Vol.027 専門外の診療科目における転医義務はいつの時点で生じるか

~ジェネラリストとして日ごろから研鑽を~

-平成12年(ワ)第4390号損害賠償請求事件、名古屋地裁平成16年6月25日判決(民事第6部)-
協力:「医療問題弁護団」飯塚 知行弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件患者であるXは、平成10年1月11日午前、入浴中に咽頭部付近等に痛みを覚え、次第に息苦しさや胸痛も出てきたため、午後0時30分ごろにY病院の救急外来を受診し、A医師(昭和45年医師資格取得。専門は腹部外科)の診察を受けた。
初診時、Xは顔色は不良で冷や汗があり、血圧が高かった。A医師は血液検査、胸部レントゲン検査、胸部単純CT検査、心電図検査、胸部腹部超音波検査などを指示、XはY病院に入院することとなった。また、A医師はXを狭心症と診断して冠血管拡張剤や鎮痛剤を処方したところ、夕方ごろまでにXの症状は軽減。胸部レントゲン検査、心電図検査などでは格別な所見は認められなかったが、胸部腹部超音波検査の結果、検査技師から総合所見として、「解離性動脈瘤検索は必要、造影CT」の報告がされ、A医師はこの報告を受けて胸部造影CT検査を実施した。胸部単純CT検査及び造影CT検査の結果、剥離内膜像は認められず、ごく少量の心嚢液の貯留と、わずかであるが大動脈弓部の部分的拡張と下行大動脈の壁肥厚像が認められた。A医師は大動脈内に細い三日月状で白く濃く写っている像(裁判で実施された鑑定結果によれば早期血栓閉塞型大動脈解離の比較的わかりやすい像とされる)が大動脈解離を示唆するものであるとは読影できず、Xが大動脈解離である可能性は低いと判断した。
入院中の12~15日にかけてXに胸痛はなく、格別自覚症状の訴えもなかったことから15日に退院、その後は通院治療によって経過観察をするとともに既往の糖尿病を中心とした内科的治療を受けることになった。
17日午後3時15分ごろ、XはA医師の外来診療を受診、血圧は高かったが自覚症状は特になかった。しかし、帰宅途中にY病院駐車場で停車中の乗用車に接触する事故を起こし相手と話し合いをしていたところ、激しい胸内苦悶感及び右下肢痛を来し、午後5時ごろ、A医師を再受診した。
再診察時、Xは右足部が血行障害のため蒼白で右下腿から腰部にかけての痛みと右足のしびれ感を訴え、これに対してA医師は心電図検査、血液検査、胸部レントゲン検査などを指示するとともに酸素吸入、輸液等の処置をした。連絡を受けたXの家族がY病院に着いたときには、Xは激しい胸痛などのため、ほとんど言葉を発することができない状態であった。
同日午後6時20分ごろ、右足部の血行はやや改善し、同日午後8時30分ごろまでに右下腿から右足部の血行障害はほぼ消失したものの胸苦しさはつづき、同日午後9時30分ごろ、再入院となった。入院後も左背部から右胸部にかけての突き刺すような痛み、四肢冷感、四肢しびれ感、胸痛に加えて腰部痛も訴えたが、A医師が鎮痛剤を処方すると症状は治まった。
なお、Y病院では非常勤の放射線科医師であるB医師が17日に来院し、11日に行われたXの胸部単純及び造影CT検査の画像を読影し、「上行大動脈から下行大動脈(胸部)の造影されない壁肥厚像が見られる(下行に目立つ)。内腔の剥離内膜像は示さず。心嚢水がわずかにある。大動脈弓部に拡張が部分的にある。大動脈解離。ディべーキーI型を考える」旨を放射線科の検査報告書に記載した。A医師は、18日朝にB医師の報告書を見て、再度11日に実施された胸部CT検査の画像を読影したが、やはりこれを大動脈解離の所見とは診断せず、18日朝にXの下肢の血行障害や胸痛が治まっていたことなどの臨床所見などに照らせば、大動脈解離と診断することは困難であると判断した。
18日午前10時ごろ、Xは胸が締めつけられるような感じを訴え、同日午後0時ごろにも再び胸痛を訴えたことから、看護師が、A医師にXから胸苦しさの訴えがある旨連絡したが、同医師はそのまま経過を見るように指示。そして、同日午後1時50分ごろ、Xは白目をむき、鼾をかき始めるなど容態が急変し、A医師らが蘇生措置を講じたが、同日午後6時45分に死亡した。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

