の有無も確認)、呼吸数と呼吸にともなう胸壁運動(上気道狭窄、フレイル運動)の確認、呼吸音の左右差(気胸、血胸、気管支内異物)や心雑音(心損傷)の有無、冷汗(ショック準備状態)やチアノーゼ(肺酸素化障害)、頸動脈怒張(緊急の処置を必要とする緊急性気胸や急性心タンポナーデで見られる)の有無、意識レベル、腹部所見(腹腔内出血、管腔臓器の損傷による腹膜炎症状、圧痛部位)、四肢(変形、運動、知覚、血流)の状態を調べなければならない。
その後、心嚢液の貯留、胸腔内出血、腹腔内出血に焦点を絞って、胸腹部の超音波検査をする。そのほかに、動脈血ガス分析、血液検査、血液生化学検査を実施。その後胸部と腹部の仰臥位単純X線撮影、頸椎の正・側面撮影を行う。
これらの診察及び検査は、高エネルギー外傷患者については症状がない場合でも必須である。
以上の診察及び検査により、なんらかの異常所見が得られた場合にはそれぞれに応じて必要な処置及び診断を確定するための精査(CT検査はここに含まれる)を行う。ただし、呼吸や重患動態が不安定なときにはそれらに対する処置を最優先し、CT検査などはあとまわしにする。診察及び検査により特別な異常がないと認められる場合でも、高エネルギー外傷患者は入院経過観察が必要である。このときは、バイタルサインを連続モニタするか、頻回に測定する。また初回の検査で異常がなくても、胸腹部の超音波検査をはじめは1~2時間間隔で繰り返し行う。
これらの認定事実に照らせば、Y医師がAに対して、胸腹部の超音波検査、動脈血ガス分析を行う必要があったというべきところ、胸腹部の単純X線撮影、頭部CT検査を除けば、高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ、緊張性気胸、腹腔内出血、頸椎損傷等)に対する十分な評価が入院前にできていなかったのにもかかわらず、看護師に対してバイタルサイン4時間等の一般的な注意をしただけで、具体的な経過観察の方法を示さなかったことは適切とは言えない。高エネルギー外傷患者の経過観察としては超音波検査をはじめ、呼吸循環動態、理学的所見を繰り返し調べるべきであった。そして、心破裂による外傷性急性心タンポナーデは出血速度が速いため、現場即死あるいは受傷後短時間で発症するが、Aのように受傷後2時間半ごろに症状が出る原因として心破裂はきわめて稀であり、ほとんどの原因は心挫傷であること、心挫傷の場合は心嚢穿刺または心嚢を切開して貯留した血液の一部を出すことで症状を改善できること、血液を吸引除去あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開または開窓術)していれば救命できた可能性がきわめて高いこと、Aは受傷から容体が急変するまでの約2時間半は循環動態も安定していたので、この間に重度外傷患者の診療に精通している施設に搬送していればほぼ確実に救命できたことが認められる。
Y医師としては、遅くとも経過観察を講じた時点ですみやかに胸部超音波検査を実施する必要があり、それをしていれば心嚢内の出血に気づき、ただちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し、あるいは手術的に心嚢を開放し、仮に本件病院で心嚢開放ができないのであれば、3次救急病院に搬送することによって救命ができたと言うことができ、Y医師の過失・注意義務違反を認めることができる。
さらに本判決は、B病院が2次救急医療機関であり、Y医師の施行した医療内容は2次救急医療機関として期待される医療水準を満たしているとの病院側からの主張に関しては以下のように述べている。
救急医療機関は「救急医療について相当の知識及び経験を有する医師が常時診療に従事していること」などが要件とされ、その要件を満たす医療機関を救急病院として都道府県知事が認定することになっており(救急病院等を定める省令1条1項)、またその医師は「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用等についての相当の知識及び経験を有すること」(昭和62年1月14日厚生省通知)が求められているのであるから、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なると解するのは相当ではなく、本件においては2次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務を負うべきであると解すべきである。
そうすると、2次救急医療機関における医師としては、本件においては、Aに対し胸部超音波検査を実施し、心嚢内出血との診断をしたうえで、必要な措置を講じるべきであったということができ、自ら必要な検査や措置ができない場合には、ただちにそれが実施可能な医師に連絡をとって援助を求める、あるいは3次救急病院への転送が必要であった。