担当医の過失を認める
判決は、術前の検査結果だけからは非浸潤がんか浸潤がんかを確定することはできず、そのいずれかによって術式や補助療法が大きく変わってくる以上、針生検等で組織を確認する等の検査をすべきだったとし、これを怠ったまま乳房切除術及びリンパ節郭清を実施したことについて、X病院医師の過失を認めた。
これに対し、病院側は針生検によっても非浸潤がんであるとの確定診断にはならないこと、患者の腫瘍の大きさからして非浸潤がんである可能性は少ないことから術前に浸潤がんとして治療方針を立てて術後治療を行ったことに過失はないと反論していたが、判決は、(1)生検によって非浸潤がんとの確定診断が得られる可能性は否定できないこと、(2)担当医にはさらに検査をする時間的余裕はあったこと、(3)乳がんの治療には副作用があるため、浸潤がんとの確定診断がない場合に浸潤がんと扱って非浸潤がんであれば、不要な治療行為を行うことは認められないとして、病院側の主張を排斥した。
さらに術後、非浸潤がんであることが判明した後も、術前の治療方針どおり浸潤がんと扱って、放射線射照、化学療法及びホルモン療法等の補助療法を行ったことについても、非浸潤がんは乳房を切除して腫瘍を摘出してしまえばほぼ治癒すると言えるがんであること、本件手術当時、患者には化学療法や乳房切除後の放射線治療の必要性を思わせる因子、全身再発のハイリスクを示唆する因子は認められないこと、ホルモンレセプターの検査が行われておらずホルモン療法の適用があると確認されていないことから、これら補助療法の適用がなかったとしてX病院医師の過失を認めた。特に、放射線照射により患者の乳房再建に悪影響が出ていることについては、(1)乳房切除術は、身体的障害を来すだけでなく、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をもたらすものであり、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものと言えること、(2)患者の生命予後を考えての放射線照射を正当化できるのは、患者が生命予後を優先する希望を有する場合に限られるが、本件患者は乳がんの手術前から乳房切除後の再建を希望しており、これを医師は知っていた以上、放射線照射はすべきではなかった、とした。
そして、乳房切除術が患者に与える影響や、乳房再建の重要性を指摘し、X病院に対して500万円の損害賠償の支払いを命じた。 ただし、転院先であるY病院の放射線医師が、非浸潤がんとの結果を受けてもなお放射線治療を継続した点については放射線治療を行うか否か判断するのは臨床医であり、放射線科の医師が臨床医からの指示を受け、その判断を尊重して放射線照射を行うことについて過失は認められないとして、Y病院に対する患者の主張は排斥した。