Vol.028 開業医、市中小中規模一般病院の基本的な役割

~患者の病因解明や治療には可能な限りの努力をすべき~

-最高裁判所平成7年(オ)第1205号、平成9年2月25日判決、破棄差し戻し-
協力:「医療問題弁護団」木村 雅一弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A子は発熱と喉の痛みを訴え、被告Y1医院を訪れ、これら症状のため1ヵ月弱通院した。その際、顆粒球減少症を副作用に持つ薬剤(ネオマイゾン等抗生剤、サルファ剤、ピリン・非ピリン系鎮痛解熱剤、鎮咳剤)を複数投与されていた。
A子の症状はいったん軽快したものの、再びひどく咳込むようになった。投与後3週間ほどでA子が発疹を訴えたため(その2日前に診察した際も同女に発疹は出ていたが、Y1医院の医師はその発疹を見逃した)、湿疹・風疹・薬疹等を疑い、薬剤の投与をいったん控え、被告Y2病院へ紹介した。
この間、血液検査等の検査、また顆粒球減少症を疑うような問診等もいっさい行われなかった。
Y2病院は、A子の湿疹の症状を風疹と判断しつつ、感染症の疑いもあったためリンコシンを投与した。このとき(初めて血液検査を行った)、白血球数は2800/mm3(顆粒球数は1400/mm3)ということが判明した。
不信感を抱いたA子は、Y2病院を強制的に退院し、Y1医院の交付した紹介状を持って訴訟外のY3病院に再転院した。しかし、この時点ですでに手遅れであり、約10日後、顆粒球減少症を原因とする敗血症にもとづく内毒性ショックによりA子は死亡した。
そこで原告は、被告Y1とY2に対し、検査義務懈怠、発症診断の過誤、転送義務違反、説明義務違反等の注意義務違反があるとして損害賠償を求めた。

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判決

被告Y1医院の注意義務違反を認める


一審は亡A子が顆粒球減少症にかかったことを予見することは困難であったと認定、被告ら(Y1・Y2)に過失はないとして請求を全部棄却した。
ニ審(原審)は、被告ら(Y1・Y2)には検査義務違反、経過観察義務違反はあるものの、各義務違反と本症発症との間には因果関係がないとして、請求棄却すべきものとした。
最高裁判所は、次のように原告の主張する注意義務違反の存在を認めた。すなわち、「被告Y1のような開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転院させることにあるのであって、開業医が長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは、その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべきである」と判示し、開業医が患者に重大な病気の可能性を認めた場合における注意義務の一般的判断基準を述べた。
この一般基準を用い、注意義務違反に関して以下のように具体的判断を示したのである。
本事件の鑑定によると、亡A子の病歴に顆粒球減少症を確認しうる検査所見・症候がないことから、突然劇症型の顆粒球減少症を発症したと推測されていた。
しかしながら、最高裁は「A子の病歴に本発症を確認しうる検査所見等がないというのは、同日までに白血球分画検査並びに本症発症の可能性をも想定した問診及び診察がされたにもかかわらず本症の発症が認められなかったというのではなく、被告Y1がA子には既に発疹が生じていたにもかかわらずこれを見過ごし診療契約上の検査義務及び経過観察義務を怠り、客観的検査を行わず、本症特有の症状の有無に意識的に注意を払った問診及び診察もされなかった結果をいうに過ぎない」とし、鑑定の際の資料として顆粒球減少症の検査所見がなかったことを、被告Y1の落ち度と判断した。
さらに、「開業医が本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与された患者について薬疹の可能性のある発疹を認めた場合においては、自院又は他の診療期間において患者が必要な検査、治療を速やかにできるように相応の配慮をすべき義務があるというべきであり、A子の発疹が薬疹によるものである可能性は否定できず、本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与されたものである以上、同被告は本症発症を予見し、投薬を中止し、血液検査をすべき義務がないと速断した原審の右判断には、診療契約上の注意義務に関する法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない」と判示。被告Y1医院の一連の行動には注意義務違反があったことを認定した。

判例に学ぶ

この最高裁判決から導き出されるのは、患者に重大な病気のある可能性がある場合には、開業医などの十分な医療設備の整っていない医院でも、その患者の病気の診断・治療が不可能であることをもって注意義務違反を否定せず、なおもその医院は患者の病因の解明や治療のために高度医療を行える他医療機関に転院させるなど、可能な限りの努力をすべき義務があり、それを怠った場合には法的責任を課される可能性があるということです。
患者の病状について、その場ですぐに確定診断ができない場合でも、医師は考えられる複数の可能性についてフォローすべく対処する必要があることになります。
本件で言えば、たとえば被告Y2病院のように、風疹の疑いがもっとも強そうだからといって、薬疹の可能性をまったく考えない処置をしてしまうと、やはり「患者の病因の解明のために可能な限りの努力」をし尽くしていないと判断されることになります。
被告Y1医院に関しても、顆粒球減少症の副作用を有する複数の薬剤を投与していたにもかかわらず、問診や血液検査をいっさいせず、亡A子が1ヵ月近くほぼ毎日通院していた間、漫然と風邪の症状のみの治療にあたっていたことは、「可能な限りの努力」とは評価されないことになります。
最後に被告Y1医院が、亡A子を訴外Y3病院へ再転院させた際も「緊急入院を必要とするほどの状況にあった患者」という前提で亡A子を病院に送ったのではなく、単に訴外Y3病院への紹介状を書き、亡A子に交付したのみであったことが、転院措置としては不十分であると言わざるをえないとの評価を受けています。
このように、本判決における開業医等の注意義務の判断基準を踏まえると、確定診断のつかない症状については、まず、その症状が緊急性を要するか否か、緊急性を要するならば、自院でさらに検査することが可能か、不可能であれば専門性の高い病院へ転院させるというところまでが注意義務の範囲となるでしょう。転院の際も漫然と紹介状を交付するのではなく、緊急性を要するのであればそれを患者に告げ、また紹介先の病院へもその旨を告げ、速やかな転院措置がなされるように配慮しなければならないということです。
緊急性を要しない状況で経過観察を行うような場合も、どのような点に注意を払って症状を観察するか、どのような状況に陥った場合に、ただちに受診・検査すべきか等を患者にわかりやすく説明することが望まれます。
もちろん、すべてのケースで前記のような検査や転院措置が要求されているものではありません。具体的な注意義務の内容についての判断は個々の具体的なケースの状況により判断されます。
今回のケースでは、何度も患者が病院を訪れており、そのたびに検査を行える状況や、問診を行える状況にあったにもかかわらず、いっさい行わなかったというような具体的事情が前提となっていることは言うまでもありません。当然、検査や治療の内容、転院先の決定等については、医師に合理的な範囲での裁量が存在していることも前提です。
最高裁が、開業医ないしは、それに準じる規模の病院等がなすべき義務を具体的に判示したのは初めてのケースで、今後もこの判断基準が地裁や高裁で踏襲されていくことが予想されます。
確定診断のつかない症状の患者が来た場合、特に緊急性を要するような疾病の可能性が含まれている場合には、自院で検査ができるときには必要な検査をし、それが不可能ないし不十分な場合には専門性の高い医療機関に転院させる。そして、その状況を患者自身にも十分に説明することが肝要です。