Y病院の説明義務違反を認める
本判決は、前提としてAの発症から本件手術にいたるまでの経過・症状等に照らして症状の増悪を認定した。そのうえで、裁判所は、
(1)一般的に、大型のAVMの長期予後が良好であること、出血例が少ないこと、出血をともなわない場合は絶対的な手術適応にないこと、脳梁部や三葉部にわたるAVMは手術適応にないこと、本件AVMが大型のものであること等には争いがない。しかし一連の経過からすると脳の該当部位に小出血が起こったと考えたことについては、専門医による判断としてその相当性に疑問を差し挟む余地がない。そして、本件AVMは徐々に成長したものであり、これにともなって発生する神経症状も投薬により防止することはできておらずAには突発的な症状の発現がつづいていた。このようなAVMは将来出血する可能性が高く、手術適応の一般論がただちに適用されるべき事例であったとは言えない。さらに、本件手術当時、出血が認められることが手術の相対的適応のうちではもっとも重視されていたこと、増悪の状況などから、本件で手術適応がなかったとは言えない。そしてAVMの成長や症状の悪化の状況から、手術によらなければその成長、悪化を食い止めることはできず、このままでは生命の危険があると判断したこと及び本件手術による障害の可能性が必ずしも大きくなるとは言えず、これが生じても回復の可能性があるとして、なお手術適応があると専門家として判断したことに誤りがあったとすることはできない。
(2)担当医師らは本件手術にあたり、AのAVMについて、その位置、形状、大きさ、導入動脈及び導出静脈の位置や数等について十分把握していたものと認められる。したがって本件手術の実施に際し十分な検査がなされていなかったとの主張は採用できない。
(3)担当医はXらに対し、手術の必要性について話し、その際、手術を受けることによりAの症状が改善されること、薬を飲まなくてよくなること、他方、手術をしなければ、Aの生命の保証はできず、手術によって障害が残る可能性はあるが、リハビリテーションで治ることなどを説明し手術承諾書を得たこと、他の医師は手術前日の夕方、Aの母親に対して自分としては必ずしも気の進まない手術であり、簡単なものではないこと及び相当重篤な障害の残る可能性があることを説明したこと、これに対して母親から「まさか手術でばかになることはありませんよね」と尋ねられたところ、医師はそのようなことはない旨答えたこと、母親は医師の前記説明を聞いて不安になったが、すでに手術前日であり、手術を止めるように医師らに話すことはしなかったことが認められる。診療契約上、医師は患者に対し、当該患者の病状や今後の治療方針について当該患者が十分理解でき、かつそのような治療を受けるべきかどうかを決定できるだけの情報を提供する義務を負っていると言うべきであり、このことは、当該患者の生命やその後の生活に大きな影響を及ぼすような重大な選択を迫る場合にはいっそうのことであると言わなければならない。本件手術についてこれをみるに、本件手術をしなければ生命の危険があるとしても、本件手術が相当の危険性を有するものであり、以前より重篤な障害を残す可能性のあること、本件手術は必ずしもそのときにこれを行わなければならないほどに緊急なものであったとは言い難く、なお様子を見ることもできないではなかったことからすればAやXらとしては、万が一にもそのような重篤な障害をとって生活するよりは、自己の責任においてあえて当面は手術を受けず、従前の生活を継続しようとする選択をすることもありえるのであり、担当医らはそのようにAらが自らの責任において治療方法の選択をするために、適切な情報を提供する診療契約上の義務を負っているものと解するのが相当である。担当医の前記のような説明内容では、その義務を尽くしたとは言えない。
(4)(以上を前提とする損害論として)Xらは、前記説明義務違反によって被った損害として、本件手術によって生じた障害及びその後の死亡に関する損害のすべてを請求している。
しかし当時、仮に本件手術を実施しなかったとすれば、Aの生命の危険を避けることは困難な状況にあったのであり、本件病院の担当医師らによって十分な説明がなされたとしても、Aが本件手術を受けるという選択をした可能性は小さくない。また手術という選択をしなかった場合に、本件手術前の障害の状態のままで相当期間生命を全うできた可能性も決して高いものではない。これらのことからすれば、本件手術によってAに生じた障害を前提とする損害と前記説明義務違反との間に相当因果関係があると認めることはできない。
他方、本件手術を受けなければ、Aは当面、重篤な障害をただちに負うことなく生活できた可能性があることからすれば、Aは担当医師の不十分な説明のために、手術の危険性や予後の状態を十分に把握し、自らの権利と責任において、自己の疾患についての治療を、ひいては自らの人生そのものを真摯に決定する機会が奪われたことになるのであって、これによってAの被った損害は重大である。そして、この精神的損害は、被告の右説明義務違反と相当因果関係があるというべきである。
Aが本件手術当時満13歳で、それまでは他の健常者に概ね劣るものではない日常生活を送ることができていたこと、本件手術により身体障害者等級第2級の重度障害者となり、日常の起居動作もままならなくなってしまったこと等に照らせば、右精神的損害を慰謝するための慰謝料はこれを1600万円と評価するのが相当である。また、弁護士費用の額は200万円が相当であるとした。