(1)1月11~15日における転医義務違反について
A医師の転医義務違反を認めず
裁判所は、まず診療経過や(裁判上実施された)鑑定結果によれば、Xは11日のY病院の受診時、すでに急性大動脈解離を発症していたものと推認でき、客観的にはA医師は急性大動脈解離を見逃していた旨を指摘する。
しかし、かかるA医師の診断が過失であるか否かの判断は当該医師が属する専門領域における医師として当時の医療水準に照らして通常要求される診療上の注意義務に違反したと認められるか否かによると、一般的な判断基準を述べたうえで、鑑定結果でも11日に実施された胸部単純及び造影CT検査の結果について「このCT所見は典型的な所見ではなく、心臓血管の専門家でない一般外科医の場合、見逃す可能性はかなり高いと思われる」との結論が示されていること、A医師は昭和45年に医師資格を取得した腹部外科の医師であって心臓血管の専門家ではないこと、さらに大動脈解離を示唆する像としては大動脈内に細い三日月状で白く濃く写っている部分があるほかに大動脈解離と判断できる明確な所見はなかったことなどを指摘し、11~15日にかけてCT検査の結果などからXが急性大動脈解離であると診断しなかったことをもって、心臓血管の専門家でない外科医として当時の医療水準に照らし医師としての注意義務(Xを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送すべき注意義務)の違反があったということはできない旨を判示した。
(2)17日における転送義務違反について
A医師の転送義務違反を認める
裁判所は、急性大動脈解離の典型的な初発症状は突然生じる激烈な胸痛などであり、解離の伸展により臓器虚血などが引き起こされることなどからすると、17日午後5時ごろの再受診時にXは急性大動脈解離の典型的な症状を示していたものと認められるとした。
そして、鑑定においても「再解離(解離の伸展)が生じた場合の典型的な症状があった」、「17日から18日にかけての症状の変化で急性解離を疑わなかったことは、初歩的なミスと言われても仕方ないであろう」と指摘されており、他方、Y病院は通常、大動脈解離の疑いがあると診断した患者はほかの病院に転送していたことなどを指摘し、A医師は遅くとも17日中にはXを急性大動脈解離の手術が可能である医療機関に転送すべき注意義務があったとして、Xを転送しなかったA医師について転送義務違反を認めている。
(3)因果関係について
A医師の診療上の過失と Xの死亡との因果関係を認める
因果関係に関しては、鑑定結果等からXは大動脈解離の急激な伸展によって死亡したものと認められるとし、また、鑑定結果から「心タンポナーデや冠動脈閉塞、その他の致命的な症状が出現する前の全身状態が良好なうちに手術が施行できたならば、救命率は少なくとも80パーセント以上であったと考える」とした。そのうえで、Xの大動脈解離は18日午前10時ごろ、心臓側に伸展し心タンポナーデなどの致命的な合併症を併発したものと推認でき、そうすると遅くとも17日中にXを急性大動脈解離の手術が可能な医療機関に転送させていたとすれば、18日午前10時ごろには転送先の医療機関において急性大動脈解離に対する緊急手術が実施されXが救命される蓋然性が高かったから、A医師の診療上の過失とXの死亡との間には相当因果関係がある旨を判示した。