A美容外科の説明義務違反を認める
裁判所は、原告の主張する(1)から(4)の過失を否定し、(5)説明義務違反を認めた。
つまり、一般論として手術の決定については患者の意思が尊重されるべきであるとしつつ、「とりわけ、美容形成手術の場合には、その目的は極めて個人的な美醜の判断や好みを前提として、その主観的な願望を満足させるところにあり、これを施行する医学的必要性や緊急性のない場合がほとんどであるから、美容形成手術を受けるか否かを自己の任意の意思に従って決定するにあたっては、その前提として、当該美容形成手術に関する正しい情報、すなわち、手術の具体的な内容、成功の見通し、手術後患部が治癒するまでに要する時間、その間に通常生じる患部の状況の変化、術後の管理の方法、発生が合理的に予想される危険性や副作用等について適切な情報が必要であることは多言を要しないところであるから、美容形成手術を他人に勧めたり、その手術を担当しようとする医師は、その手術を受けさせる前に、その手術を受けようとする者に対して、できる限り多くの上記情報を提供して説明すべき義務(以下「説明義務」)を負っているというべきである。
しかも、美容形成手術を受けようとする者は、Xがそうであったように、雑誌やインターネット等で美容形成手術の広告記事を読み、その手術に危険性はなく、簡単かつ短期間で満足が得られると考えて、手術を受けようと決意することが多いのではないかと思われるが、このような者は、手術を受けようとする身体の部位について、一般の人よりも強いコンプレックスとこだわりを抱いているからこそ、そのような美容形成手術を受けようとしているものと思われる。したがって、仮に、手術によって主観的に期待しているような効果が得られないときには、手術の本来の目的とは逆に、より一層強いコンプレックスを抱いてしまう危険性があることも容易に推測しうるところであるから、これらの手術を施行しようとする美容形成外科の医師は、これらの特殊事情にも配慮した上で、上記のような当該手術の利害得失を個々の患者の希望や特性に即して丁寧かつ具体的に説明すべき法的義務があるというべきである」としている。
そのうえで、「一般的に、長茎術や増大術を受けようと考えている者が、一時的とはいえ、手術によって陰部がこのように大きく腫れることを当然に了解しているとは考えられないところであるから、通常、手術によってこのように腫れるのであれば、担当医師としては、手術を受けようとする者に対し、このような状況を含めて上記の諸点を正確に説明しておくことが必要であり、説明すべき義務があるというべきである」とした。
そして、主治医であったB医師は、Xに対し、長茎術と増大術の具体的な内容とその効果、注入した脂肪がすべて生着するわけではないことや脂肪融解の可能性について、一応は説明していたものと認められるとしつつも、Xの本件基本手術直後の言動等から、B医師がXに対して、手術によって陰茎が大きく腫れることやリンパ浮腫の内容やリンパ浮腫が生じた場合の治療方法などについて、Xが理解できるよう具体的に説明をしていないことを推認させるものであるとし、長茎術や増大術について、手術によって通常起こりうる陰茎の腫れやリンパ浮腫や瘢痕などのマイナス面について十分知らされることなく、手軽に陰茎を長く、大きくできるものと誤解して、本件基本手術を受けたものと認めるのが相当であるとし、説明義務違反を認めた。
また、A美容外科が、Xに対して術後管理等を記載した説明書を交付した点についても、「長茎術を受けられた方へ」と題するものには、「傷口に貼ってあるテープは、次回抜糸に来られるまで外さずそのままの状態で御来院下さい」、「ペニスに巻いてあるバンテージも外さないで下さい」、「抜糸をするまで、シャワー入浴は避けて下さい」などと記載されている一方、「亀頭部増大術を受けられた方へ」と題するものには、「本日より1か月間、1日2~3回毎日消毒を行って下さい」、「シャワーは手術後、2日目より浴びていただけますが、シャワー後の消毒は必ず行って下さい」、「両太股に巻いてあるバンテージは、3日経ちましたら外して結構です」などと記載されていて、両者の説明は相反するものとなっており、説明不十分であるとした。
手術申込承諾書の記載についても、不動文字による一般的な記載にとどまるものであるから、これによって上記のような説明義務が果たされたと言うことはできないとしている。
そして、Xの自殺との因果関係は否定したものの諸事情を考慮して原告による慰謝料請求を認めた(800万円、及び弁護士費用80万円)。