Vol.025 美容整形術の施術においては具体的で十分な説明を

~美容整形術で求められる患者への高度な説明~

-東京地方裁判所平成10年(ワ)第10933号 H15.4.22判決-
協力:「医療問題弁護団」中川 素充弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事案の概要

Xは当時35歳の独身男性で、平成7年2月20日、雑誌に紹介されていたA美容外科で腹部除脂術の相談に加え、長茎術の相談をした。そして5月25日、A美容外科にて、以下の内容の陰茎を長くする長茎術及び亀頭と陰茎に脂肪を注入して亀頭を大きく、陰茎を太くする増大術の施行を受けた(以下「本件基本手術」)。
その内容は、(1)Xの恥骨骨膜上の皮下組織及び脂肪組織を剥離したうえで、陰茎提靱帯及び陰茎ワナ靱帯を剥離し、下縁近くまで解放して陰茎海綿体を引き出し、恥骨骨膜と陰茎根部皮下組織をナイロン糸4本で縫合結紮し、皮膚を恥骨方向に引き寄せるように縫合するもの、及び(2)恥骨上と下腹部を中心に採取した脂肪組織を亀頭、陰茎の白膜上の筋膜にそれぞれ注入するというものであった。
なお、本件基本手術前にXは手術申込承諾書に署名・押印しており、その承諾書には不動文字で「手術はときには一度で目的を達成しないこともありえます。その時には普通3~6か月後ぐらいに再手術を行います」などと記載してあった。
しかし、手術後、Xの陰茎にリンパ浮腫が生じ、その部分の皮膚が厚く炎症反応が生じたため、同年6月8日にXの承諾を得たうえで、その陰茎の絞扼輪付近の包皮を直線状に切り、その両側の皮膚を縫合する手術を施行した(絞扼輪解除手術)。ところが、痛み等が治まらず、創部から浸出液が生じるため、同年8月14日、同部位を再切開し、死腔にドレーンを2本挿入した(浸出液原因検索手術)。ところが、24日にドレーンが1本消失したため長茎術の創部を再び開けてドレーンを探索し、これを見つけて除去した(ドレーン探索手術)。その後、ドレーン探索手術創の内部が狭小化したため、同年10月15日、瘻孔やリンパ浮腫が収まってできた瘢痕の切除等を目的とする瘢痕切除等手術を施行した。しかし、Xは勃起不全になったことなどを訴えるようになったほか、大学病院の泌尿器科等を受診するようになったり、自殺願望などを訴えるようになったりした。
そして、「自殺の原因はA美容外科によるペニスの手術です」、「A美容外科相手に私が出した100万円+慰謝料を裁判をしてでも必らず取り上げて下さい。今後私のような者がない様にしてもらって下さい」などという内容の遺書を書き残し、結局、平成8年2月8日に自殺した。
本判例は、遺族が、
(1)基本手術に関して
ア 長茎術と増大術とを同時施行すべきではなかったこと
イ 注入脂肪量が通常を超えていること
ウ 事前に絞扼輪を解除しなかったこと
エ 感染症を発生させたこと
オ リンパ管の損傷させたこと
カ 術後措置の不十分性
キ 脂肪不正に対する措置の不十分性
の過失があること、さらに、
(2)一連の手術等によって陰茎海綿体神経を切除したこと等により勃起不全になったことにつき過失があること
(3)一連の手術等により醜状痕を生じさせたり、陰茎を縮小させてしまった過失があること
(4)自殺企図があったのにこれを防止しなかった過失
(5)説明義務違反
を主張し、Xの実母がA美容外科経営者に対して損害賠償請求したものである。

