Vol.027 AVM事件

~説明義務違反に高額慰謝料が認容された事例~

-東京地方裁判所平成4年(ワ)第20400号、平成8年6月21日判決-
協力:「医療問題弁護団」横山 哲夫弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、脳動静脈奇形(以下AVM)の全摘手術に関する事件である。1967年12月1日生まれの男性Aは、6歳となった1973年ころから左半身の麻痺や頭痛等の症状が出現し、翌年「ラージAVM」と診断された。その後、数年間、本件手術を行った病院において投薬治療等を受けてきたものの、症状の増悪、AVMの成長が見られたとして、1981年6月に本件手術が行われた。
本件手術中、脳梁からの出血が止まらなくなり、医師らが止血操作に難渋しているうちに、周囲脳の急速な膨張及び健側脳内から動脈性の出血が起こるという事態が発生。本件手術後、Aには術前よりも重篤な左片麻痺の障害が残った。その後、Aは本訴提起後である1993年8月に浴槽に転落して死亡した。
原告Xら(Aの両親)は、(1)本件手術を選択した過失、(2)手術前に十分な検査を実施しなかった過失、(3)本件手術に際して、AやXらに対して手術の必要性、危険性等について十分な説明をしなかった過失があるなどとして、被告病院Yに対して診療契約上の債務不履行及び不法行為にもとづく損害賠償を請求した。
一方の被告Yは(1)本件のラージAVMは徐々に成長したものであること、AVM周囲において小出血を疑わせる兆候があったことから本件手術は不可避と判断した、(2)十分な検査を行い、ナイダスの位置等を的確に把握したうえで本件手術を施行した、(3)担当医は死亡したため具体的な内容は不明である。脳の一部を切除する手術がそれ自体きわめて難易度の高い手術であることは誰にとっても容易に理解される。従前保存的療法が行われたのは手術が危険だからでありXはそれを理解していたはずである、と主張した。

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判決

Y病院の説明義務違反を認める


本判決は、前提としてAの発症から本件手術にいたるまでの経過・症状等に照らして症状の増悪を認定した。そのうえで、裁判所は、
(1)一般的に、大型のAVMの長期予後が良好であること、出血例が少ないこと、出血をともなわない場合は絶対的な手術適応にないこと、脳梁部や三葉部にわたるAVMは手術適応にないこと、本件AVMが大型のものであること等には争いがない。しかし一連の経過からすると脳の該当部位に小出血が起こったと考えたことについては、専門医による判断としてその相当性に疑問を差し挟む余地がない。そして、本件AVMは徐々に成長したものであり、これにともなって発生する神経症状も投薬により防止することはできておらずAには突発的な症状の発現がつづいていた。このようなAVMは将来出血する可能性が高く、手術適応の一般論がただちに適用されるべき事例であったとは言えない。さらに、本件手術当時、出血が認められることが手術の相対的適応のうちではもっとも重視されていたこと、増悪の状況などから、本件で手術適応がなかったとは言えない。そしてAVMの成長や症状の悪化の状況から、手術によらなければその成長、悪化を食い止めることはできず、このままでは生命の危険があると判断したこと及び本件手術による障害の可能性が必ずしも大きくなるとは言えず、これが生じても回復の可能性があるとして、なお手術適応があると専門家として判断したことに誤りがあったとすることはできない。
(2)担当医師らは本件手術にあたり、AのAVMについて、その位置、形状、大きさ、導入動脈及び導出静脈の位置や数等について十分把握していたものと認められる。したがって本件手術の実施に際し十分な検査がなされていなかったとの主張は採用できない。
(3)担当医はXらに対し、手術の必要性について話し、その際、手術を受けることによりAの症状が改善されること、薬を飲まなくてよくなること、他方、手術をしなければ、Aの生命の保証はできず、手術によって障害が残る可能性はあるが、リハビリテーションで治ることなどを説明し手術承諾書を得たこと、他の医師は手術前日の夕方、Aの母親に対して自分としては必ずしも気の進まない手術であり、簡単なものではないこと及び相当重篤な障害の残る可能性があることを説明したこと、これに対して母親から「まさか手術でばかになることはありませんよね」と尋ねられたところ、医師はそのようなことはない旨答えたこと、母親は医師の前記説明を聞いて不安になったが、すでに手術前日であり、手術を止めるように医師らに話すことはしなかったことが認められる。診療契約上、医師は患者に対し、当該患者の病状や今後の治療方針について当該患者が十分理解でき、かつそのような治療を受けるべきかどうかを決定できるだけの情報を提供する義務を負っていると言うべきであり、このことは、当該患者の生命やその後の生活に大きな影響を及ぼすような重大な選択を迫る場合にはいっそうのことであると言わなければならない。本件手術についてこれをみるに、本件手術をしなければ生命の危険があるとしても、本件手術が相当の危険性を有するものであり、以前より重篤な障害を残す可能性のあること、本件手術は必ずしもそのときにこれを行わなければならないほどに緊急なものであったとは言い難く、なお様子を見ることもできないではなかったことからすればAやXらとしては、万が一にもそのような重篤な障害をとって生活するよりは、自己の責任においてあえて当面は手術を受けず、従前の生活を継続しようとする選択をすることもありえるのであり、担当医らはそのようにAらが自らの責任において治療方法の選択をするために、適切な情報を提供する診療契約上の義務を負っているものと解するのが相当である。担当医の前記のような説明内容では、その義務を尽くしたとは言えない。
(4)(以上を前提とする損害論として)Xらは、前記説明義務違反によって被った損害として、本件手術によって生じた障害及びその後の死亡に関する損害のすべてを請求している。
しかし当時、仮に本件手術を実施しなかったとすれば、Aの生命の危険を避けることは困難な状況にあったのであり、本件病院の担当医師らによって十分な説明がなされたとしても、Aが本件手術を受けるという選択をした可能性は小さくない。また手術という選択をしなかった場合に、本件手術前の障害の状態のままで相当期間生命を全うできた可能性も決して高いものではない。これらのことからすれば、本件手術によってAに生じた障害を前提とする損害と前記説明義務違反との間に相当因果関係があると認めることはできない。
他方、本件手術を受けなければ、Aは当面、重篤な障害をただちに負うことなく生活できた可能性があることからすれば、Aは担当医師の不十分な説明のために、手術の危険性や予後の状態を十分に把握し、自らの権利と責任において、自己の疾患についての治療を、ひいては自らの人生そのものを真摯に決定する機会が奪われたことになるのであって、これによってAの被った損害は重大である。そして、この精神的損害は、被告の右説明義務違反と相当因果関係があるというべきである。
Aが本件手術当時満13歳で、それまでは他の健常者に概ね劣るものではない日常生活を送ることができていたこと、本件手術により身体障害者等級第2級の重度障害者となり、日常の起居動作もままならなくなってしまったこと等に照らせば、右精神的損害を慰謝するための慰謝料はこれを1600万円と評価するのが相当である。また、弁護士費用の額は200万円が相当であるとした。

