Vol.031 乳がんの確定診断にあたり医療機関に求められる注意義務とは

協力:「医療問題弁護団」北村 聡子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

今回は、「乳がんの誤診」を取り上げる。ただし、単に乳がんの誤診と言っても、その中には(A)実は乳がんであるのにこれを見落としたケース、(B)実は乳がんではなかったのに乳がんであると誤診して乳房切除術が施行されたケースの2つがある。
(A)のケースが深刻な被害に結びつくことは論を待たないが、(B)についても女性の象徴とも言うべき乳房を切除され醜悪な瘢痕を残してしまうという被害をもたらすのであり、やはり深刻である。特に最近(B)のケースについて医療機関側の責任を認める判決が2件連続して出されたことから、本稿では(B)のケースを念頭に「乳がんの確定診断にあたり医療機関に求められる注意義務とは何か」について検討を加えるものである。

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判例1

【判例1】
生検を行わずに、良性の繊維線種を乳がんと誤診して乳がん切除及びリンパ節郭清術を施行したことに過失があるとして275万円の損害賠償の支払いを命じた判例
(平成15年11月26日名古屋地判・判例時報1883号78頁)

判例1-事件内容

左乳房のしこりに気づいた本件患者は、被告病院を訪れ、乳房撮影と乳腺エコー検査を受けた。
乳房撮影の結果は、均一な腫瘤陰影が認められるものの、悪性の石灰化像は認められず、乳腺エコー検査では境界の比較的鮮明な腫瘤が認められた。これにより担当医は繊維線種を疑ったが、悪性も否定できないと考え穿刺吸引細胞診を行ったところ「疑陽性」の結果が出た。ただし診断結果には「乾燥」、「(良性?)」のメモがあった。その後、担当医が細胞診で用いた標本と検査結果依頼報告票を示して、被告病院とは別の大学病院の教授の診断を仰いだところ、当該教授が「がんです」と答えたことから、最終診断をがんとして、初診から約1ヵ月後に乳腺4分の1切除術及びリンパ節郭清術を施行した。
しかしながら術後の病理組織検査の結果、繊維腫瘍であることが判明した。なお、手術が行われたのは平成9年のことである。

判例1-判決

担当医の過失を認める


判決はまず「乳がんの診断における注意義務」として「乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術によって乳房の一部又は全部を失わせることは、患者に対し、身体的障害のみならず、外観上の変貌による精神面及び心理面への著しい影響をもたらすものであって、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものであるから、医師は、当該患者に対して乳がん手術を行う必要があるか否かを判断する際の前提となる、当該乳腺腫瘍が良性か悪性かの鑑別を極めて慎重に行うべき注意義務を負う」とした。そして、(1)本件担当医は、理学的所見及び画像診断からは繊維線種を相当強く疑い、がんの可能性は低いと判断をしていたこと、(2)細胞診の判定医が疑陽性と診断しつつも良性の可能性がより高いと判断していたことを認識できたこと、(3)本件当時、乳がん診断の際には細胞診の結果だけでなく、理学的所見及び画像診断等の各結果をも総合考慮したうえで、生検を行わずにがんと最終診断するか、生検を行って最終診断すべきかを判断する必要があると解されていたことから、教授の診断を鵜呑みにして生検を行わないまま最終診断をくだした担当医には過失があるとした。
これに対し、病院側は教授ががんと診断したにもかかわらずさらに生検を行うことは、患者から乳房温存療法を選択する機会を奪うことになるため、生検を実施すべき義務はないと主張していた(本件当時は、乳房温存療法に関するガイドライン等は策定されていなかった)が、(1)本件では、担当医が被告病院において初めての乳房温存療法を実施するために、できる限り生検を行わずに最終診断をしたいと考えていたことがうかがわれ、かつ患者が積極的に乳房温存療法を望んでいたものとは認められないこと、(2)また生検を受けずにがんと最終診断されることについて患者が十分納得していたものとも認めることはできないことから、生検は実施すべきであったとして病院側の主張を排斥した。
そして、患者はがんである旨の告知を受けた際のショックや不安、さらに本件手術による外観上の変貌及び肉体的苦痛によって相当な精神的苦痛を被ったとして、275万円の損害賠償の支払いを命じた。

判例2

【判例2】
生検を行わずに、非浸潤性乳がんを浸潤性乳がんと誤診して、乳房切除及びリンパ節郭清術を施行し、かつ術後も放射線照射等を継続して乳房再建を困難とさせたことに過失があるとして500万円の損害賠償の支払いを命じた判例
(平成16年2月12日福岡地判・判例時報1865号97頁)

判例2-事件内容

左乳房にしこりを感じた患者は、X病院を受診し、マンモグラフィー、エコー検査を受けた。マンモグラフィーの結果は左乳房AC領域に多数の不整形の小石灰化を認め、明らかな腫瘤としては認められないが、硬化性線種症、腫瘤、乳がん等が考えられるというものであり、エコーの結果は、良性腫瘤(過誤腫)を疑うというものであった。1週間後、穿刺生検による細胞診検査を行ったところ、クラスIVで腺がんを疑うと診断されたことから、X病院の担当医は患者に対し「乳がんであり、乳房摘出術とリンパ節郭清が必要である」と説明し、初診から約3週間後に、乳房摘出術及びリンパ節郭清術を実施した。術後、患者はホルモン療法を受けた後、主治医の指示で放射線治療を受けるため、Y病院に転院したところ、その後、病理組織学的検査の結果、摘出された腫瘤は、非浸潤性乳管がんでリンパ節転移がないということが判明した。しかしその後もY病院の放射線医師は約1ヵ月にわたり放射線治療をつづけた。翌年、患者は乳房再建目的で別病院の形成外科を受診したところ、放射線照射のため皮膚が硬化しており再建は困難と診断された。なお、本件手術が行われたのは平成10年である。

