東京地裁 平成15年5月26日判決
(1) C医師の呼吸管理上の過失を認める
裁判所は、(1)の点につき、人工呼吸の開始基準は文献上、さまざまな見解があり、統一的基準が存在するものではないため、当該患者の原疾患や臨床所見、経過等を考慮したうえで総合的に判断すべきとした。
そしてAの臨床経過については、Aの動脈血炭酸ガス分圧(PACO2)は、5月14日の時点ですでに54.2mmHgと正常値を上回っていたうえ、5月15日午前中には61.3mmHgとさらに上昇し、同日午後4時の時点においても60.0mmHgと依然として高値を示していたのであって、Aは肺胞低換気を基礎として呼吸不全に陥っていたものと認められる。しかも、動脈血炭酸ガス分圧が高値である場合、呼吸回数は頻回となるはずであるにもかかわらず、Aはむしろ呼吸回数が減少しており、このことは呼吸筋の疲労蓄積により呼吸運動能力(換気能力)が低下したためであると認定した。
このように、Aは肺胞低換気の状態がつづいていたうえ、呼吸筋の疲労も蓄積している状態だったのであり、このような状態が継続していけば、動脈血炭酸ガス分圧がますます上昇し、呼吸運動や呼吸中枢を抑制し、ひいては呼吸停止にいたることが十分に予測できる状態であった。そして、肺胞低換気を改善するには人工呼吸が必要であり、人工呼吸を行わずに酸素投与のみをつづけると、最終的には呼吸停止にいたることが予測された。
裁判所は、これらを前提として、C医師は担当医師としてAが肺胞低換気の進行や呼吸筋の疲労による呼吸停止にいたった場合にはただちにこれを発見し、かつただちに呼吸回復の措置がとれるような体制をとらない限りは、遅くとも5月15日中には、人工呼吸をすべきであったと判断した。
C医師は、前記義務があるにもかかわらず、5月15日には、他病院で勤務してAの診察をせず、代診の医師から動脈血炭酸ガス分圧の結果等を聞き、経過観察の指示をしたのみで、急な呼吸停止に備えた体制をとることも、人工呼吸器を装着することも指示しなかった。その結果、Aにおいては、5月16日8時37分にはすでに心電図が呼吸停止・心停止に近い状態にあることを示し、午前8時42分、呼吸停止・心停止状態になった。
したがって、C医師には、Aに対して機械的人工呼吸を行うべきであったのにこれを怠ったという呼吸管理上の過失があったと判断された。
(2) (1)とAの損害との因果関係を認める
裁判所は、C医師の前記過失の結果、Aにおいては、5月16日8時37分には心電図が呼吸停止・心停止に近い状態にあることを示し、8時42分、呼吸停止・心停止状態になった。よって、少なくとも同日8時37分から気管内挿管が行われた同日8時44分ころまでの間は、Aの脳には十分な血流が確保されていなかったものと認められ、その後、鼠経動脈で脈拍を触知できる状態となった同日8時50分までの間は、Aの脳には十分な血流が確保されていなかった可能性が高く、その結果、低酸素脳症に陥り、無言無動となったものとして因果関係を認めた。
なお、被告はAの呼吸停止は、ADEMの発症によるものであるため、因果関係は認められないと主張したが、証拠上、ADEMの発症は認められず、仮にADEMが発症していたとしても、同月15日に患者に対して機械的人工呼吸が行われていれば、患者が呼吸停止に陥ることはなかったし、また、仮に機械的人工呼吸を行う代わりに、患者が呼吸停止にいたった場合にはただちにこれを発見し、かつ、ただちに呼吸回復のための措置がとれるような体制がとられていたら、患者に低酸素脳症が発生する前に呼吸回復が可能であったと考えられるのであるから、ADEMの発症は、担当医師の過失と患者の現在の状態との間の相当因果関係を否定する根拠とはならないと判断した。
そして、前記(1)の過失と相当因果関係のある損害として、治療費・入院費、過去及び将来の付添介護費、Aの逸失利益、慰謝料、両親の慰謝料を認め、合計1億6465万9931円の損害額を認定した。
(3) 被告病院の継続的治療の義務は認められない
将来の治療内容は、現時点では不明であると言わざるをえず、Aの権利内容が具体性を欠くこと、法律上、医師は診察治療の求めがあったときには、正当な事由がなければこれを拒んではならないものとされており、医師等は医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならないものとされていることから、さらに抽象的に将来適切な治療を受ける権利の確認をする必要性は認められないとして、確認の訴えを却下した。