判例に学ぶ

自己決定権と説明義務

かつては医師と患者との関係において、患者は医療行為の客体で医師に「お任せし」て「命を預け」ていました。しかし、患者の権利意識の高まりとともに自己の生命・健康について患者自身の意思を尊重すべきであり、いかなる医療行為がなされるかを最終的に決定するのは患者自身(自己決定権)との意識が高まっています。患者の自己決定の前提として医療提供者側からの説明が必要不可欠であり、これを法的にとらえたのが、医師の説明義務。説明義務においては、何を説明すべきか、説明義務違反が認められた場合の責任の範囲などが問題となります。

医師は何を説明すべきか

本判例を取り上げたのは、紹介した1審判決と控訴審判決において、医師が何を説明すべきかが具体的に判示されているからです。臨床現場の医師としては抽象的な基準を示されるより具体的な内容こそが重要です。

説明義務違反が認められた場合の責任の範囲

死亡にともなう損害としては、財産的損害(治療費、葬儀費用、逸失利益〈死亡しなければ得られたであろう収入〉など)と精神的損害(慰謝料)とがあります。説明義務違反による責任の範囲として相当因果関係があるか否かが問題とされますが、説明義務違反が認定されたケースでも、全損害について賠償責任を認めた例と精神的損害のみを認めた例とがあります。
本件においては前記判決のとおり「本件病院の担当医師らによって十分な説明がなされたとしても、Aが本件手術を受けるという選択をした可能性は小さくない。また手術という選択をしなかった場合に、本件手術前の障害の状態のままで相当期間生命を全うできた可能性も決して高いものではない。これらのことからすれば、本件手術によってAに生じた障 害を前提とする損害と右説明義務違反との間に相当因果関係があると認めることはできない」とされています。
ケースバイケースではありますが、説明義務違反だけが責任原因である場合には慰謝料に限定した判決例は多く、本件においても同様でしたが、本件の場合は賠償範囲こそ慰謝料に限定されましたが認容された金額はこれまでにない高額なものでした。かつては問題にされることさえなかった説明義務違反が過失とされて、賠償義務の範囲が広く認められるようになってきたという流れが認められます。医療従事者は、患者の身になって、患者が自分の人生を選択するうえで本当に知りたいと思っていることを伝えるという基本を再確認する必要があります。