(1)1月11~15日における転医義務違反について

 A医師の転医義務違反を認めず


裁判所は、まず診療経過や(裁判上実施された)鑑定結果によれば、Xは11日のY病院の受診時、すでに急性大動脈解離を発症していたものと推認でき、客観的にはA医師は急性大動脈解離を見逃していた旨を指摘する。
しかし、かかるA医師の診断が過失であるか否かの判断は当該医師が属する専門領域における医師として当時の医療水準に照らして通常要求される診療上の注意義務に違反したと認められるか否かによると、一般的な判断基準を述べたうえで、鑑定結果でも11日に実施された胸部単純及び造影CT検査の結果について「このCT所見は典型的な所見ではなく、心臓血管の専門家でない一般外科医の場合、見逃す可能性はかなり高いと思われる」との結論が示されていること、A医師は昭和45年に医師資格を取得した腹部外科の医師であって心臓血管の専門家ではないこと、さらに大動脈解離を示唆する像としては大動脈内に細い三日月状で白く濃く写っている部分があるほかに大動脈解離と判断できる明確な所見はなかったことなどを指摘し、11~15日にかけてCT検査の結果などからXが急性大動脈解離であると診断しなかったことをもって、心臓血管の専門家でない外科医として当時の医療水準に照らし医師としての注意義務(Xを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送すべき注意義務)の違反があったということはできない旨を判示した。


(2)17日における転送義務違反について

 A医師の転送義務違反を認める


裁判所は、急性大動脈解離の典型的な初発症状は突然生じる激烈な胸痛などであり、解離の伸展により臓器虚血などが引き起こされることなどからすると、17日午後5時ごろの再受診時にXは急性大動脈解離の典型的な症状を示していたものと認められるとした。
そして、鑑定においても「再解離(解離の伸展)が生じた場合の典型的な症状があった」、「17日から18日にかけての症状の変化で急性解離を疑わなかったことは、初歩的なミスと言われても仕方ないであろう」と指摘されており、他方、Y病院は通常、大動脈解離の疑いがあると診断した患者はほかの病院に転送していたことなどを指摘し、A医師は遅くとも17日中にはXを急性大動脈解離の手術が可能である医療機関に転送すべき注意義務があったとして、Xを転送しなかったA医師について転送義務違反を認めている。


(3)因果関係について

 A医師の診療上の過失と Xの死亡との因果関係を認める


因果関係に関しては、鑑定結果等からXは大動脈解離の急激な伸展によって死亡したものと認められるとし、また、鑑定結果から「心タンポナーデや冠動脈閉塞、その他の致命的な症状が出現する前の全身状態が良好なうちに手術が施行できたならば、救命率は少なくとも80パーセント以上であったと考える」とした。そのうえで、Xの大動脈解離は18日午前10時ごろ、心臓側に伸展し心タンポナーデなどの致命的な合併症を併発したものと推認でき、そうすると遅くとも17日中にXを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送させていたとすれば、18日午前10時ごろには転送先の医療機関において急性大動脈解離に対する緊急手術が実施されXが救命される蓋然性が高かったから、A医師の診療上の過失とXの死亡との間には相当因果関係がある旨を判示した。

判例に学ぶ

診療契約上、転医させる義務が生じる場合として、(1)イ・医師にとって患者の疾患が自己の専門外の診療科目に属するため、その患者を診療する能力がないか不十分な場合、ロ・患者の疾患に照らし、これを診療する人的、物的態勢などが整っていないか不十分な場合、(2)患者の疾患に対し、より適切な診断または治療方法が存在しかつ当該患者がその適応にあること、これを前提に、(3)患者を受け入れることが可能な適切な転医先が存在し、かつ患者を転送先の医療機関まで安全に搬送できる状況にあることなどが指摘されています。本件は、このうち(1)の要件を中心として判断された事例だと言えます。
本件事案からは、かかる観点での転医義務につき、(i)臨床症状や検査所見などからどのような疾患を疑うべき、あるいは疑わなければならないかの問題、(ii)具体的に専門外の疾患が疑われた場合に、適切な確定診断を下し、適切な治療を実施するために転医させるべきか否かという2段階に分けて考察がなされ、その判断は当該医療機関の医療水準論と密接に関連していることがわかります。
11日時点での過失の判断については、11日時点の臨床症状と検査所見をもとに急性大動脈解離という専門外の疾患にたどり着かなかったことは一般外科医としては致し方ないとして、(i)の問題として捉え、その義務違反を否定したものと考えられます。しかし、17日時点での過失については、(i)に関して、A医師は大動脈解離を疑わせるに足りるXの臨床症状の変化などに遭遇したものであり、A医師は大動脈解離を疑うべきであったと認定したうえで、(ii)に関してY病院では大動脈解離の十分な治療はできないのであるから転医させるべきと判断しています。臨床症状の変化をどう見るかについて、言わばジェネラリストとしての医師の医療水準が問われたものとも言うことができましょう。
迅速な検査治療が肝要で、かつそれを怠った場合には重篤な結果にいたる疾患の場合には、より慎重な対応が必要であり、当該疾患に関して多少なりとも疑いを持った場合、あるいは迷いがある場合には、最低限、専門医にコンサルするか、転医させる決断を持つべきだと思います。裁判例としてはヘルペス脳炎の見落としの事例などもよく見られるところであり、臨床件数の多くない疾患では殊に注意を要します。また、専門分野の特化が著しい現在の医療現場においても、なおジェネラリストとしての日ごろの研鑽を怠ってはならないという永遠の命題も再認識させられます。