判例2-判決

担当医の過失を認める


判決は、術前の検査結果だけからは非浸潤がんか浸潤がんかを確定することはできず、そのいずれかによって術式や補助療法が大きく変わってくる以上、針生検等で組織を確認する等の検査をすべきだったとし、これを怠ったまま乳房切除術及びリンパ節郭清を実施したことについて、X病院医師の過失を認めた。
これに対し、病院側は針生検によっても非浸潤がんであるとの確定診断にはならないこと、患者の腫瘍の大きさからして非浸潤がんである可能性は少ないことから術前に浸潤がんとして治療方針を立てて術後治療を行ったことに過失はないと反論していたが、判決は、(1)生検によって非浸潤がんとの確定診断が得られる可能性は否定できないこと、(2)担当医にはさらに検査をする時間的余裕はあったこと、(3)乳がんの治療には副作用があるため、浸潤がんとの確定診断がない場合に浸潤がんと扱って非浸潤がんであれば、不要な治療行為を行うことは認められないとして、病院側の主張を排斥した。
さらに術後、非浸潤がんであることが判明した後も、術前の治療方針どおり浸潤がんと扱って、放射線射照、化学療法及びホルモン療法等の補助療法を行ったことについても、非浸潤がんは乳房を切除して腫瘍を摘出してしまえばほぼ治癒すると言えるがんであること、本件手術当時、患者には化学療法や乳房切除後の放射線治療の必要性を思わせる因子、全身再発のハイリスクを示唆する因子は認められないこと、ホルモンレセプターの検査が行われておらずホルモン療法の適用があると確認されていないことから、これら補助療法の適用がなかったとしてX病院医師の過失を認めた。特に、放射線照射により患者の乳房再建に悪影響が出ていることについては、(1)乳房切除術は、身体的障害を来すだけでなく、外観上の変貌による精神面・心理面への著しい影響をもたらすものであり、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものと言えること、(2)患者の生命予後を考えての放射線照射を正当化できるのは、患者が生命予後を優先する希望を有する場合に限られるが、本件患者は乳がんの手術前から乳房切除後の再建を希望しており、これを医師は知っていた以上、放射線照射はすべきではなかった、とした。
そして、乳房切除術が患者に与える影響や、乳房再建の重要性を指摘し、X病院に対して500万円の損害賠償の支払いを命じた。 ただし、転院先であるY病院の放射線医師が、非浸潤がんとの結果を受けてもなお放射線治療を継続した点については放射線治療を行うか否か判断するのは臨床医であり、放射線科の医師が臨床医からの指示を受け、その判断を尊重して放射線照射を行うことについて過失は認められないとして、Y病院に対する患者の主張は排斥した。

判例に学ぶ

これらの判例に共通している点は、女性にとって乳房を失うこと、さらにそれによる瘢痕が胸部に残ることは単なる身体的障害だけではなく、多大な精神的苦痛をもたらし、その生活全般に重大な影響を及ぼすものであるという被害実態が重要視されている点です。したがって、医師は患者に対して不必要な乳房切除術を実施することがないよう乳がんの確定診断にあたっては高度の注意義務を負っているという前提に立って判断をくだしています。具体的には視触診といった基本的な臨床診断のほか、X線診断法(マンモグラフィー等)、超音波診断法、細胞診検査などの補助診断法の結果も総合考慮して、なお乳がんか否かの確定診断がつかない場合には、生検による確定診断を経る必要があるということになります。さらに、非浸潤がんか浸潤がんかによって術式や補助療法が大きく異なる以上、手術に先立ち、その鑑別診断も慎重に行うことが求められています。

さて、今回示した2つのケースではいずれも生検が行われていない点が問題とされていますが、それでは生検を実施してもなお確定診断がつかない場合はどうしたら良いのでしょうか。その答えのヒントは、2つの判例の以下の部分から読みとることができそうです。

まず【判例1】では、確定診断がないまま生検を経ずに根治手術をすることが正当化されるのは、患者が乳房温存療法が実施できなくなる可能性をなくしたいと積極的に希望していた場合や、生検を経ずに最終診断されることについて十分に納得していた場合に限られるとしています。次に【判例2】では、非浸潤がんにおいて、術後、放射線照射を継続することが正当化されるためには、患者が乳房再建よりも生命予後を優先する希望を有し、これを医師も認識していた場合に限られるとしています。

要するに、いずれもインフォームド・コンセントによって、患者が納得あるいは積極的に希望していた場合に限り、医師が免責されるとしているのです。このような考え方からしますと、仮に生検を行っても確定診断がつかない場合には、患者に対し、根治手術に踏み切ることのリスクと、踏み切らずに経過観察とすることのリスクを十分に説明し、患者の希望に真摯に耳を傾け、かつ、患者の納得を得たうえで、いずれかを選択をする必要があるということになるでしょう。