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判決

A美容外科の説明義務違反を認める


裁判所は、原告の主張する(1)から(4)の過失を否定し、(5)説明義務違反を認めた。

つまり、一般論として手術の決定については患者の意思が尊重されるべきであるとしつつ、「とりわけ、美容形成手術の場合には、その目的は極めて個人的な美醜の判断や好みを前提として、その主観的な願望を満足させるところにあり、これを施行する医学的必要性や緊急性のない場合がほとんどであるから、美容形成手術を受けるか否かを自己の任意の意思に従って決定するにあたっては、その前提として、当該美容形成手術に関する正しい情報、すなわち、手術の具体的な内容、成功の見通し、手術後患部が治癒するまでに要する時間、その間に通常生じる患部の状況の変化、術後の管理の方法、発生が合理的に予想される危険性や副作用等について適切な情報が必要であることは多言を要しないところであるから、美容形成手術を他人に勧めたり、その手術を担当しようとする医師は、その手術を受けさせる前に、その手術を受けようとする者に対して、できる限り多くの上記情報を提供して説明すべき義務(以下「説明義務」)を負っているというべきである。
しかも、美容形成手術を受けようとする者は、Xがそうであったように、雑誌やインターネット等で美容形成手術の広告記事を読み、その手術に危険性はなく、簡単かつ短期間で満足が得られると考えて、手術を受けようと決意することが多いのではないかと思われるが、このような者は、手術を受けようとする身体の部位について、一般の人よりも強いコンプレックスとこだわりを抱いているからこそ、そのような美容形成手術を受けようとしているものと思われる。したがって、仮に、手術によって主観的に期待しているような効果が得られないときには、手術の本来の目的とは逆に、より一層強いコンプレックスを抱いてしまう危険性があることも容易に推測しうるところであるから、これらの手術を施行しようとする美容形成外科の医師は、これらの特殊事情にも配慮した上で、上記のような当該手術の利害得失を個々の患者の希望や特性に即して丁寧かつ具体的に説明すべき法的義務があるというべきである」としている。
そのうえで、「一般的に、長茎術や増大術を受けようと考えている者が、一時的とはいえ、手術によって陰部がこのように大きく腫れることを当然に了解しているとは考えられないところであるから、通常、手術によってこのように腫れるのであれば、担当医師としては、手術を受けようとする者に対し、このような状況を含めて上記の諸点を正確に説明しておくことが必要であり、説明すべき義務があるというべきである」とした。
そして、主治医であったB医師は、Xに対し、長茎術と増大術の具体的な内容とその効果、注入した脂肪がすべて生着するわけではないことや脂肪融解の可能性について、一応は説明していたものと認められるとしつつも、Xの本件基本手術直後の言動等から、B医師がXに対して、手術によって陰茎が大きく腫れることやリンパ浮腫の内容やリンパ浮腫が生じた場合の治療方法などについて、Xが理解できるよう具体的に説明をしていないことを推認させるものであるとし、長茎術や増大術について、手術によって通常起こりうる陰茎の腫れやリンパ浮腫や瘢痕などのマイナス面について十分知らされることなく、手軽に陰茎を長く、大きくできるものと誤解して、本件基本手術を受けたものと認めるのが相当であるとし、説明義務違反を認めた。
また、A美容外科が、Xに対して術後管理等を記載した説明書を交付した点についても、「長茎術を受けられた方へ」と題するものには、「傷口に貼ってあるテープは、次回抜糸に来られるまで外さずそのままの状態で御来院下さい」、「ペニスに巻いてあるバンテージも外さないで下さい」、「抜糸をするまで、シャワー入浴は避けて下さい」などと記載されている一方、「亀頭部増大術を受けられた方へ」と題するものには、「本日より1か月間、1日2~3回毎日消毒を行って下さい」、「シャワーは手術後、2日目より浴びていただけますが、シャワー後の消毒は必ず行って下さい」、「両太股に巻いてあるバンテージは、3日経ちましたら外して結構です」などと記載されていて、両者の説明は相反するものとなっており、説明不十分であるとした。
手術申込承諾書の記載についても、不動文字による一般的な記載にとどまるものであるから、これによって上記のような説明義務が果たされたと言うことはできないとしている。
そして、Xの自殺との因果関係は否定したものの諸事情を考慮して原告による慰謝料請求を認めた(800万円、及び弁護士費用80万円)。

判例に学ぶ

最近、「プチ整形」など美容外科を気軽に利用する方が若者を中心に増えている反面、そのトラブルも年々増加しています。
美容外科については、旧来より医療行為と言えるかとの争いがありましたが、現在では「人々の美しくありたいと願う美に対する憧れとか醜さに対する憂いといった、人々の精神的な不満の解消を目的とした消極的な意味での医療行為であって」、「社会的に有用なものとしてその存在価値を認められるべき広義の医療行為に属すると解される」とされ(東京地判1972(S47)5.19判タ280号355頁)、医療行為であることについては、ほぼ争いがありません。
そのため、手技ミス等の注意義務違反の有無については、基本的にほかの診療科とほぼ変わらないのが判例の傾向です。
しかし、説明義務に関しては美容整形の場合は緊急性、医学的適応性が乏しいため、医師に対して求められる説明の内容・程度が高度であり、患者の十分な理解が求められています。具体的には、医学的に判断した当人の現在の状態、手術の難易度、その成功の可能性、手術の結果の見通し、合併症や後遺症等について十分な説明をし、患者が内容を十分に理解したうえで承諾を求める必要があるでしょう。
本件では、患者が医師からの説明を受け手術申込承諾書に署名していますが、不動文字による一般的な記載にとどまるものであるとして説明としては十分でなかったとしています。
なお、本件の場合、自殺との因果関係はないとしつつも、説明義務違反の慰謝料として慰謝料が800万円認められています。説明義務違反は、結果との因果関係が否定されると、賠償金が比較的低額だと言われていましたが、近時はその事案の特殊性、経過によって決して低くないケースも見られます。